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お借りしています。
A3宅の【撤退されました】支子さん。
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「うーん、……ねえ兵隊さん、明日お弁当のおかず何が良いですか?」
『何でもいい』

 ふと三上が顔を上げて訊ねてみると、ダイニングのテーブルに向かい合って座る支子が、5.7x28mm弾の弾倉をパチンと押し込んで手話で示した。その態度があんまり素っ気ないので抗議しようと三上は口を開こうとして、一瞬ためらったように喉を詰まらせた。
『どうした』と支子がハンドサインで示す。
 三上は、困ったように笑い、「なんでもありません」と首を横に振り、「うーん……じゃあ、なにか適当に」と、いつもの様に少し悩んだように呻ってからそう言った。
 そのまま視線を落とし、机の上に置かれたティーカップの黒い水面を見つめる。
 支子はハンドガンを机に置き、傍に置いてあったホワイトボードを手に取った。ペンのキャップを外し、サラサラと文字を書いていき、懐から取り出したカードをペタリと貼り付ける。
『別に 幸二郎 の飯が不味いだとか』『そういう訳じゃあ無い』『なんでも美味しい』『卵焼きが食べたい』と数回に分けて書いて、それを三上に見せた。
 嗚呼、なにか勘違いしている、そして励まそうとしてくれているのだと、三上はそれがなんだか可笑しい様な嬉しい様な気がして、小さく笑って「ありがとうございます」と言い、「じゃあ明日は、卵焼き、いつもよりも多めに入れますね」と続けた。
 支子はホワイトボードを綺麗にしながらそれに頷き、机の上に置いてあった別のハンドガンを手に取り、今度はドライバーを使いそれを分解し始める。
「僕には兄が居るんですが」と切り出しながら三上はその手元を見つめていた。手袋を嵌めた男らしい大きな手が繊細に動いて、ハンドガンを分解していき、布で丁寧にそれらを拭いていく。
「その兄には恋人さんがいて、よく惚気話を聞かされるんです。……基本的に理解できない内容が多いんですが、“この人と一緒にいると、ふとした瞬間に、……ああ俺この人と一緒で良かったって思えるときがあって、それが堪らなく幸せなんだ”という言葉は、素敵ですよね」
 三上は机に左肘をつき、掌に顎をのせ頬を三本の指で覆うようにし、支子の手元を目を伏せるようにして見詰め乍ら僅かに頬を緩めて、本当に素敵だなぁ、と。そんな声色で言葉を落とした。
 ほとんど独り言のようなものだ。
 支子は暫く手を止めていた。黙って、ただ、暫くしてから、ゆっくりと右手で、『よくわからないが、それは、たぶん、すてきだとおもう』と一文字ずつ手で示した。その度に、手袋を嵌めたその手首、僅かに見えるコルセットピアスが三上の黒い瞳にはしっかりと映っていた。
「兵隊さんもそう思いますか。ふふ、素敵だなぁ……、兄さん結構変な人なんですけど、とっても幸せそうで……たまに羨ましくなっちゃいます……」
 三上は本当にうらやましそうな声色でそう紡ぎ、右手を首に回し、首の裏、二本のリボンを爪と指の腹の間でそっと撫ぜる。
 すぐにそっと指先をおろし、三上はゆっくりと立ち上がる。ティーカップを持ち
「僕はそろそろ寝ますね、支子さん。……また、明日、おやすみなさい」
 流しに持っていき、明日の朝洗おうと決めてそのまま挨拶、支子は一旦手を止め『おやすみ幸二郎』『また明日』『おやすみ』とホワイトボードに再び文字を連ね、ひらひらと手を振った。
 それがやっぱり、可笑しい様な嬉しい様な気がして、三上もひらひらと手を振った。

 寝室の扉を開けて、暗いままの部屋の電気を付けずにそのまま三上は閉めた扉に凭れかかり、ずりずりと腰を落としていった。
 膝を三角にし、喉を逸らせて右手を首に当て、指先でリボンを撫ぜて、なぞる。
「僕って最低だ」
 眉根を寄せ、自己嫌悪の声色で口元を歪め、短くそう零して、扉にくっつけていた頭を今度は落とし、膝に額をくっ付ける。

 明日の出来事なんて、矢張り誰にも分かりはしない。

「あなたのことがすきです」

 引きつった掠れた声色だった。空気に溶けてしまいそうな、震える囁きと吐息の危うい境界線に乗った、押し出された音。
 よく整えられた爪が首に食い込み、まだ少しだけ腫れている皮膚だけが静かに悲鳴をあげた。
 鈍い痛み。頭が重たかった、其れで居て痛い。首がピリピリヒリヒリとする。


 そう。紛れもない、この痛みが伝える世界は、どうしようもなく間違っていない、正しい世界だ。

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