夏祭り
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「カカシ先生ー!お祭り行くってばよ!」


気配も消さず賑やかに勢い良くドアを開け、浴衣姿のナルトが入って来た。
あまりのけたたましさにカカシは驚いて固まっている。


「何だよ、先生。いるんなら返事くらいしろよな」
「…ドア、壊れなかった?」
「サクラちゃんじゃあるまいし、オレはそんなに怪力じゃねぇよ。それより恋人が来たんだから、ここは『いらっしゃっい』のチューじゃねぇの?」
「殺されたいのか?」
「あっ、冷てぇなぁ」



カカシの言葉を気にする風でもなく、ナルトは下駄を脱ぎカカシのいる部屋まで入ってくる。手には今着ている浴衣の色違いの浴衣を持って。


「ま、そこがカカシ先生らしいけどな。なあ先生、この浴衣着てよ。んで一緒に行こうぜ、祭り」

「……オレは行かないから、お前はサクラ達と楽しんでおいで」
「えー、何でだってばよ!?オレは先生と行きたいってばよ」
「ごめーんね。人混みが苦手なんだよ、オレは」



人混みではなく、本当は祭りが苦手だった。幼い時の経験がトラウマになってると言ってもよかっただろう。それをナルトに言うつもりはないが。



それでも何だかんだとナルトに説得され、浴衣に袖を通して出かけることになってしまった。

待ち合わせ場所にはサクラの他、ヤマトとサイが待っていた。5人はカラコロと下駄を鳴らし、祭り会場である神社まで歩いて行った。
やがて見えてくる大鳥居。既にそこに着くまでにたくさんの夜店が立ち並び、威勢のいい掛け声が飛び交っている。



鳥居を潜り神殿へと人波に沿って歩いて行くうち、カカシは幼い日のことを思い出していた。
父を亡くしたばかりの頃、ミナト班のみんなとやはりこの神社のお祭りにやって来たのだった。
カカシは行きたくないと言ったのだが、ミナトがみんな揃った方が楽しいからと無理矢理連れ出されたのだった。


その当時、カカシは陰でかなり陰湿な陰口を叩かれたり、また時には暴力を奮われたりしていた。ミナトは薄々気づいてはいたようだが、カカシには何も言わなかった。
だから、カカシは一人耐え忍んできた。

祭り会場では人々の視線が怖かった。あからさまに敵意を向けられているように感じたのだ。
ちらと人を伺い見れば、嫌なものを見たと顔を背ける者もいれば、憎々しげに睨み返す者もいる。
周りにはそういう人間ばかりがいた。


(ほら、あれ…)
(ああ…。祭りに来るなんて図々しい。咎人の子のくせに)
(なーんか祭りが汚された気分よねー)
(波風上忍も何だってあの子を連れて来たのかしら?)
(仕方ないわよ。あの子は波風上忍の弟子だし、彼は優しいから)

(おい、あいつがいるぞ)
(のこのこ出て来るとは、いやはや、恥知らずだねぇ)
(とっとと帰りやがれ)
(ここは咎人の子が来る所じゃあねぇ)


ヒソヒソと囁く声、声ならぬ声が小さなカカシの心に突き刺さる。
耐え切れなくなって、カカシはミナトの袖を引いた。


『センセ、オレ帰る…』
『え?どうし…ああ、顔色悪いね。ん、じゃあオレも』
『センセはオビト達とお祭り楽しんでて。オレは一人で大丈夫だから…』


カカシはそう言うと、ミナトが返事する間もなく身を翻した。
人のいない場所を選び駆け抜ける。家に着いた頃にはゼイゼイと息をきらしていた。
一人になり落ち着くと、先程の言葉が脳裏に甦る。それに伴い人々の冷たい視線まで思い出してしまう。
落ち着いた筈の呼吸が再び荒くなる。ハッハッハッと短い呼吸を繰り返し、苦しさにその場に蹲ってしまった。
その時、ふわりと暖かいものに包まれた。ミナトがカカシを追いかけて帰ってきたのだ。


『カカシ、大丈夫だから…。ゆっくり息をしなさい。ゆっくり…』

耳元で囁かれる優しい声と、背中を撫でる温かい手にカカシはゆっくりとだが落ち着いていった。

子どもの頃は楽しむ処か、周りを見る余裕さえなかった祭をのんびりと見て歩く。
夜店を覗き込む顔も、境内に向かう顔も、どの顔も楽しそうだ。


あの頃もそうだったのだろうか? 俯いていた自分には分からない。






ふと前に目をやると小さな子が俯きながら歩いている。足どりは重く心なしか顔色も悪い。


ああ、これはガキの頃のオレだ…。


何故、幼い自分が目の前にいるのか。そんな疑問も頭を過ぎらない程、自然と昔の自分を見つめていた。



ヒクリと小さなカカシの肩が揺れる。声ならぬ声が耳に届き、幼い心を震わせている。


カカシは周りを見回す。確かに厭な顔をする者もいたが、その者もすぐ他の事に気を取られ、幼いカカシをいつまでも罵ってはいなかった。



オレはこんなにも怯えていたのか。こんな少しの侮蔑の視線に…。


確かにその頃は心凍らせる程罵られていたし、隙あらば暴力を奮われてもいた。それがこんなに心竦ませていたとは。


カカシは気配を断ち、小さいカカシの後ろに立つ。


「カカシ」


カカシは幼い自分に呼び掛けた。小さなカカシはビクッと反応し、後ろを振り向こうとした。

「後ろを向いてはいけないよ。オレは鬼だからね。いいかい、よく聞くんだ。お前に必要なのは、ほんの少しの勇気だよ。俯いていないで前を向いてごらん。ほら、センセがいる。オビトやリンだっているだろう?だいじょーぶ、お前は一人じゃあない」



そう言って少し背を押してやる。
顔を上げたカカシの瞳に映ったのは、優しい笑顔で自分を見つめる師の青い瞳。

『どうしたの?カカシ。迷子になっちゃうから、こっちにおいで』

ミナトはカカシに手を差し延べる。

「ほら…」


背中を押された小さなカカシは、おどおどと手を延ばせば、しっかりと握りしめられた小さな手。


『なんだよー、カカシ。手ェなんか繋いでだっせーの』

すかさずオビトが冷やかしに掛かる。

『そんな事言ってないで、オビトもリンと手を繋いでおいで。迷子にならないようにね』

えっと驚いた顔をした後、顔を真っ赤にしながらリンに手を差し出す。リンはカカシと手を繋ぎたそうだったが、言われた通りオビトと手を繋いだ。

4人はゆっくりと祭りを楽しむ。カカシに周りを見る余裕は生まれなかったが、それでもミナトについて歩いた。
時々、人の視線に竦んでしまうと、その度にミナトがぎゅっと握る手に力を込めた。
大丈夫だよと励ますように。



その様子を木陰から見送って、何とは無しに心が軽くなっていくような気がした。


カカシが足を一歩踏み出せば、そこは祭りの会場から僅かに離れた森の中だった。
いつの間にこんな所まで歩いて来てしまったのか。
ついさっきまでは幼い自分と共に祭り会場にいたのに。

自分が僅かな時間にタイムスリップでもしたというのか。
時間の(はざま)に足を踏み入れでもしたのだろうか。
これを人に話してもきっと信じてはもらえないだろう。

カカシは不思議な気持ちで辺りを見回した。
自分の立っている場所は、祭提灯の明かりが僅かに届く薄暗い所だった。


そこから会場を見遣れば、提灯の明かりが柔らかく灯り、人々のざわめきが聞こえてくる。



ナルト達の姿が見えないから、かなり離れてしまったのだろう。
やれやれとナルトのチャクラを探そうとした時──



『ありがとうね』


懐かしい声が聞こえた。
二度と聞くことの叶わない優しい声。大好きな声。
振り向けば、明かりに照らされて煌めく金の髪。残念ながら顔は逆光のせいで見えなかったが、きっと笑顔に違いない。



「センセ…」

カカシが歩み寄ろうとしたその時、金の輝きは霧散した。


「あ…」


延ばされた手が宙で止まる。



名残惜しげにその手が下ろされた時、自分を呼ぶ元気な声が耳を打つ。



「カカシせんせー、こんなトコで何やってんだってばよ」


ナルトが腕を掴む。その手の熱さ。その熱さにカカシは現実に帰ってきたのだと実感する。


「ああ、ごめーんね。ちょっと人混みに疲れちゃってね…」
「あ、ゴメン、先生。先生ってホントに人混み苦手だったんだな」

「もう、大丈夫だよ。大丈夫…」



カカシは先程ミナトが消えていった方へ視線を向ける。
そこにはもう何もなかったけれど、何故か温かい気が感じられた。




その時、ドーンと腹に響く音が聞こえ、次いで色取りどりの光が散る。


「ほら、花火も見るんでしょ?」

「おう!サクラちゃん達が場所を取って待ってるってばよ。行こうぜ、カカシせんせー」



ナルトがカカシの手を握り引っ張って行く。
その手にカカシは懐かしい温もりを思い出し、祭りに来て良かったと心の底から思った。










『センセ…どうして…?』
『ん?あの後、オビト達の親御さんに会ってね。カカシが心配だからそのまま預けてきちゃった』
『…ごめんなさい…』
『ん?いや、オレの方こそ悪かった。ごめんね、カカシ行きたくないって言ったのに』


カカシは首を振る。自分のせいで楽しみにしていた祭りを途中で抜けさせて申し訳なく思う。
なのに、その半面自分の為に帰ってきてくれた事を喜んでもいる。
こうして抱きしめられて背中を撫でてもらっていると、先程の辛さが薄れていくようだ。
カカシはミナトの浴衣を握り締め、ミナトの胸に顔を埋めた。





その時ピーと呼び呼の音が聞こえた。
はっと気づけば、自分の脇を小さな子が鳥形の笛を吹きながら駆け抜けていく。
その子の姿を目で追えば、先にナルト達の姿が見える。いつの間にか彼らとの距離が空いてしまったようだ。
それでもカカシは急ぐでなく、ゆっくりとナルト達の後を追った。













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