気づくと近くにいて、事あるごとに行動を共にしていた。でもそれはたまたまだと思ってた。たまたま近くにいたから格闘術で組んで、たまたま席が空いていたから隣に座って、同じテーブルで食事をして。当然そこにはミカサやアルミンもいたから何の疑問も持たなかった。
思い返してみると二人きりになる機会もずいぶん多かった気がする。いつもすごく優しくて、しょうもない話で一緒に笑って、事あるごとに気遣ってくれて。いつだったか「エレンはナマエに甘すぎる」と誰かが言っていたけれど、今思えばそういう事だったんだ。
だけど私はエレンの態度に深い意味があるなんてこれっぽっちも思っていなかった。エレンにはミカサだって信じ込んでいたし、私は私でジャンに思いを寄せていたから。
今回だってそう。二人きりになったのはたまたまだと思ってた。
ーーー・・・
夕方になっても蒸し暑い季節。
倉庫の扉を中途半端に開けたまま片付け作業をしていた。本当はジャンも当番だったのに教官に呼ばれたきり戻ってこない。せっかく彼と二人でいられるチャンスだったのに、5分と経たずにいなくなってしまうなんて。教官が恨めしい。
幸いにも、たまたま通りかかったエレンが快く手伝いを引き受けてくれたから片付けはすぐに終わった。おかげで夕食までまだ時間がある。私たちはそのまま倉庫に座り込んで取り留めもない世間話に花を咲かせていた。
「…って、ジャンが言ってたよ。ホントかどうか分かんないけど」
「じゃあ嘘だな。あいつの事だからどうせ見栄張ったんだろ」
「あははひっどい」
「……なあナマエ。ひとつ聞いてもいいか」
「ん」
「お前ってジャンが好きなのか?」
「え…」
目が合ったまま瞬時に考えを巡らせたものの言葉に詰まった。当然のことながら「そうだ」なんて言えないし、かといって「違う」とも言いたくない。だけど何でもいいから早く言葉にしないと、この沈黙そのものが肯定と取られてしまいかねない。
「なに…急に」
ごまかすように笑ってみたけれど、エレンは探るように少しだけ目を細めた。目力のあるエレンがこういう表情をするとやたらと色っぽく見えるからずるい。
「お前ってさ、あいつといる時だけ何か違うんだよな」
「そんなことないでしょ」
「いや。絶対そうだって。いつも見てるから分かる」
「……いつも、見てる?」
「俺、お前のこと好きなんだよ」
「…は!?」
エレンは当然のようにさらりと言ってのけた。
思いもよらない事態に頭が追い付かない。私の事が好き?エレンが?だってミカサは?それに失礼を承知で言うならば、エレンに色恋沙汰なんて無縁だとさえ思っていた。よりにもよってその相手が私だと?本気で言ってるの?
倉庫には誰もいないと分かっているのに、つい小声になった。
「待ってエレン。私いま、告白されたの?」
「他に何だっていうんだよ」
思わず吹き出すエレンの笑顔がいつもと違って見えるのは気のせいだろうか。
「そりゃ驚くよな。だけど俺はずっと前からお前のこと見てたし、だからこそお前がジャンに気があるってことにも気づいてた」
「…だったらエレン?私…」
エレンはすかさず人差し指を口の前に立てた。思わず黙り込むと今になって少し照れたような顔をして見せた。
「勝手な話だけど…今は返事とか、聞きたくねーんだ。多分振られちゃうだろ、俺……だけどもし、もしお前の中にまだ余地があるんなら…少しずつでいい。俺のことも見てくれないか」
…ああそうだ、雨に濡れた子犬だ。ずるい。やっぱりずるい。意識してるのか無意識なのか知らないけど、そんな眼差しでそんな言い方されたら無下になんてできるわけない。
どうするべきかと考えあぐねていたちょうどその時、倉庫の外でジャンの声が聞こえた。ちっとも戻ってこないから、てっきりそのまま食堂へ行ったのかと思ってた。それに気づいたエレンは、私の姿を隠すように扉に背を向けて座りなおした。
「俺のことは今まで通りでいいから」
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ!意識しちゃうじゃない」
「そうか?それならそれで俺は構わないけどな」
「ちょっともうエ……」
ほんの一瞬。
本当に一瞬のことだった。
「……じゃあな」
何事もなかったかのように倉庫を出て行ってしまったエレン。残された私は今起きたことを理解するのに精一杯だった。
「…んだよ、なんであいつがここにいるんだよ。…あれ?お前全部片づけてくれたのか。悪ぃな」
何一つ知る由もないジャンが、エレンと入れ違いで戻ってきた。そうだ、私はこの人が好きなんじゃないか。戻ってきてくれて嬉しい。嬉しいのに。
「…エレンが手伝ってくれた。あとでお礼言いなよ」
「あ?あいつに?誰がするかそんなもん」
ジャンはごちゃごちゃと言っていたけど、もう私の耳には入ってこなかった。
あの一瞬のキスをなかった事にできるほど
大人にはなれなくて