キス
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執務室の前まで来たというのに、中からは何の応答もない。
まだノックさえしていないのに応答がないというのは変だけど、いつもならノックの腕を上げる前に「どうぞ」と中から声が掛かるのに、今日はさっぱり。

確かに気配は凄く薄いけど、人の気配はある。間違いなくセンセの気配なんだけど…。


何かあったのかな? …それとも気がつかないうちにセンセに嫌われるような事してしまったんだろうか?
どうしよう…。センセに嫌われたら生きてけない。身体が自然と震える。胸が何かに塞がれるような、刃物を突き刺されるような不安と小さな痛みを覚えた。


震える手でそろりとドアを開け、中を覗き見る。
と、そこにはイスに凭れて眠るセンセがいた。



センセってば寝ちゃってたんだ…。だから反応がなかったのか。
嫌われたんじゃなかったとホッと胸を撫で下ろし、静かにセンセに近付いた。
近付いて見る程、センセの顔色は良くなかった。疲れているんだ。火影って仕事は大変なんだろうな。
どうしよう。起こしてちゃんとベッドへ行ってもらった方がいいのかな? でも…ちょっと起こすのは可哀相な気もするし…。
もうちょっとこのまま寝かせてあげて、それから起こそうかな?
確か隣の仮眠室に毛布があった筈。


センセを起こさないよう細心の注意を払って毛布を取りに行った。
毛布を掛けたら今度こそ起きてしまうと思ったけど、それでもセンセは起きなかった。どれ程疲れているんだろう。

もう少ししたら起こして、ベッドへ行ってもらおう。

そう決意して、デスクの斜め前にあるソファーに座りに行こうとしたら──


「…キスは?」


振り返れば、かなり眠そうな疲れた顔したセンセがこっちを見てた。


「…起きてたの?」

「まあ…ね。でも、眠くて目が開けられなかった。カカシがキスしてくれたらバッチリ目が覚めるんだろうなぁなんて思いながら、ずっとキスしてくれるの待ってたんだ。なのに、カカシってばちっともキスする素振りすら見せないんだもん」


最後の方は少し拗ねたような八つ当たりぎみに文句を言われた。


「そんな疲れきった顔を見て、キスしたいなんて誰も思いませんよ」
「ひどっ!」
「だから、もう部屋に戻って寝てください」

「ん…そうするよ。けど、その前にカカシ、ちょっとこっち来てくれる?」


「何ですか?」

珍しく素直なセンセに驚きつつ、恐る恐る近付いてみる。こういう時、あまり良い事がおこった例がない。

案の定センセの腕がオレの腰に絡み付いてきた。ちょうどオレのみぞおち辺りにセンセの顔が埋められた。


「おかえり〜、カカシ」

間延びした何とも気の抜けるような声でセンセは言った。

「あー、ただいまセンセ」


それでもやっぱり嬉しくて、そう答えてセンセの背中を囲むように腕を廻した。



そこで油断したのがいけなかった。徐にセンセはオレを抱えあげ、歩き出した。


「ちょっ…センセ!?」
「ん、一緒に寝よう」
「ね、寝ようって…センセ疲れてんだから一人で…」
「やだなあ、カカシのえっち。何もしないよ。ただ寝るだけ」
「…………」


そんな事を言われても、今まで散々騙されてきたんだ。素直に信じろって方が無理だ。


「あ、何? その疑わしい目付き! ホントだよ〜、カカシがいなきゃ、オレ、安眠出来ないもん」

「何ですか、ソレ。人を癒しアイテムみたいに」
「あはは、いいねソレ。そうだね、そうかもね。だから、一緒に寝ようね」



そのまま寝室に連れていかれ、ベッドへ降ろされそうになって慌てて抵抗する。


「わっ、ちょっ…センセ! オレ任務帰りで埃だらけなんです! やめてよ」

「んー、じゃあ、シャワー浴びといで。…ん!オレも入る」
「うそっ!」


オレを抱えたまま踵を返し、浴室へと向かうセンセ。さっきまで眠そうだったのが嘘みたいだ。

抵抗虚しくサクッと脱がされ風呂場に押し込められ、センセも直ぐ入ってきた。

オレの手からシャワーを取り上げ、オレに頭からシャワーを掛ける。そのままガシガシとシャンプーまで始める始末。


「センセ、オレ自分で出来ますって」

「いいじゃない。久し振りなんだから、やらせてよ」


そんな綺麗な顔でにっこり笑って言われたら、嫌だなんて言えないじゃない。センセのお願いにはオレは弱いんだから。
だけど、素直に「いいよ」って言うのも、センセはそんなつもりじゃなくても、子ども扱いされてるみたいで癪だったから黙っていたら、センセはそれを肯定と取ったみたいで、ワシャワシャと洗い出した。

何だかんだ言っても、センセが洗ってくれるのは気持ちいいんだ。この指の力加減とかさ。お礼にオレもセンセの髪を洗ってあげた。








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