猫ノ葬式

猫のお葬式の話。
お借りしています。
あひるさん宅(@77_anko)黒井参謀


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 校内に猫が入り込んでいた。黒い毛並みの猫青い目の猫。
 もう歳なのか、その細い体の背は骨ばり、毛は見るからに艶がなくみすぼらしかった。目は濁っていて辛うじて青だと判別できる。
 中庭に居座り、近寄っても逃げようとしない。人に慣れているのか、老いさばらえ飢え動く気力がないのか、盲いていて尚耳も鼻も悪いのか。

 蹴り飛ばしたその毛玉は簡単に校舎の壁へとぶつかり、動かなくなった。

 猫は不潔だと幼少のころに教えられた。猫は池に放り込むか蹴り飛ばせばいいと言われた。ここに池はない。
 襤褸の雑巾のような毛玉の首根っこを掴み持ち上げると、思ていた以上に伸びた。近くで見てもやはり毛に艶はなく、思っていたよりもうんとその体は細く軽かった。
 幸いなことに。今は何も手荷物を抱えていなかった。さっさと焼却炉に放り込んでしまおう。

 首根っこを掴んだ猫は歩くたびにぶらぶらと揺れた。なので、揺れが少なくなるように肘を曲げて運ぶことにした。そのほうが毛も舞わないだろう。
 焼却炉へと至る廊下、その角を曲がったところで黒井参謀とすれ違った。

「おい」

 声を聴き、振り返る。
 黒井参謀はなにやら苦い顔をしており、その透鏡の向こうの鋭い瞳は、手に持った襤褸の毛玉へと注がれていた。いや、今は伸びているから、毛玉と云うよりかは、まさに雑巾だろうか。

「その猫はどうした」

 重たいような声色だった。

「此れはもう死んでおりますので焼却炉に入れようと思った次第で御座います」

 もしかすると黒井参謀は此れが欲しいのかもしれない。このお方は確か大層な猫好きだ。

「ああ、焼却炉……」

 黒井参謀は、俺にはよく分からない声色で小さく言葉を落とす。そのまま少し考えるように視線を逸らして、また襤褸へと視線を戻した。
 少しおれへと近づいて、首根っこを掴まれ伸びている襤褸に、おれと違って素手だというのに触る。頭を撫でている。ああ参謀の手が汚れてしまう。死んで尚なんて迷惑な毛玉。もっと早く見つけて、焼却炉に放り込むべきだった。

「その猫は何処で見つけた?」
「中庭で御座います」
「出来れば、中庭に埋めてやってくれないか。俺は少しまだ書類の整理が残っているんだ。だがそれが終わったら、俺も様子を見に行っていいか」

 此れを埋める。
 其れに焼却炉との違いがあるのか、なにか意味があるのか、おれには分からない。
 けれども。

「畏まりました黒井参謀。是非御出でくださいまし」
「悪いな」
「生徒様のお役にたつことが太刀津の幸せ、お役に立てれば幸いで御座います」

 其れを生徒様が望むのなら、なんだって。
 黒井参謀は歯並びの良いその白い歯を見せて、少しだけ笑った。




 ただ埋めるだけでいいのだろうかと、円匙を握り少し立ち尽くしてしまった。
 だが、埋めろとしか言われていないのだから、埋めるだけでいいのだろう。
 中庭の隅の方、椿の植木の近くに埋めることにした。あまり生徒様が近寄らず脚をひっかけて転ぶようなことがない場所。
 ある程度の大きさまで穴を掘り、襤褸の毛玉を入れて土をかぶせていく。
 背後に人の気配を感じて振り返ると、黒井参謀が此方へと向かってきていた。なにやら手に沢山抱えている。何を為さる心算だろうか。

「お、丁度だったか」

 埋めたのに気が付いたのだろう黒井参謀は、抱えていたものの中から蒲鉾の板のようなものを取り出し、サラサラと物を抱えたまま器用に何かを書きおれに其れを差し出した。
 “猫の墓”

「生徒様、此れは一体、何で御座いましょうか」
「墓標だ。刺してくれ」
「畏まりました」

 墓標。猫に墓標。黒井参謀は中庭を猫の墓場に変えるつもりなのだろうか。到底理解できそうにないが、理解など必要がない。
 墓標を建てると、今度は黒井参謀は線香と小さな線香立てまで用意しており、それも差し出してきた。何も言わずともこれは分かる。
 それを襤褸を埋めた場所から少し手前の、平らな場所に置く。今度は燐寸を手渡された。擦り、火を付ける。小さな火は少しだけ過去を思い出させた。そういえば蝋燭は持っていない様だ。手渡されないもの。

「お経でも唱えられればいいんだが。とりあえず合掌」

 隣にしゃがみ込んだ黒井参謀は目を閉じで合掌した。おれもそれに続く。
 目を開き少し横目に黒井参謀を窺うと、まだ合掌していた。強く目をつむり、酷く悲しんでいるようだった。
 おれには矢張り、なにがそれ程までに悲しいのか、そもそも悲しんでいるのかすらも。到底理解ができなかった。


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