写真

お借りしています
シロちゃん(@shiro_gakusen)宅、村瀬
ヤシンさん(@Ys_gakusen)宅、御幡先輩、小坂くん
あひるさん(@77_anko)宅、臼井くん


------


 昼間、実家から一眼レフが送られてきた。明らかに新品のそれは、思い出を作ってね残してねだなんてメモが添えられており、そのメッセージカードをゴミ箱へと放り投げ乍ら國道はうんざりした様に箱を見下ろした。
 黒光りするいかにも上等そうな、一眼レフ。だがこれは……フィルム式だ。いまどき。
 にしても、むやみやたらと青春時代の想い出を作るということが、それを形にするという事がどういうことなのかを、あの二人は知りはしない。
 なにせ、紛争地域からも随分と遠い住宅街に住む、一般市民なのだから。

 一枚くらい送らねば余計になにか送られてきそうだ。

 相変わらずの、うんざりしたような表情のまま舌打ち一つ。箱のなかに手を突っ込みカメラを首にかけ、説明書を軽く流し読み、予備のフィルムをポケットに突っ込み國道は自室を出た。




「あれっ、ブンショー先輩カメラなんて持ってどうしたんです?」

 元気のいい声が聞こえて、國道は振り返った。明るい良く通る、人懐っこさをにおわせる声。
 何の変哲もないただの廊下、休みの日のそんな廊下だというのに、この学校には生徒が平日の様に多い。
 國道の背後から駆け足で近寄ってきた小坂はその割と大きい方だろう目を眼鏡の下で輝かせて、國道の首からぶら下がるカメラを見つめている。後ろからどうやって分かったのだろう。少し横を向いたときにでも見つけたのだろうか。

「ああ小坂くん、これ、実家から送られてきたんですわ。とりあえず、埃かぶせるのも悪いなぁ思いまして」

 國道は軽くカメラを持ち上げて小さく困ったような笑みを浮かべた。小坂は依然カメラに視線を向けたまま目を輝かせている。
 その様子に國道は少しだけ考える様に視線を逸らす。そのまま小坂へと戻し、今度は人のよさげな笑みを浮かべて軽く首を傾げ

「撮りましょうか?」

 そう柔らかく、どことなく弾んだ声色で尋ねてみた。
 小坂は弾かれたように顎を持ち上げ國道の顔を見上げ、パァっと輝かんばかりの笑みを浮かべる。僅かに脇を閉め軽く拳を握るその姿に、まるで少年のようだと國道はぼんやりと思う。実際少年と呼ばれる歳ではあるが、もっと、心が。まるで自分と違って思える。

「ええんですか!?」
「ええんですよ」

 殆ど鸚鵡返しに返事をしても小坂の笑顔は緩まなかった。むしろ、逆に頬がさらに緩んだほどだ。写真一枚でそんなにはしゃげるものなのだろうかと、心底不思議に思う。國道自身は写真を撮られるのが嫌いなのだ。
 まるで自分の証を其処に、自分の意思なく残してしまいそうで。

「かっこよく撮ってくださいね!!」

 小坂は窓辺に立つと、ビシっとポーズを決めた。腰に手を当て、右手でピースサイン。ニーッ!っと笑みを浮かべてさぁ来いと目が言っている。
 國道は小さく笑って、あまり期待しないでくださいと零しその黒い箱を持ち上げて、窓を覗き込む。
 その世界は、触れることができるのに、酷く現実離れして見えた。まるでテレビの向こうのような。ファインダーとはとても大きな壁なのではないだろうか。
 すう、と息を吸い静に止め、体のブレを出来るだけ抑え込み小さく脇を閉めて、素早くピントを合わせる。

 カシャン。

 フィルムに焼き付けた彼は、きっとそこそにかっこいいんじゃあないだろうか。カメラに向かってポーズを決め、にこやかに笑っている。
 指でレバーを引き、フィルムを一回分回す。ふと國道は、何かに気が付いたかのように視線を逸らし「あ、都三子さん」とつぶやいた。
 途端小坂はポーズを崩し、「え、どこどこ」とふっと穏やかな、それでいてカメラを見つめていた時のような表情を浮かべ、かぶりを振る。

 その自然な様を國道は写真に収めた。

「あれ?都三子ちゃん居ませんやん」

 不思議そうな顔をして顔を正面に向け國道を見やる様を、最後に撮る。
 それはとても不思議そうな、怪訝そうな、犬が「あれ?エサが無いぞ?」と首を傾げるような、酷く自然な、無意識の、可愛らしささえ感じるものだった。

「ちょっ」
「アハハ、すんませんなぁ、気のせいだったみたいでんな」

 そんな場面を撮られたからか小坂は急に照れたような表情になりバッと両手で顔を隠してしまう。
 軽く笑い乍ら謝り、國道は脚を動かした。
 手をおろし、目の前に先ほどまでいた先輩が居ないことに目を丸くした小坂が再び首を振り探しているのを気にせず國道は軽く上機嫌そうな笑みを浮かべて階段を上っていった。




 今度は桝井を見つけた。なにやら村瀬と話しこんでいるようだった。
 國道はその様を遠くから写真に収めた。
 ケラケラと笑っている桝井と、ほとんど後姿の村瀬。遠いのと、ズームをして近いのを。そのまま歩みを進めると、桝井が國道に気が付いたようで軽く顎を持ち上げたのが見て取れた。

「おう國道さん、なんやカメラなんぞ持って。どうしたんですそれ」
「ん?うわー一眼レフやないですかァ、すごいなぁブンショー先輩、リッチ〜」

 桝井は小坂と同じように少しばかり目を輝かせた。物珍しい一眼レフにその長い睫毛で縁取られた紫の目が釘付けになっている。
 振り返った村瀬もほとんど同じような反応で、此方は國道を見つめニヤニヤと笑みを浮かべからかうような言葉を投げかけてくる。

「ちょっと実家から送られてきましたさかいに、写真撮ろうと思いましたんや。ちょっと撮られてくれませんかお二方」


 二人は暫くポーズについてやいのやいのと言っていたが、結局桝井の後ろに村瀬が立ち、戦隊もののポーズ二人バージョンのようなもので決定したようだ。
 ビシッとポーズを決めキリリと表情まで引き締める二人に、國道は笑みをこぼす。一年坊主はついこないだまで中坊だったお子ちゃまなのだ。それが一年で、変わるのは少し寂しい。だからこそこのままでいて欲しいと思った。
 その瞬間を切り取る。
「そのうち現像しますね」なんて言葉を置いて、國道はさっさと二人を置いて、軽く駆け足に去っていった。
 取り残された二人は、今度は階段を駆け上がってくる足音に顔をそちらに向けた。





 屋上へ出ると、一人の影があった。正確には影というの物は殆どそこにはなくて、それが何故って、その人物が寝転んでいたからだ。
 ふっ、と、國道の頬と目尻が緩まる。ここに居ると知っていたのだ。直感がそう告げていた。
 ゆっくりと脚を忍ばせて、息を殺して、猫の様に抜き足差し足でその影に歩み寄る。軽い寝息すら立てているその寝顔は、とても無防備に見えて、おおよそ無害に見える。
 小さく丸くなるようにし、その柔らかい茶色の髪を惜しげもなくコンクリート固めの地面に擦りつけて眠っている。その顔のすぐそば。其処に國道は腰を下ろしカメラを構えた。

 カシャン。

 小さな音がして、ジーっとフィルムを巻く音。
 この程度では起きないらしい。気が付く様子もなく、その寝顔は世界から切り取られた。
 小さく笑みを浮かべてカメラを下ろし、肉眼でその表情を見つめていても気が付く様子がない。春、梅雨から夏へと変わっていく、涼しげでいてしつこく頬をなでるような風は爽やかなようでいやらしい質の物だった。
 しゃがみこんだまま、左手にカメラを持ち右手をピンと伸ばす。小指と人差し指を真っ直ぐに伸ばし、コンコンと狐が作れそうなその手の形は、どちらかと言えばそんなに可愛らしいものではなく、薬指と中指の爪をを曲げた親指に引っかけ手が震えるほどに力を籠め今にも渾身の指先で弾いてやろうという其れだった。
 しばらく、といっても一分ほど、そうしていただろうか。笑みを消し去り、手を下ろす。力の籠めていた手はそのまま寝ている彼への前髪へと伸び、その髪を救い上げる刹那、骨が軋むほどに強い力で掴まれた。

「あら」

 國道は何ということはないかのように、ふんわりと首を軽く傾げる様に動かし小さく零す。
 睨み上げてくるその金の瞳にはあからさまな不機嫌が浮かんでおり、

 カシャン。

「何撮ってんだよカス」
「はて何の話でっしゃろ」

 低い声にいけしゃあしゃあとすっとぼけた言葉を返し、バッと腕を振り払い飛びのくようにして立ち上がる。
 同じように立ち上がった相手は、國道の顔を見つめつつ盛大な舌打ち一つ打ち鳴らし、カメラへと視線を向けた。さっと飛んでくる手を、カメラを背中に回すことで避ける。
 そのまま追撃する体にくるりと自分も回転し、彼に体の正面を向ける。

「やめてくださいよう、これ高いんやよ」

 笑顔を浮かべたまま困った声色で煽るような音を使って言う。臼井はそんなものしらねぇとばかりにガッ!!っと容赦なく國道の脛を蹴った。
 さすがにこれにも國道の笑顔にひびが入り、手持無沙汰だった右手が握られ臼井の額を思い切り殴る。
 國道は臼井がよろけたその隙に全力で駆けだした。戦場カメラマンよろしく振り返りカシャン、ジー、カシャンと音を響かせ、屋上の扉へと滑り込み、その重たい扉を臼井がやってくるギリギリで閉める。

「ぐっ……ふっ、っひゃっはっはっはっはっはははっ!!」

 背中を付け開かない様に抑えつつ、その背に感じるガツンガツンという振動と聞こえる罵声にケラケラと悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべ、何時もの静かな棒読みではなく、素の、下手くそだからと人前で零したがらない面白くてたまらないと言ったように声を出し、國道はその扉の閂を差し込み、引き下げ、錠前をかける。
 背を離してもガッツガッツと蹴られているのか殴られているのか、はたまたその体をぶつけられているのか、ガッシャンガッシャンと錠前が揺れ随分と喧しい。
 其れが如何にもしてやったりと言ったような感じがして、國道はもう一度笑った。




 トントンと踵を鳴らし階段を下りていくと、元気な声が聞こえた。

「ブンショーせんぱーい!!」

 村瀬がどうやら自分を探していたらしい、ずっと走っていたのかわずかに上気した頬と、わずかな額の汗。村瀬は國道の前で急ブレーキをかけ立ち止まると両手の膝を掴みゼイゼイと呼吸をした。

「ハァッ、ハァーッ!ホンマ、どこ行っとったん、です、マジ、もー、探しましたん、やで、ホンマに……」

 顔を上げた村瀬の視線にはそれでもどこか嬉しげな色があった。國道はそれに唇を結びわずかに口角を下げ、目を細めて眉根を軽く寄せた。
 村瀬はその表情にニッ、と笑みを画き、膝を掴んでいた左手で國道の腕をつかんだ。
 ビクリと一瞬腕に力が入り強張る。このまま振り払ってやろうかと國道の頬が一瞬引き攣ったが、其れよりも先に村瀬が背を向け走り出す。勿論國道の腕をつかんだまま。

「きて」

 それは紛れもない少年の声色だった。

「お、わっ」

 驚いた表情の國道は腕を引かれるがままに走り出す。左腕に捕まれたのが右手でさらに荒廃である村瀬との10センチ程の身長差から肩を前に出して走るような、少し不安定なそんな走り方で廊下を走るその姿は、ほかの生徒にどう映るのだろう。
 廊下のまどから差す光が、軽く茜色を帯びてきていた。


 連れていかれた先は裏庭だった。控えめの花壇があるそこは本来なら人など素行の悪そうな生徒しか近寄らないのだが、その場に居たのは見慣れた面々だった。
 腕を組んだ桝井とわくわくとしたようすの小坂。村瀬に連れてこられたのを確認し、どことなく、やっとか、とでも言いたげな表情の御幡と。……と、國道の腕を離しフラフラと小坂くんのそばまで歩き抱き留められ息も絶え絶えな村瀬

「おっつー村瀬くん!」
「じゃんけんなんてクソや……」
「お前グーしか出さんもん」
「マジで?」

 ポンポンと小坂に背をさすられる村瀬は桝井の言葉に心底驚いたようだった。嗚呼、そう言えばこの子グーしか出さないなぁと國道はなんとなく思う。置いてけぼりにされてなにがなんだかよく分かっていない。

「國道くん、昭一が」
「あんな!あんな!!皆で集合写真撮ろうおもってん!な!」
「……そういうことだ」

 御幡が口を開いた途端顔を輝かせた小坂が全部持って行った。
 なるほどと國道は数回頷いた、御幡と合流、もしくは探し出してから、ジャンケンで負けた村瀬が國道を探していたのだろう。まさか校内全部走り回ったのかと思うと、少し笑みがこぼれた。まぁその程度でヘバってどうする、とも思うが。

 小坂が準備良く背後から三脚を取り出した。タイマーはもちろんのこと使えるこの一眼レフをその上に載せて、「絶対壊さんからボクに任せて!ブンショー先輩ほらあっち行って枠に入って!」と小坂に背を押しやられる。
 本当は逃げたかった。写真を撮られるのは苦手なのだ。妙に怖気づいたように足が押しやられたまま動かないでいると、しびれを切らした桝井がその腕を腕を引っ張った。

「國道さん背高いけん先輩と後ろな。村瀬と小坂が都三子と前列」

 そう言う桝井の声に合わせてさっと整列するあたり、此処は軍隊さんなんだなぁと國道はまたぼんやりと思う。
 一番端、桝井の後ろに御幡、その隣に國道。桝井の隣に村瀬がきて、そのさらに隣に小坂だろう。
 まってやー!まってやー!すぐやからー!とカメラと格闘している小坂を見つめていると、不意に隣の御幡の手が動いたのに気が付いた。そっと、ごくごく自然に桝井の方に右手を乗せている。桝井は勿論それに気が付いているだろうが、特になにか動くような様子はない。
 國道は視線を下に落とす。すると殆ど目の前にある茶色の頭に自然と目が言った。桝井の肩に置かれた御幡の手には気が付いていない様だが、どことなくこの子も写真が好きなのだろうか、それとも居心地悪くてそわそわしているのか、少々落ち着かないと言ったようだった。

「よっしゃ!いくで!30秒後やで!」

 小坂がバッと顔を上げて此方へと駆けてくる。 
 しかし、案の定というべきだろうか、小坂はなんと自分の踵に脚をひっかけ器用に転倒したのだ。しかも顔から。眼鏡が悲惨なことになってないといいが……、それよりも、皆驚いた顔をしていただろう。

 カシャン。

 小坂が顔をあげ直前シャッター音が響いた。
 しばらく小坂が顔だけを上げて呆然としていたが、裏庭と僅かに茜のさす空に響く笑い声にもっと顔を持ち上げた。幸い割れていない眼鏡を持ち上げると、國道が腹と口を押えて大爆笑していた。
 あまり人の良さそうとは言えない良く響く、笑い声。それにつられるように村瀬も笑いだし、桝井と御幡が吹きだしてから小坂を立たせにかかる。小坂は顔を赤くして、もう一回!もう一回!と叫んでいたが、國道は「これ以上最高な写真なんてない」と、笑いすぎて引き攣り涙目になった呼吸と笑顔でそう返しすだけだった。








 そうそう、随分とあの時は笑ったのだ。そういえば、写真は現像して、あのずっこけ小坂の集合写真を皆に渡したのだったか。
 ほかのものは、自分だけがとっておいた。御幡先輩だけ取れてなくて申し訳ないとなんとなく思うが、まぁ結局彼はその後都三子さんとのツーショットが多いのだしいいんじゃないかな、とも思う。

 集合写真を胸のポケットに入れる。こんなものが弾除けになるはずなどないが、ちょっとしたおまじないだ。
 毎回出し入れするたびに、今ではすっかりくたびれてしまったもの。

 臼井の写真はずっと箱の中にしまっていた。寝ている写真と、怒っているものと、追いかけてきているもの。結局生涯で撮った臼井の写真はこの数枚だけだった。それ以上必要とも思えない。

 國道は少しだけ呻いて、ぬるりと厭な感覚を広げていく腹部に手を伸ばしかけて止めた。春駒の次の代の愛馬はもうすでに息絶えており、現在は國道の背もたれとして使われている。
 歯を食いしばり唸り、すぐに息を大きく開けて吐き出して、また吸って息を止めて、唸る。もうこれはダメだのだろうと悟っていた。
 腹に伸ばしたてを、そのまま胸へと持ち上げる。左胸に刺さっている紙切れはすり切れていない、かといって新品でもないもの。開いた其処に居るのは、眠っている青年の顔だ。

「これ、呪い、って、やつか?ホンマ、お前、最悪やな」

 たまたま。今日は此の写真を胸に入れていた。人生で初めての事だった。
 臼井が死んでから、この手で殺してから軽く十年程。真っ二つに裂けていることに随分と慣れ親しんだその舌を回して、國道は臼井と同じ色をした同じ隻眼で笑みを画く。
 不意にその視線を持ち上げると、國道はその笑みを一層深くする。

「……こう、なること、は、……初めから、……決まって、……いたん、でしょう……」

 在りし日の思い出は、滑り落ちた。それはじんわりと血に滲んでいき、其の寝顔はなかったことになる。
「ねぇ……透さん……」そう零した口元、笑みに細められていた目元から最後に一筋涙がこぼれた。その今際の金色の瞳に映っていたのは何時かの、まさしく、それ。在りし日だったのだろう。
 周りの怒号や銃声などももうなにも、気になる筈がない。世界の終わりに君を見た。


『こうなることも、こういった感情を抱くのも、全て、初めから決まっていたことなんでしょう。ただ、それだけですよ』


 嗚呼、きっと。世界なんて、本当に。
 ただそれだけのことなんでしょう。

[ 前項 /目次/ 次項 ]







「おっさん受け」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -