明日

こんな風だったかもしれないな。なんていう、捏造。
お借りしています
A3宅の【撤退されました】担先輩

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「うーん、……先輩、明日お弁当のおかずなにがいいですか?」
「何でもいい」

 ふと顔を上げて尋ねてみると、先輩は目の前のプリントを見つめたまま素っ気なく答えた。
 そう、それがあんまり素っ気なかったので抗議しようとしたけれど、先輩の一度閉じた口はまたすぐに開いた。

「でも今日みたいな量は勘弁してくれ。流石に毎日は無理だ」

 今日は彼の誕生日だった。だから、少しいろいろ作ってきた。確かに量は多かったと思うし、そのあとにケーキまで食べてもらった。全部は勿論食べきれないから職員室の皆さんにも分けたけれど(これが案外好評だった)。

「あ、……まぁ、そりゃそうでしょうけど。じゃあ誕生日の日だけ、あのぐらいの量にしましょう。一年に一回なら、平気ですよね」
「胃腸薬付きで頼む」

 そんな年寄り臭いことを言う先輩の口元がわずかに持ち上がっていた。何時も寄せている眉も、寄ってないと(実際若いから失礼だとは思うけど)案外若く見えるものだなぁ。なんて。

「……でも本当に何でもいいんですか?本当になんでも?ご飯にチョコかけても?」
「莫迦。でも本当にそれ以外なら何でもいいや、特にない」
「僕のごはんなら何でもいいんですか?」
「そうだな」
「んー、そういうの女の人に言わないと意味ないですよ、奥さんとか」

 さらっと言うなぁ。思わずちょっと笑ってしまった。そのまま言葉を落とすとチラリと先輩が僕を見た。

「似たようなもんだろ」

 やっぱりさらっと言うなぁ。

「恋人居る癖にいけないんだ、恋人さんにバラしちゃいますよ。……いだっ」

 クスクス笑って言えばコンッ。っと額に衝撃。デコピン結構痛いよコレ。思わず手で押さえてしまった。

「生意気言ってねぇで明日の飯でも考えてろよ。というか仕事が終わったなら帰れ」

 第二弾を指先を揺らして示しながら先輩が軽く笑って言う。なんか楽しそうな笑みを浮かべている。この人サドっぽいんだもんなぁ。

「……お弁当のおかずで迷ったから訊いたのに……」
「そうか、悪かったな、じゃあ卵焼き」
「またですかぁ」

 結局いつも卵焼きじゃあないか。思わず呆れたような言葉が漏れた。
 先輩はいよいよデコピン第二弾を装填して、さっさと帰れとでも言いたげに手首を上下に動かした。狐みたい。

「じゃあ“なんでもいい”」
「うーむ、はいはい卵焼きですね、了解です。……んん、じゃあ……、僕はこれで、お先です。先輩。また明日」
「ああ、また明日」

 椅子から立ち上がって軽く頭を下げる。先輩は装填していた手をヒラヒラと振った。視線はまたプリントのほうへと戻っていた。
 職員室の外はもう暗かった。むっとした生暖かい熱気が肌を包んで、あまり心地いいとは言えない世界。
 明日の卵焼きにはサクラエビでも入れてやろうかな、そういえば今日は七夕だったし先輩が“なんでもいい”って言わなくなります様にとか書いてやろうか、だなんて考えながら駅まで歩く道は、あまり快適とは言えなくても少なくとも、全てが悪いと断言できるものでもなかった。





 そんな出来事を、赤っぽいレンズの反射を感じて、不意に思い出した。ズキリと頭の奥が少しだけ痛む。
 色んな人が引っ掻き回していった隣の先輩の机は、今はすっかり整っている。
 失踪者リストとかそういうのはよく分からない。軍人ではないからそういった機密に触れることは出来ないし、しようとも思わない。
 窓から差し込む日が赤い。ズキンズキンと頭痛が酷くなる。ついでに腹まで痛んできたけれど、これは中身ではなくて外が。薬が切れてきたようだ、ガーゼそろそろ取り替えないとまずいかもしれない。
 酷くなる頭痛にプリントに上に肘をつき、掌の上に額を乗せた。机の上にあるマグの中で黒い水面を湛える、もうすっかり冷めた珈琲を見下ろすけれど、それからもういい香りなんてものは漂ってなくて。味だって。ただ珈琲味のお湯だった。
 砂糖もなにも入ってない。ましてやチョコレートだなんて入っているわけもない。
 ただの珈琲、それだけだった。

「明日の出来事なんて、やっぱり、誰にも分からないものですね」

 ポツリと誰に言うわけでもなくそう零す。ぼちぼち人の少なくなってきた職員室で、その言葉に反応した人は居なかった。
 そのほうがありがたかった。

 頭を持ち上げ、マグを手に取り口を付ける。生暖かい不快な温度。
 空調管理されたその職員室と呼ばれる箱の中は、少なくとも今この瞬間は間違いなく、すべてが快適とは言えない、ひどい世界のようで。
 飲み干した珈琲はただの苦い酸味の、安っぽいインスタント珈琲以外の何物でもない、それ以外はあり得ない。
 舌に残る酸味と自己主張を続ける頭痛と腹の疼きが、今は間違いなくこの世界は正しい姿なのだと告げていた。
 ただ、それだけだった。

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