Karma
「ドラガンは、どうしてジャック・アトラスと戦うの?」
なまえは背後に腰を落ち着けているドラガンに問う。
背中越しに愛しいものの温もりを感じながら、ドラガンはただ「オレのプライドを打ち砕いたのが、奴だからだ」と答えた。
「ドラガン、」
「何だ?」
「気づいてるんでしょ。あの八百長デュエルで憎むべきはジャックじゃないって」
「なまえ、」
「…ドラガンはちゃんと気づいてる、」
――本当に憎む相手は、権力と金に屈した自分自身だってことに。
なまえは振り返らずに呟く。
ドラガンもまた、顔を彼女に向けず、背中越しの鼓動と気配だけで答える。
「なのにどうして戦うの?私、見ていて…辛いよ」
なまえの声が震えた気がして、ドラガンは慌てて振り返る。
それに気づいたなまえもまた首を捻ってドラガンを見据え、苦く笑んだ。
「自分を憎みたくないなら、父を…ゴドウィンを憎めばいいのに」
ドラガンがなまえと出会ったのは2年前だ。なまえは、件の――ジャックとのデュエルの縁でドラガンに(半ば押し付ける形で)引き取られた、レクス・ゴドウィンの娘だった。
「なまえは優しいな」
腕を回し、ドラガンはなまえの頭をそっと撫でる。父に似た彼女の柔らかい髪がドラガンの指に絡まった。
「だが、ゴドウィンはもういない」
「…」
「娘だからという理由で、愛するなまえを憎むわけにもいかない」
くるりと体を反転させて、なまえの小さな体を背後から抱き締める。
女性らしく、若者らしく、華奢な肩――彼女は、その肩に自分を産んだ親の業を背負っている。
ドラガンに出会い、キングとの八百長デュエルを企てたとき。
冥界の王を復活させて、自らが神になろうとしたとき。
あるいは、それより前から。
ドラガンはその立場で自らを追い詰めるなまえに気づいていた。
彼女こそ何も悪くはないはずなのに、自ら悪人というレッテルを背負いたがる。
ドラガンの願いは、彼女を早く悪の病から救いたい――それだけになった。
仲間は世界を救うことを第一にしている――世界を救う目的は、ドラガンも変わらない。
しかし彼はそれよりも、今腕の中に閉じ込めた彼女を救いたかった。
「なまえ、」
「ん?」
ドラガンは、彼女の首元に顔を埋める。
爽やかな石鹸の香りが鼻孔をくすぐり、彼はゆっくりと目を閉じた。
「オレはジャックに勝って、あのデュエルの決着をつけてくる。お前は、ただデュエルを見届けてくれればいい」
「――、」
「…お前はお前なんだ。オレのことで、父のことで苦しむ必要はない」
なまえを抱く腕に、少しだけ力を込める。一瞬体を強張らせたものの、彼女はやがてその力を緩めて、腰に回されたドラガンの腕に手を添えた。
「ありがとう、ドラガン。私、ちゃんと見てるからね」
「…終わったら真っ先に会いに行く。その時には、こんな顔はするなよ」
笑うなまえの目尻が、滴に濡れてちかりと光を帯びていた。
それを見たドラガンは己の頭を持ち上げ、ぺろりとその滴を舐め取った。
空はゆっくりと白んで――昼の晴天を予感させた。
karma
断ち切ってしまおう。
己を縛る、悲しみの鎖を。
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