Dream
東洋人というだけで。東洋人だからこそ。

人目を引き、そして狙われる。

見世物小屋の目玉にするため。観賞用に屋敷で飼うため。世界の珍品を所有して貴族仲間に自慢するため。

目的が何であれ都の地下街に売り飛ばせばいい金になる。

それが私だ。

ナマエはカップの持ち手をもてあそびながら続けた。

兵団に所属することは悲願だったと。身の安全が保証される唯一の空間。ここにいられるならばどんなに厳しい訓練だって喜んで耐えられる。

食堂でだらだらと居残っていたら、いつの間にかこんな話をしていた。

「今まで危険な目に遭ったことあんのか」

数えきれないと即答され、思わず眉をひそめた。

「こんなに安心して眠れる日がくるなんて今でも信じられない」

「良かったじゃねぇか。お前の成績なら憲兵団に入るのだって余裕だろうし、今後も安泰だな」

「憲兵団?やだよあんなとこ。治安も正義も二の次で、金さえもらえばどんな犯罪だって見なかったことにするんだよ」

正直、どう反応していいものか戸惑った。

こいつは俺が死ぬ気で憲兵団を目指していることくらい百も承知のはずだ。それに気づいたナマエは小さくごめんと謝った。

「いや…別にいい」

そう。謝らせるつもりなんてなかった。

訓練兵の憧れの的、人生の勝ち組。

羨望の眼差しで称えられる憲兵団に対して、こんな風に断言してしまえる経験をナマエはしているのだ。

数少ない東洋人として生きてきたあいつが一体どんな世界を見てきたのか想像することさえできないけれど。

「じゃ、無難に駐屯兵団か」

「一応そのつもりなんだけど…」

「けど?」

駐屯兵団に所属して僻地の担当にでもなれば、タチの悪い貴族と関わらなくて済むかもしれない。

でももし憲兵団から引き抜き要請があったら?

名誉の昇進と見せかけて強制的に内地に呼ばれる可能性がある。貴族の息がかかればそのくらい造作もないはずだ。

当時、執拗に私を狙う金持ちがいたのを覚えている。

とすれば残る選択肢はただ一つ。

巨人に食われる覚悟で調査兵団、だ。

あそこは中央の権力やしがらみに染まりきらない異端の集まりと聞く。たとえ憲兵団といえど手は出しにくいはずだ。

もちろん金で雇われたごろつき連中だってそう簡単には近づけないだろう。

…というのが、ナマエの考えだった。

「巨人に食い殺されるのと、人間に食い潰されるのと。どっちがマシなのかいつも考えてるんだけど答えが出ないの」

「バカな事言ってんじゃねぇ。答えなんて考えなくても分かるだろうが。命あっての物種だろ。お前はもう子どもじゃねぇんだ。周りを巻き込んだっていい。いくらでも抵抗すりゃいいだろ。それに憲兵団がお前の言うような組織だったとしても、全員が悪ってわけでもないだろ。実際に救いの手はあったんだ。だからお前はここにいる。違うか」

「それは…そうだけど」

頬杖をついたまま、隣で言い淀むナマエをじっと見つめた。

東洋人であることに加えてこの端正な見てくれだ。あまりにも目立ちすぎる。

現にこいつは単独での外出さえ許可されていない。誘拐の危険性があるからという理由で。

「まあ悪いことは言わねぇ。憲兵団か駐屯兵団にしとけよ」

「私を拉致しようとした憲兵団の人間、たぶん捕まってない。なかった事にされてる。そんな組織、やっぱり怖くて行けないよ」

「…は?何だそれ。いつの話だ」

「入団してすぐかな。訓練兵団の上官から緊急の呼び出しだって言われたの信じちゃって。荷馬車に押し込まれて」

「いや待てよ。そんな話全然知らねぇぞ」

「すぐに他の兵士が気付いたから騒ぎにはならなかったの。教官は皆知ってる。それからだよ。単独行動が禁止されたのは」

平然と言ってのけたがとんでもない話だ。

憲兵団の人間が拉致未遂だって?訓練兵団の新兵を相手に?

「……」

「あーやだやだ。あと半年しかここにいられないの、ほんとに憂鬱。ずっと訓練兵でいたい」

いやというほど思い知らされる。

平和に生きてきた俺とはあまりにもかけ離れたこいつの人生。

幼い頃から味わってきた恐怖も、抱えている傷も、危険と隣り合わせで生きているしんどさも、俺には何一つ分からない。

分かるとすれば、それがこれから先もこいつを苦しめ続けるであろうことだけ。

そしてそれを癒せる手段なんて、俺は持ち合わせてないということも。

「…なあナマエ」

「?」

「俺は」

俺は何を言おうとしている?

例えば、俺が守るとでも言えばこいつは喜ぶのか?

俺を頼れ、同期を頼れと言ってこいつは納得するのか?

そばにいてやると言ってこいつは安心するのか?

威勢のいい、口先だけの約束を。

否。

非力な少年が何を言ってるんだと笑われるに違いない。

「何?どうしたのジャン」

「…いや、何でもねぇ」

お前の負担を軽くしてやることも、過去を慰めることも出来ない。お前が危険な目に遭ってもすぐに助けてやれないかもしれないし、そばにいてやれないかもしれない。

事実、兵士になってからそんな事件に巻き込まれてた事さえ知らなかった。

今だってそうだ。お前は何でもないような顔で明るく笑ってみせて、それが本心なのか強がりなのか、それさえも分からない。

そんな俺に何が出来るっていうんだ。


遠のいだ君までの距離


誰よりも大切だと伝えることさえできないまま

時間だけが過ぎていく

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