転寝

お借りしています
かげ親さん宅(@formaggio_gs)岸谷さん
シロちゃん(@shiro_gakusen)宅、村瀬
ヤシンさん(@Ys_gakusen)宅、御幡先輩、小坂くん

------


 放課後、訓練場の合成樹脂のベンチに腰かけ國道は首にかけたハンドタオルで汗を拭きながらスポーツドリンクを喉へと流し込んだ。
 昨日作戦に出た体は普段よりも軽めにしたとはいえ昼間の授業と今の今までの自主練習に軽く怠さを訴えかけていた。それと、睡魔も一緒に。
 この大きな体育館のような訓練場は空調設備も整っており、過ごしやすい温度だ。取り付けられている大きな時計を見上げると、まだ日が暮れるまでに十分な時間があった。
 睡魔に従ってみるのもいいかもしれない、ほんの十分、二十分なら、たいしたことないだろう。
 上着とハンドタオルを背もたれにかけ、長椅子を占拠してごめんなさいと胸の中だけで零し國道は脚を持ち上げ横になり、膝を曲げたまま左腕を目の上に載せるようにして耳元で怒鳴り散らす睡魔の言うことを素直に聞き入れた。




 ぼんやりと意識が浮上していく。なんだか人の気配がする、それもすぐ近くだ。そして、自分の体の上になにかをかざしている……。
 左腕の下にある色違いの目を開き、フリーにしていた右手で体の上の誰かの腕を思い切り掴み捻り上げようとしたところで
「ま、待て待て!私だ!岸谷だ!!」
 國道はさっと手を離した。左腕を下ろし、ふっと脚を振る様にして膝を伸ばしそのまま勢いで上体を持ち上げ
「あだっ!」
「ってぇ!!」
 ごちんと鈍い音がして頭が長椅子へととんぼ返り。ついでに後頭部を強かに打ち付けた。
 ジンジンと痛む額と後頭部ををほったらかしにして今度はゆっくりと上体を持ち上げ、額を押さえている少女にあわわどうしようと分かりやすく眉尻を下げる。
「ご、ごめんなさい!岸谷さん、まさか自分そないなところに君の顔があるとは思わんで、というか、腕捻ろうとしてもうて、やってもうた、だ……、大丈夫ですか?」舌をもつれさせながらなんとか言葉を口にだし、心配そうに額を押さえている岸谷の顔を覗き込んだ。
 確か彼女とは同学年で、あまり話した事は無いがそこそこに見たことのある顔だ。彼女もこの訓練場の常連なのだ。ただ、本当にあまり話したことがないために、目覚めの頭突きなんてしてしまってどうしようと混乱しているのが本音だ。若しくは頭突きのせいで混乱しているのだ。
 岸谷は少しばかり苦笑いを浮かべ、額にやっていた手をおろし頭と手を横に振る。
「い、いや大丈夫だ、すまないな國道」
「いえ此方こそほんまえらいこっちゃで……、……あ、岸谷さん、自分の名前知ってはるんですね」謝るのはこっちの方だ、女性に頭突きなんてとんでもない。
 國道は目線を逸らしてしまいながらもやっとこさ自分の額に手をやろうとしたところで、指先が額に触れる前に目を丸くして不思議そうな色を湛えて岸谷を見上げた。
 彼女が自分の名前を知っているのが何となく不思議だった。自分も彼女の名前を知っているのだから、なにも不思議な事ではないかもしれないけれど。
 岸谷はああ、と軽く頷いて「図書室の本をたまに借りるんだが、その時二年のカ行あたりに目星をつけて開くとよくお前の名前があるんだ。しょっちゅう本を借りているだろう?それに、ここでもよく見かける」とどことなく得意げな笑みを浮かべた。
 なるほど。図書館でか、借りているところを見られたんだろうか。だが本なんて実のところこれっぽっちも読んじゃあいない。暇つぶしに文字を目で追って、頁をめくる作業をしているだけ。
「あー……自分もよくここで君を見かけます。熱心ですなぁなんて思ってて……。あ、それと、どうぞ座っとくれやす、僕だけなんやすみません」
 だからあまり本の話は、困ってしまう。だって内容がこれっぽっちも頭に入ってないのだから。
 あまり長椅子を陣取っているのもどうかと脚をおろし、隣を促すと岸谷は「悪いな」と断りを入れてから長椅子に腰かけた。
「國道も熱心じゃないか、先週も土曜以外毎日来ていただろ」
 なんて言葉に、國道はまた目を丸くして、一拍置いて小さく吹き出した。怪訝そうな表情で「どうした?」と訊ねる岸谷に、國道は誤魔化すように一度咳払い。
「僕が居ない日を知ってるってことは、岸谷さんは先週毎日ここに来てはったんでひょ、すごいなぁ」
 今度は岸谷が目を丸くする番だった。そのまま少し唇を引き締め視線を逸らす。照れているようだった。
「大したことじゃない……。日課のようなものだ、鍛錬は辛いだけのものじゃあないからな。気も引き締まる。あと、勘違いするなよ、お前を毎回見つけるのはお前が目立つからだ。探してるわけじゃない」と、そのキツくみえる目元をさらにきつくして國道を睨むように見ていう姿は、なんとなく、男らしい彼女も女性なんだなぁ、なんて失礼な感想を國道に抱かせた。
 だがそれもすぐに吹き飛んだ。彼女の言葉。目立つ?自分が?
「え、あの、自分、目立ちます?」
 國道は再三目を丸くして自分を指差しながら信じられない、と、なんだか不安がったようなという声色で、そのまま眉尻を下げそんな表情を浮かべた。
「お前よく、背の低い、えぇと、ヤナギ?」
「桝井さん?」
「そう、桝井と、ムラタ……と御幡さんとその従兄弟とよくここに居るだろう。アレは目立つぞ、特に御幡さんとお前と桝井の喝なんて、関係ないこっちまで背が伸びる」
 それはきっと村瀬、なんて言う暇もない。カーッと顔が赤くなっていくのが分かった。そんなに目立っていたのか、なんだか急に恥ずかしくなってきた。親指と人差し指を目の下にやる様に掌で鼻から下を隠しつつ軽く俯き目を伏せ「そんなに、ですか」とやっと小さく言葉を落とす。
「ああ。大分だ。目立つ。私はもう慣れたがな」うんうん、と頷きながら岸谷が言うものだから、國道はいよいよ耳まで赤くして眉根を寄せた。もうここに来れない。来るけど。貝になりたい。
 今にも唸りだしそうな國道に岸谷は喉をクックッと小さく鳴らし笑う。それが國道をいっそう恥ずかしくさせて、余計に頭が沈んでいった。
「そうだ、話は変わるんだが」
 岸谷は軽く面白そ気な笑みを浮かべたまま言う。それに國道はゆっくりと顔を持ち上げて軽くうなだれたまま岸谷を見上げる。
「月と海を借りていただろ?あれ好きなのか?」
「えっ、……と、まぁ、あの、そこそこ、に」
 いや実は全然覚えがない。借りたことを知っていると言うことは間違いなくその本が手元にあった時期があったのだろうけれど記憶がない。誤魔化すように、軽く頷きながら肯定するような言葉を零すと
「私もあの作品は好きだ、あの作者の作品に林檎というのが在るんだが、あれはいいぞ。お勧めだ。結末の感想や批評がなかなか分かれる本でな、もし読んだら感想を聞かせてくれ」
 そう言う岸谷に視線を戻すと、わずか乍らだが柔らかい笑みがあった。
「……今度、読んでみます。ほいで、君に感想言いますね」
 ポツリ、零すように舌を動かしてから、國道も笑みを浮かべた。岸谷は満足そうに頷いた「ああ、すまんな。なかなか気になることだったんだ」
「ねぇ岸谷さんは、よくその作者さんの本を借りるんですか?」
 そこで國道は少し気になっていたことを訊ねてみた。
 するとどうだ、岸谷は少し視線をそらし、言いにくそうにしている。軽く首を傾げ返事を待っていると、岸谷は軽くあたりを見回して「笑うなよ?」と念を押してから
「私は、その……、お、お菓子作りが趣味、なんだが。この手の本はなかなか高くてな、それが図書室にあるから、たまに借りているんだ」
 と。岸谷はまた僅かに照れた様子で言いにくそうに國道に聞こえるギリギリの小声で告げた。
 其れが何だか可愛らしくて、さきほどまで貝になりたいと思っていた男は下から笑みを浮かべて「いいじゃあないですか、素敵な趣味ですよ。女の子らしゅうてかわええやないですか」なんて言うと、岸谷は目を閉じ眉根を寄せ、また唇を引き締めた。
「自分、甘いもん苦手なんやけど、あまり甘くないもん作った時には、是非分けて欲しいですねぇ」
「じゃあ明日作ってきてやる」
「えっ」
「なんだ?」
「なんでもないです」
 軽い冗談めかした言葉だった。作って来てくれるという言葉に思わず驚いてきてしまい、まだ微妙に照れを引き摺っている岸谷の視線に射抜かれ首を横に振る。
「なんだかすまないな、長話に付き合わせてしまって」
 岸谷は立ち上がり、軽く背を伸ばしながらそう言った。「いやいや、僕の方こそ、お付き合いくださってありがとう」と慌てて立ち上がりそう返す。その際膝にかかっていた上着が地面へと落ち、岸谷がそれを拾い上げ國道に差し出す。
「ここは空調がきいていて、腹が冷えるだろうから上着でもかけてやろうかと思ってな」
肩をすくめながら「おかげでいい頭突きを貰ってしまったが」そう続ける。
 國道は苦笑いを浮かべ「ほんますんませんでした……」と自分の上着を受け取った。
「そろそろ國道も帰る支度をしないと、飯を食いっぱぐれるぞ。自炊してるなら別だが」岸谷は意地悪っぽく笑うと、時計こそ嵌めていないが自分の手首のあたりを二回トントンと叩き時間、と示してから「じゃあな」と最期に言い残してその場を去っていった。
 國道はサッと時計を見る。8時45分。学食がそろそろ閉まる。
「……あかん!!」
 ハンドタオルやらスポーツドリンクやらを引っ掴みシャワー室へと走りこむ。そういえば岸谷はもうすっかり学生服姿だったし、響いてくる声も少ないものだった。この訓練場の使用時間は10時まで許可されているが、そこまで訓練している生徒は少ない。
 今からシャワーを浴びて9時までに別棟の食堂へどうにか滑り込まなくてはならない。國道は慌てて捻ったシャワーの温度に悲鳴を上げながら、今晩はコンビニまで走らなければならないだろうと半ば確信していた。




「あれ、先輩お菓子つまんでるなんて珍しいですやん」
 昼休み、頭の上からふってくる村瀬の言葉に國道は頭を持ち上げた。そのまま机の上に乗せているハンカチの中身、クッキーへと視線を落とし、また村瀬へと持ち上げた。
「まぁたまにはええかなて思いまして」そう笑みを浮かべると、村瀬は「へーえ」と物珍しそうに國道を見つめてから、すぐに悪戯な笑みを浮かべる。
「わーけーてー、った!ぎゃー!!痛い!」クッキーへと伸ばした手は國道に叩き落されそのまま抓られた。
 國道は依然笑顔のままギリギリと村瀬の手の皮を最後に一度力を強めてから離す。
「すまんな、これ僕のもんですさかい、あげません」
「何時もはくれるやん!」と村瀬は半ば涙目になりつつ抓られた手をさすり口をとがらせる。
「今日は何時もやないんです。っていうかなんでお宅二年棟に居りますのん?」
「暇やった。ケチ!いけず!一個くらいええやん甘いもん苦手やのに美味しく食べな勿体無いやん」
「ハァ?乞食かお前」
「ブンショー先輩口わっる」
 國道は一度目を細め鼻で笑い「これは僕のですさかいに、あげません。それに僕はこれを味わってますよ、ちゃんと。美味しいですから」と再度村瀬にNOと意思表示。
 そのまま視線を左手の本へと落とし、文字を追い始める。
「あれ、今日は真面目に読んどるんですね。何時もほら、誰かに話しかけられたらすぐ閉じてまうのに」
「お前やなかったら閉じるけど」國道は視線を上げないまま素っ気なく返す。村瀬は國道の机の前にしゃがみ込みぶーぶーと不満そうだ。
「なんでやねん!ウチの扱いざついわ!」
「お前、五月蠅い。気が散って同じ行二回読んでまったやないですか」
「そんなん知りませんしィ〜」
「……本読むんて、なかなか難しいもんですなぁ」
 そう、本を読むのは思っていたよりも疲れるものだった。しっかりと内容を頭に入れるのも、登場人物やらを覚えるのも、なかなか難しい。真面目に本を読むと賢くなると言うのは本当なのだろうな。
「ブンショー先輩いつも読んでますやん」
「んー、ふふふ、せやねぇ、ふふふ」
「うわキショ」
「殴るぞお前」
「ほぉ〜?いたいけな下級生殴るとか出来るんですかァ?出来るんですかブンショーせん、ぎゃん!!」
 頭を押さえて本格的にしゃがみ込んだ村瀬を放って、いったん栞を挟んで本を閉じる。
 林檎、とシンプルなタイトルが表紙に書かれている本を立てて上から覗き込んでみると、まだ三分の一にも到達していないようだった。
「……道のりは長い」
 しみじみと呟き、再び本を開く。
 またクッキーへと手を伸ばした村瀬の脛を机の下から蹴り飛ばし、懐から昨晩コンビニで買った村瀬の好きなお菓子を机の上に滑らせ國道は手の中にある本に苦く眉根を寄せるのだった。

[ 前項 /目次/ 次項 ]







「おっさん受け」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -