「…この分だと首席はミカサに決まりかな」
「何言ってんだ。あと二年もあるんだぞ。まだ分かんねぇだろ」
今日の格闘術は「背後から襲われた場合の対処法」を練習する時間で、それを教官が順番に見てまわっていた。
「エレン上手いねぇ…やっぱりかっこいいや」
「ハッ。どこが。あんなやつ」
私はエレンが好きで、ジャンはミカサが好き。
片思いに身を焦がしている者同士、何か近いものを感じたんだろう。私たちはいつの間にか親しくなっていた。
ぐずぐずと話し込んでは成就なんて見込めそうにないそれぞれの恋を茶化しあって慰めあう。そんな日々がもうずいぶん続いていた。
エレンの隣にはミカサ。ミカサの隣にはエレン。
いつだったか、
「エレンとミカサって仲いいけど幼馴染なの?」
なんて。探り半分、何食わぬ顔でアルミンに聞いた事がある。あの時、彼が聞かせてくれた話はそれほど詳しいものではなかったけれど、それでもこの恋が叶うことはなさそうだと確信するには十分だった。
あの二人は私たちの考える愛や恋や友情なんて言葉じゃ表せない。そういう関係なんだと思う。
仮に私がエレンに告白されたとしても、ミカサのことを思えば喜べないし首を縦に振ることもできない。そう呟いたら、ジャンはしばらく私と目を合わせた後、深く息をついた。
「面白くはねぇが、きっと俺も同じだろうな」
格闘術の訓練に励む二人の様子を眺めるジャンの横顔からは、かつてのときめきのようなものは窺えない。
もはやミカサと親しい間柄になろうだとか本気で気を引きたいだとか、そんな気持ちはもう残ってなさそうだった。
「ねえジャン。私、最近ね」
「あ?」
「よく考えるんだよ」
ジャンの背後に回りこみ腕を掴む。力なんてこれっぽっちも入れてない、形ばかりの襲撃役だ。教官は遠くにいるから多少手を抜いたってバレっこない。
背伸びしても届かない耳元は、屈んで襲われたふりをしてくれたおかげですぐ目の前にある。誰にも聞こえないように囁いた。
「いつまで続けるつもり?」
「……何を」
「報われない片思いごっこ」
聞かなくても分かってるくせに。不満げに呟けばジャンは意地悪そうに笑った。
「はっ。この状態が当たり前すぎて、俺はもう何とも思わねぇ」
「じゃ、これからもずっとミカサの事が好きなジャンを続けるの?私に対して?」
他の人からは見えないように絡めた指を、ジャンは優しく握り返した。
「…そう言うお前はどうなんだよ。エレンは。大好きなんじゃなかったのかよ」
「残念だけどそんな気持ち、とっくの昔にどっか行った」
それだけじゃない。
「きっともう、あんたの事考えてた時間の方が長い」
「へぇ。そのくせ未だにエレンがかっこいいだなんて思ってんのか」
「何それ。やきも…うわっ」
油断していたせいで、いとも簡単に足払いされた。背中に受ける衝撃を覚悟したけれど、ギリギリの所で庇ってくれたおかげで痛みはなかった。
仰向けに倒されたまま口を尖らせる。
「不毛なやり取り…ずいぶん長いこと続けたね」
「お互い振られんのが怖くて、確信が持てるまで動こうとしなかった結果だな。ま、それだって無駄じゃなかっただろ」
「まあね。だけどもう少し早くても良かったかな」
「俺もそう思う」
手を引かれ、笑い合いながら立ち上がる。
愛の言葉なんてひとつもなかったそれでいいじゃないか
私たちらしい始まり方だ