群青

お借りしています。
ひろさん(@kikaku108)宅の堺司令
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 ある日、堺小夜子は気が付いた。それはごくごく自然なもので、当たり前のことを認識するように。息を止めて、あ、息を止めると苦しいなと思うような、そんな当たり前の感覚で。
 嗚呼、僕はきっとこの男がいけ好かないんだな。と。

 少し後ろを歩く男はきっと声をかければ、打たれたようにすぐに返事を返すのだろう。そして基本的には何処までも忠実なのだ。
 あ、そういやアレ、何処にやったっけな。アレだよアレ。
「たっちー、アレ知らない?僕のアレ、どっかに置いてると思うんだけどさー」
 堺は脚を止め、自分の荷物を傘以外すべて持たせている太刀津輝人を振り返り見上げ、笑みを浮かべたまま軽く首を傾げた。
 太刀津は狐面の不自由な視界のまま堺を見下ろし、「アレ、とは一体なんで御座いますか堺司令」と淡々としたいつもと変わらない口調でそう訊ねた。
 あ、こういうところが気に入らないかも。
 太刀津は口こそ女中やら召使の様に嫌味なくらい厭に丁寧で下手に出て此方を褒めちぎる癖に、大抵の奴とは対峙しても背筋を伸ばしたまま顎すら引かない持ち上げない。余程尊敬しているらしい連中相手にはその首は動けども、そうでない連中など眼中に入らなくても気にしないと言っているかのようだ。
 そして、自分はその中に入っている。癪に障るのはそれだけではないが。
「アレだよー、名前が思い出せない!僕のテレパシー感じてちょっと探してよ!下校までにお願いね!」
 校舎と校舎の橋渡し、渡り廊下一回ど真ん中。辺りには当然生徒が行きかっている。ゆっくりと歩いている三人組、背後から迫ってきている駆け足の少女、仲睦まじそうな男女、荷物を抱えている生徒、様々だ。
 下級生は太刀津の風貌を少しだけ珍しがり、三年は案外慣れた様に通り過ぎていく。司令と参謀の取り合わせなど何も珍しくない。
「善処致します堺司令」
 これは此奴アレをあまり本気で探さない心算だな?
 堺はニッコリ笑顔を浮かべたまま踵を使ってクルリと回転し、再び進行方向へと向けば歩き出す。太刀津は堺の斜め後ろになるように位置取り、歩幅を合わせて続いて脚を動かした。
 賑やかな廊下、三人組は互いの背を叩きながら笑い、背後の少女が太刀津を追い越そうとした。男女は人目を憚らず互いの体をくっ付け顔を寄せ合い、荷物を抱えている生徒がその荷物を抱え直す。
 そしてまるで壁に重いものを投げつけたかのような鈍い音。僅かに埃を巻き上げ上げ倒れ少しそのまま地面を擦って移動する音。
 地面に倒れた少女は唸る。鼻血が出て、制服の白いスカーフと地面を僅かに汚した。
 少女は次に潰れた悲鳴をあげた。少女の事を見下げもしない太刀津が顔を蹴りとばし、少女の腹に足の先を引っ掻けころがし、そのまま肩を思い切り踏みつけたのだ。太刀津は荷物を放り投げ僅かに腰を低くし背を丸め、左手の親指が本差の鍔を持ち上げ、右手が緩く柄の上で待機させている。
「ちょっとちょっと!何さ!!僕と一緒にいるときに面倒起こさないでよ!」
 堺は振り返り軽く駆け足で太刀津の傍まで寄り、太刀津の右手をペシンと軽く叩き、踏みつけられ呻き歯を食いしばっている少女を指差した。
 太刀津は首を動かし堺を見た。
 少女の呼吸はどんどん上がっていく。鼻血の吹きだす量が増える。少女は堺を見上げていた。それも、憎々しげな色で。もぞりと小さく背中に押しつぶされた腕が動く。
「がァッ!?あ゛っあああ゛あ゛!!」
「此の雌猫、身の程を知らず堺司令の背に刃を突き立てようとしたので御座います」
 躊躇なく踏みつけ、厭な音が響いた。しんと静かに周りが取り巻く中、少女が悲鳴をあげ呻き、太刀津はそのまま脚を首へと動かし、踵を首に乗せつま先で少女の顎を押し上げそこでようやっと太刀津は少女を見下ろし軽く首を傾げ「今此処で首を落としますか」と訊ねた。少女がフーフーと呼吸をしてはえづく。逆流した鼻血が喉を下っているのだろう。
 堺は「待て」と短く返し、しゃがみ込み少女の背中にひかれている腕を取り出した。痙攣する指先が弱弱しく何とかナイフを握っていた。
 其れをヒョイと取り上げ指先でクルクルと回し乍ら堺は太刀津を見上げる。
「面倒くさいから任せていい?」
「お任せ下さいませし生徒様。身の程をこの女に叩き込み何故このような愚の骨頂無礼千万極まりない行動を起こしたのか吐かせ此奴の家ごと然るべき処分を下して首を晒します」
「首は要らないから捨てといて」
「はい堺司令」
 太刀津は何時もの調子で返事をし、堺もいつもの調子で返した。少女だけが潰れた嗚咽のようなものを流していた。
「お゛、まえ゛、ぐァっ!!お゛、まえ、の゛ぉ゛ッ!作戦、の、ぜい゛っ!でっ!!兄はっ!わ、だじ、のあに゛、ヴぁ、ごぇッ!?」
「申し訳御座いません堺司令。豚が喚きまして御座います」
 首を踏まれ不自由な喉で何とか声を絞り出す。それもすぐに潰れてしまったが。
 グリグリと踵を押し付ける太刀津は堺に手を差し出す。堺はその手を取り腰を持ち上げスカートを軽く叩き、傘を肩に担いだ。
「何の事?僕君の事も君の兄も知らないけど。冤罪で殺されちゃ堪んないなぁ」
「先日の作戦で御座いますわね。あの死亡した生徒の妹かと」
「ああ!あれね!よく分かったねたっちー!さっすがー!」
 堺はケラケラと笑い指先で弄んでいたナイフを一度中に放り投げパシンと柄を掴み、もがき方の外れてない腕で何とか太刀津の脚を首の上からどかそうとしている少女を見下げた。
 ニッコリ。終始変わらない笑み。それは美しいはずなのに、そう感じさせない色が滲んでいた。
「それ考えたの僕じゃなくて、此奴。指揮は僕だったけど。作戦は、此奴。残念だったね、僕じゃなくて此奴初めから狙ってれば刺せたのに」
 少女の揺れる瞳が堺から太刀津へと移った。思い出したかのように少女の瞳から涙があふれ、眉根を寄せ歯を食いしばり、口の端から泡を出しながら太刀津の脚を掻き毟った。喉を下って行った血が胃に入ったのだ。勝手に胃液がせり上がってくるのに、吐き出せない、喉が焼かれ嘔吐感だけがある。
「バイバイ」
 堺は冷たくそう最後に言葉を落とし、手の平のナイフを宙へと解放した。下を向いた刃が真っ直ぐ落ちていき、少女の顔スレスレに突き刺さり、そのまま倒れた。
「書類とか集めといてよねー、あっ、勿論アレもよろしくね!」
「はい堺司令。お任せくださいまし。お役に立てれば幸いでございます」
 堺は傘を肩からおろし、ブンブンと回し乍ら軽く手を振って二人に背を向ける。

 堺は廊下を歩き司令部の部屋へと歩きながら考える。ブンブンと傘が手首と共に回転し、音を立てる。
 太刀津が居なければ自分は背中を刺されていたのだろうか。
「いや、ないない。アハハー!」
 堺はケラケラと笑い、傘はブンブンと音を立てる。




「あー、鬱陶しい」


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