Butterfly Effect

『武器商人のルート情報を手に入れ、尚且つその武器商人の首をへし折れ。出来る限りその一派の数も減らしておくこと』

 月の光も陰る、夜。
 これが今回の依頼だった。込み入った路地裏の内の一つのビルにその武器商人とその一派、もしくは雇われ兵が居る。今回の単独任務、この傭兵どもを騒がせるのはあまり得策ではない。
 鮮やかな金髪に緑の暗視ゴーグル、その下をすっぽりと覆うストールに体に何本も巻かれたベルト、それに括り付けられている中身の入ったホルスターとナイフ、黒の手袋に膝のサポーターに動きやすい靴。それなりに動ける、兵士の格好をした男が一人、その裏口の壁に腰を低くしあたりを窺っていた。
 今日は背中に背負うタイプの鞄とゆったりとしているが、膝のサポーターでキュっと絞められたズボンの大きなポケットのみ、まぁ背中の鞄に情報のナニカは入るだろう。七分丈のそのズボンの下から見えるコルセットピアスに括りつけられた赤いリボンが足首で軽く揺れる。

 先日、別の依頼者からの任務で、ちょっとしたミスをした。邪魔が入ってきたのだ。今日はそんなことがなければいいが。
 耳を立てていた男は不意に顎を持ち上げた。この扉の向こうには人がいる。男は背を壁から離し、少し助走をつけ走り壁を駆け上がるようにして、窓の淵を掴み、体を持ち上げる。その隣にある太いパイプに飛び移り、いとも簡単に音もなくするすると昇っていく。
 再び横へと飛び窓の淵を掴む。二階だ。このビルは全部で六階まである。階数こそあまりないが、一つ一つの天井が高いようだ。
 窓から慎重に中をのぞき込む。どうやら中に人は居ない様だ。“勘”も近くに人がいないと告げている。
 男は右手で窓の縁に捕まり両足を壁につけたまま、左手で右脇のホルスターから消音機付きの自動拳銃を取り出し、窓を撃つ。パシュっという軽い発砲音のあとパリンと音がして窓が割れ、男はさっと頭を下げた。暫くしても人が来る気配はない。
 次に撃ったのは部屋の電気。
 男は体を持ち上げ窓からビル内へと侵入した。
 暗い部屋の中へと入り、さっとクリアニングを済ませる。暗視カメラの調子は良好だ。
 両手に拳銃を持ち、中腰のような低い姿勢で部屋の中を移動して、扉の前で耳を立てる。
 わずかに誰かの足音がする。一人のようだ。此方へ向かってきている。男は扉の前から離れ、そのすぐ隣の壁に背を付ける。
 近くなってくる足音、ノブが回される音がして、扉が開いた。
「うおっ」真っ暗な室内に男がわずかに困惑の声を出す。
 その瞬間、背後から手が伸びてきた。右手で口を押さえ左腕で男の首を拘束し、そのまま右手に力を込めひねり、首を折る。脱力した体を部屋の隅へと投げ飛ばす。
 再び腰を落とし両手に拳銃を構え、部屋の扉から顔をだしあたりを軽く見回す。
 頭を引っ込めた男は考える。さて、これからどうしようか。商人は一番上の階、丁度すべての部屋の真ん中に居るらしい。用心深いことだ。もう一度外へと出てもいいが、それだと一派の数は減らせない。
 難しいことを簡単に言うのだから全く。

 中腰のまま部屋から出て電気を素早く全て撃ち壊していく。一番奥、廊下の角の電気を潰したところで声が上がった。その声三つほど。
 男は腰を持ち上げ駆け寄った壁を蹴り、天井にあるパイプへと手を伸ばす。そのまま脚を持ち上げ、此方へと向かってくる下の足音に顔を向ける。困惑したような傭兵三人はゆっくりとした警戒した足取りで固まって拳銃を構えている。
 パイプに脚を絡め左腕を回し、右肩を下げるようにして拳銃を構え、一発先頭の男の頭を撃ち抜く。後ろの二人が驚いたように取り乱したその隙にもう一人を落とす。最後の一人は僅かな発砲音に顔を持ち上げ、その額を頭上から降ってきた男に捕まれ地面へと叩きつけられ痙攣した瞼をしっかりと開く間もなくその首を靴の裏で蹴り折られた。
「Tango down(標的沈黙)」男は無線をどこにもつなげていないにも関わらず小さく零す。
 そのまま廊下の角に背を付け、さっと体と腕を出す。人は居ない。また電球を撃ち抜き前進する。

 それを他の階でも繰り返した。もうそろそろ監視室などがあり其処に居る誰かがよほどポンコツでない限り警報でもなりそうなものなのだが、その気配がない。そもそも人の少なさと、監視カメラを見かけない時点で、ここはあまり大きな拠点としては使われていないらしい。
 それか見捨てられて余程金が回ってないと見える。だからこそ、今回の雇主に見限られたのだが。
 六階についてようやく騒がしくなった。この階に来てはじめに制圧した部屋の外を男たちが駆けていく。何やら下で騒ぎがあったようだ、ようやく死体が見つかったか。
 まぁ好都合だ、とっと情報を手に入れてこことはオサラバしよう。
 
 扉を蹴破り脇に居た黒服を素早く打ち抜く。倒れた脇の二人に顔面を蒼白にし士手を両手にさっと持ち上げた武器商人は、そのまま近づいてきた男に両腕を背後で捻られ顔を机に押し付けられた。
「武器の仕入れルート。理解できるな?正直に言え。ファイルがあればそれも渡せ。嘘なら殺す。このまま黙っているそれも殺す。どうだ?」
 掠れた低い声、その不自由な言葉はやや拙いような、不気味な色を思わせる。
 武器商人は奥歯を噛み締めながらも、フン、と鼻を鳴らし、
 その鼻が折れた。髪を思い切り捕まれ机に叩きつけられ鼻から血が溢れる。げほ、と咽るのもお構いなしに再度机に叩きつけられ今度こそ悲鳴を上げた。机と赤い糸を引きながら顔が持ち上がり「それが選択か」と男は武器商人の髪を掴んだ左手をそのままに、男の右耳にストールで隠された口元を寄せ囁くようにそう言う。そのまま右手をゆっくりと男の左耳へと、血の流れて口まで伝うその口の上を通るようにして滑らせ伸ばし、頭を掴む。
 武器商人は勿論すぐに理解した。首を折られる!ねじられ、厭な音をたてて顔の正面が背中を向いてしまうんだ!
「待て、待て待て待ってくれ!!言う!!言うから!!全部話す!!だからその手を離してくれ!!」
 武器商人は懇願する声色で叫んだ。軽くもがき腕を振り払おうとし乍ら必死の懇願。やっと耳から手が離れたと思ったときにはまた机に頭が叩きつけられていた。
「吐け」という、絶対零度の有無を言わせない其れ。武器商人は震える唇を開くしかなかった。

「……もう全部だ、資料もすべて、アンタが持ってるので全部だよ、もう解放してくれ、今なら、警備の連中だって俺が言いくるめて……」
 大粒の汗を浮かべ片目を赤黒く変色させ、鼻血に切れた口端からの出血に紫のような青いような痣を顔につくり、うつろな目で息も絶え絶えな武器商人は、もう抵抗する気概も気力も体力も残っていないように見える。
 男はそんな武器商人の首を、意図も容易く折った。
『賽は投げられてた。言ったろ?沈黙を選択すれば殺すって。どっちみち仕事だったから殺してけどさ。お互い辛いもんだよなぁ。おっと、恨むんなら俺の雇主にしろよ、それか金回りが悪くなったアンタ自身さ。まぁ精々アンタに神のご加護があります様に』
 母国語で皮肉ったような言葉を落とすその声色は、武器商人を相手にしていたときの物よりも快活で若い質のものだ。手に入れた資料を背中の鞄へしまい込み、さぁオサラバしようとしたまさにその瞬間、蹴破られた扉から影が飛び込んできた。
 その主は青年、立体マスクで口元を隠し、動きやすそうなパーカーとジーンズ、そして体にまかれたベルトとそれに装着されている拳銃……。
 扉をくぐり、すでに息絶えている武器商人と、倒れている二人の黒服。その傍らに立っている男を見、目を丸くし、まずい、と先にその目に恐怖の色を浮かべたのは青年の方だった。
 男は素早く拳銃を抜き青年の頭を狙った。青年は転がる様にして武器商人の机と男の傍を移動しこちらも拳銃を抜き、その腕を男が蹴り上げ弾き飛ばしそのまま回し蹴り、の前に青年が掻い潜りよろけ途中棚のファイルをまき散らしながら部屋の外へとトンボ返りしていく。
 部屋から右へ飛び出た青年を追うようにして男も外へと出た。ただそのタイミングで左から警備の男どもの複数の足音、どうやら下で引っ掻き回していたのはあの青年のようだ。
 面倒なことしやがってと男は小さく「Oh my fucking shit(クソッタレ)」と忌々しげに零す。右へと駆け出し背後からの男たちに一度フラッシュバンを投げ、窓割って飛び出し近くの屋根に捕まって青年を追う。
 至近距離で見られたからには生かしては置けない。

 青年はすぐに窓を使い地面へと降りた。夜と云うこともあり男を巻こうとしているのだろう、すぐに細い路地へと入り込んだ。
 男は屋根に上ったままそれを見つめる。右目の上に被さる暗視ゴーグルはしっかりと青年を捉えていた。倍率を高く切り替えもっと正確に青年の動きを把握した男は、音もなく動く。
 屋根を跳び、窓に捕まり、塀を超えて確実に青年を追いかけていく。
 やがて青年はあたりを見回し脚を緩めた。今までの進行方向に背を向け男が追って来て居ないかを確認する。青年にとってはおそらく幸いなことに追いかけてきている足音は聞こえない。
 ほっ、と胸をなで下ろし再び進行方向へと振り向こうした瞬間、背後に降り立った男に背を蹴られ口を塞がれ銃をそのまま背に付きつけられた。
『手間取らせやがってこの、最高にクソッタレな大馬鹿クソ野郎が。アンタのせいで俺まで余計なクソ面倒な事に巻き込まれるところだったぜ、どう責任とってくれるってんだい?兄弟、俺に許されるならお前のケツ思いっ切りファックしてやりてぇよ、ホントさ。慈悲ある神に感謝だな』
 青年には分からない異国の言葉、グリグリと背骨を抉る様に押し付けられる銃口に冷汗が零れる。じわじわと腕を動かし、自分も拳銃を引き抜こうとしたところで気が付いた。そう言えば蹴飛ばされ手から弾かれていたのだったと。
「少しあなたに訊ねたい事があります。俺と是非散歩としましょう」
 背筋が凍り付きそうなほどに朗らかな声色だった。



「ぶっ、う゛ぐっ、ふっ!ん゛ん゛ん゛!!」
「強情ですね。素晴らしいことです。Paaaaaaatience is a virrrrrrtueeeeeeeeeeeeeeeee(忍耐は美徳よ〜)」
 口の中に布を突っ込まれその上からガムテープを張られた青年は、涙をボロボロと零しながら満足に悲鳴も上げられないまま地面を何度も蹴った。
 小さな廃ビルの一階、すっかりストールとゴーグルを外し首から上をスッキリさせた男は椅子に括り付けた男の右腕を持ち鼻歌を歌うように関心した。
 その長い睫毛に縁取られた緑の目を細め厭な風にピアスをつけた口角を歪ませている。
「次でこちらはラストです、あなた何処の所属だ?ちゃんと頷いてくださいね?白軍?……フーム、黒軍?……インペラトル?」
 小首を傾げ、愉快な方向へと折れ曲がりものによってはすっかり回転している青年の右手の指の中でまだ一本だけ無事だった中指を軽く握りながら男は尋ねる。
 青年は涙を流し、顔を赤く青くして鼻を膨らませ激しく呼吸をしながらも握られた指先を見つめるだけで、どれにも首を動かす事は無かった。
「Wow...Okey...Ah-...You're fucking fool(アンタかなり馬鹿だな)」
 男は再度感心した様に瞬きをし、呆れたような声色と共に指を思い切り折り曲げた。「あなたは握力どのくらい?」響く悲鳴をそのままに男は呑気に訊ねる。勿論返事は返ってこないしそもそも返せないだろうが。「俺は230ポンドくらいです」
 男は青年の右側に立ち、左手に右腕を持ち右手で指を握っていた。グッと左手に力を込め、握っている捻ったその指を思い切り引っ張る。青年の悲鳴に混乱の色が混ざる。
「これ撤去するのと左手に移動するのどちらがいい?」
 左手に込めた力をそのままに男は指から手を離し、青年の口のガムテープを一気に引きはがす。口の中の詰め物も取ってやり、再度同じことを訪ねる。
 青年は緩く首を振り「嫌だ……」と小さく零すことしかしなかった。
 パチパチと瞬きをした男は、そう、と小さく零し、青年の掌に自分の右掌を合わせる。青年の使い物にならない指と指の間に自分の指を入れ、恋人と手をつなぐように握り、思い切り、自分の手を押し倒した。ゴキっという感覚。そのままドアノブを回すようにするとゴリゴリと骨と骨の擦れる音がした。
 これまでで一番大きな悲鳴を上げた青年は最早宙を見つめ荒い浅い呼吸を繰り返している。
「貴様は何処の所属ですか?口が自由ですから正直者になりなさい」
 ぐっと肘を回し自分の手を逆さにしながら男が言う。肩を動かすたびに首の蛇がゆれ、喋るたびに蠢いていた。青年はもう自棄になってきているのかゆっくりと目玉を動かし男を見つめ、小さく「白」と零した。
「白ですね?誓うか?」
 青年は頷く。頷いてまた視線を彷徨わせようとして凍り付いた。掌から離れた手が、青年の袖を巻くっていったのだ。二の腕の外側に刻まれた八咫烏が男を睨んでいた。
「……白?」男の声が低くなった。今にも唸りだしそうだ。
「赤いものはなにも身に着けていませんね。赤ではないですね。白でもないですね。黒、にしては随分と格好が楽だな?貴様何処の所属か言ったほうが身の為だと俺は助言するが?民兵か?だが奴を知ってましたね?ただの民兵ではないな?答えろマザーファッカー」
 人差指を青年の顎に突き立てるようにして顔を近づけ凄む。男の顔が整っているだけに、その迫力はすさまじいものだった。しかし、青年はそれに怯え視線を揺らしながらも口を開こうとしない。むしろわずかに笑みを浮かべているくらいだ。
 その態度に、男は冷めた様に目を細めようと、した。
 その前に男の緑の目が動いた。覗き込んでいた青年の顔、よりも、もう少し横に。ちょうど右耳のあたり。そこに光を浴びて鈍く、隠れるように自己主張をしている柔らかそうな耳たぶに付いた青い石のピアス。
 シンプルなものだった、丸く削られた、深く、青く空か海の様に澄んだ、三ミリほどの石を銀で丸く囲んだ、とてもシンプルなものだった。何の変哲も面白みもないその青を男は凝視する。

 以前、任務で邪魔をしてきた少女は、まさにこの青年と同じように尋問した少女は、何処の軍の格好をしているわけでもなく、武装を無理やり解かされたその何の変哲もない装備の中で唯一、光らせているものが有った。
 青い石を嵌めた首輪だった。空か海の様に澄んだ、控えめな主張をする石だった。それに、まるで蝶のようなカットを入れたデザインのチョーカー。少女らしいじゃあないか、だなんて思っていたのだが。

 青年が喉を大きく動かし唾液を飲み込んだ。男は青年から顔を引き、腰のポーチから例の其の首輪を取り出す。青年の耳元へと指をやり、そっと耳たぶをなぞり、ピアスを人差指と親指で抓んだ。
 軽い抵抗と悲鳴に構わず目の高さまで持ち上げたピアスと首輪を見比べる。石、というかこれは宝石なのだろうか?それら二つの石は恐らく同じものだろうと言うことは容易に分かる。
 ゆっくりと男は青年を見下げた。無表情なそれは今までで一番、ぞっとするほどに美しく見えた。
「あなたの、しょぞくする、せいりょくの、おなまえは?」
 一言一言が滑らかな、染み込ませるような声色だった。恐ろしい程の表情と相まって、その声色に青年は鳥肌を立てた。今までで一番恐ろしい、手首を捻られ砕かれた先ほどまでのほうが、よほど、マシ。本能が告げていた。これからもっとひどいことをされる。きっととても惨いことをされる。けれど、それでも、
「言えない……言えないんだ……」
 この男は恐ろしい。青年はガチガチと歯がなり軋む顎を何とか動かして、引き攣った舌だって動かして見せた。
 この男は恐ろしい、けれど、裏切るだなんて出来ない。未来と信念の為なのだ。恐怖に染まり揺れる青年の目から涙がこぼれた。あとからあとから零れてくるその涙は途切れることなく頬を伝い、顎から胸へと滴っていった。
 男は一度瞬きをして、手の中にあるものをポーチの中へとしまい込み青年を再び正面からとらえた。
「それが選択ですか?」
 そっと、耳に触れた時と同じように、まるで慈しむかのように男の指の甲が青年の濡れた頬を撫ぜる。ゆっくりと下って行ったそれは首にまでたどり着く。いっそこのまま縊り殺してくれればいいのに……。
 青年は唇を噛み締め鼻からか細く高い、恐怖に震える嗚咽を漏らし、男の指を更に濡らすのだった。
 

「わぁ」
 其れはなんとも間抜けな声だった。驚いたような呆れたような感心したような、それでいて興味がないからこそ出せる、軽い間抜けな声。
「ピースってさ、どこでこういうの習ったんスか?」
 赤いヘルメットに光を反射するゴーグル。背の高い男が見えている口元に白い歯を見せつける爽やかで朗らかな笑みを浮かべて軽く首を傾げた。
 ピースと呼ばれた男は興味無さげに目を細め、その白い頬に影を落とす。
「その質問はただしくないですねミシマさん」一旦おいてピアスをつけた唇を開き「習った事は無い」
 ゴーグルの男、ミシマは相変わらずの爽やかな笑みを口元に浮かべたまま「へぇ!じゃあ独学?ってわけッスか?すげぇ!」と頭を動かし、椅子の上で脱力している体を見た。
 上半身を裸にされ項垂れた頭に目隠しをされ、噛まされていたのであろう猿轡は首元で垂れ、不自然に歪み、色を変えた明らかに右腕と左足はもう到底使い物にならないことが分かった。まだマシに見えるその他の部位も、よくよく見れば酷く痛めつけられている。すべて剥がされた爪から滴る血と、割られた膝から滴る血が床に酷い染みを作っていた。
 涙でぬれ重くなった目隠しの下の頬はもう渇いており、その頬がもう恐怖に引き攣ることも笑みに緩められることもない。
 ミシマはそんな青年のなれの果てを見つめながら相変わらず、本当にさして気に留めていないかのような笑みで「えぐいなぁ、怖い怖い」と零し、自分の大きな男らしく筋張った手にゴム手袋をはめた。この体を処理するのはミシマの仕事なのだ。
「そいつがこの前の女と同じ石を持っていました。彼のはピアスでした。何か心当たりはないか?」
「あるよ?」
 ピースは弾かれたように目を見開き、青年の体を解体しようと今まさに鋸を引こうとしているミシマを見た。
「あるんですか?」
「あるよーん」
 確認するように問えば、ミシマは笑みのまま軽い調子で頷き、右肩に狙いを定め服を着にせずゴリゴリと鋸を引いて押し手を繰り返している。そのたびに、じゅ、と厭な水音がした。
「俺最近さ、周りの人見てて気が付いたんスよ、赤の方の一角で、やたら顔面隠した連中の中でちょいちょい青い石が流行ってるんス。つって、本当にたまに見かけるくらいッスけどね、十日にに一人くらいかな。まだ青い石付けてる奴少なくて、同じ奴を何度も見かけたりしたんスよ」
 力強い鋸に方から右肩はあっさりと零れ落ちた。べしゃ、ともとさっ、ともつかない落下音と共にミシマが顔を持ち上げ頬に付いた血を拭った。
「気になったんで一人とっ捕まえて聞いてみたんス、したらなんでも最近出来たばっかの『胡蝶隊』とかいう勢力に入った証らしいんスよね。なんだったかなー。なんかこう、白黒と赤、これら全部をぶっ壊して……つか、革命?みたいな。今の世の中を変えよう!みたいな、取り敢えず最近は紛争地域での救護活動とかしてる割かしフレッシュな感じらしいッスよ。絞った子はまだ新米も良い所だったらしいんスけど、おかげである程度聞けたッス」
 今度は左肩に狙いを定め乍らミシマはつらつらと言葉を落としていく。ここまで青年を痛めつけてもピースが知りえなかったことを、この男は意図も容易く、もしくは容易くはなかっただろうがそれを気にせずどこまでも軽い調子で手に入れたのだ。
 それに観察眼といったら。敵に回したくないとピースは固唾をのんだ。
「割とアッサリ入れるらしいッスよ、革命に賛成してれば。ちなみ覆面の着用を義務にしてるらしいっス。情報漏洩を防ぐためッスね、口外法度ってやつッス。あ、そうそうそんでもって名前は和色のコールサインを名乗るらしいっス。分かります?」
 左肩が落ちた。少しばかり軽くなった青年の体をミシマは持ち上げ、近くの鈍色の台へと乗せ、首に刃を当てる。
「若い連中しかいない割に統率は取れてるっぽかったなー……、あ、中には入ってないんスけど、外から見てる感じ。最近その辺で張ってたんですよね、暇だったから。リーダーの……青藍だったかな、って人は、割とカリスマっつうか、キレる人っぽいっすよ、裏切ったら制裁が怖いだろうって絞った子が言ってました」
 制裁だけが恐ろしいのではないだろうとピースは思った。
「まだ迷ってるんすけど、そのうち中に入ってみようと思うんスよね、名前ももう考えてて、黒柿ってんですよ。恋人が案を出してくれて。へへっ」
 落とされた青年の頭を髪を掴み持ち上げ、ミシマは軽く首を傾げて相変わらずの一貫した爽やかな笑みを口元に浮かべたまま「ってな感じで、コレは多分そこの子だったんじゃあないかな。なんか、聞き出せました?」
 ピースは触れる首を見つめながら、それでいてどこか遠くを見つめるような眼つきで「なにも」と静かに零す。「なにも聞き出せなかった。彼はどこまでも忠実だった」ぎゅっと握った拳が震える。
「そう!」と元気のいい声をだし頷いたミシマはそっと台の上に首を置き「人間、そんなもんッス!相手が思い通りになることなんてないんですから!世の中思い通りに動けばラッキーくらいの気持ちでやんなきゃ!それに、ピースの顔見てるしどっちみち殺してたんだろ?そんな顔すんなよ」少し移動して胸の少し下あたりに狙いを定めた。
 それを見つていたピース至って無表情だったが、目を閉じ右手の人差し指と中指を軽く曲げ、親指をその日本の指にくっつける。薬指と小指を握りこみ、額から胸、左肩から右へと動かし十字を切った。再び瞼を持ち上げた時、ミシマはまだ鋸を引いていた。咽かえる異臭が吐き気を催した。
「ミシマさん、あとは任せました」
「ウィーッス、お疲れピース!そうだ、今度飯食いに行こうぜ!」
「了解です」
「なぁピース、そう深く考えるなよ。この青はどうせ白と黒と赤に食いつぶされるよ。そんな予感がしてるんだ。俺の“勘”、当たるッスよ」
 ミシマは何処までも底抜けに快活で爽やかだった。鋸から手を離し、血で汚れた手を振りニッコリと白い歯を見せて綺麗な笑みを画く。それに平和もニコリと微笑み返し廃ビルのその部屋から出た。
 もう既に陽は上りきっており、さんさんとした初夏の日差しが薄暗い路地裏にもわずかに差し込み、世界を明るく照らしていた。
 ピースの緑の目には其れがまるで天使の階段の様に映った。

 自室に戻り、何重にもドアロックチェーンをかけ、跳びかかってくる飼い犬デイノの攻撃を避けつつ、さっさとバスルームに籠りシャワーを浴びながら新しい勢力の事を考えていた。
 革命。
 その言葉が如何にも引っ掛かって、鏡に右手を付き左手で首元を擦りながら浴室の鏡を見た。首の蛇と、手首の蜘蛛、その他にも体に刻んだ黒が浮き出ているように見えた。
 疲れているんだ。
 ピースは目を閉じてシャワーを被る。祈ってから、報告して、デイノのエサやらを整えてから少し寝よう。そうしてから、気の知れた人たちに会えば、元気が出る。目が覚めればこんな気持ちとはオサラバだ。
 瞼を持ち上げ、水が流れていく排水溝を見つめながらボタボタとへばった前髪から睫毛へと伝っていく滴をそのままに、もうしばらくだけ、ピースは鏡に手をついたまま動かなかった。


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補足
平和は胡蝶隊には接触しません。存在を知っただけです。黒柿も直接的に(モブ以外)には接触していません。
胡蝶隊の創立者→【撤退されました】

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