カーティス・シザーフィールド
◆陣営 : Justice
◆名前 : カーティス・シザーフィールド (Curtis・Scissorfield)
◆性別 : 男
◆年齢 : 24
◆身長 : 181cm
◆体重 : 68kg
◆血液型 : A
◆ステータス
【HP/4(+16)、攻撃/9(+21)、魔適/7(+38)、耐久/3(+10)、魔耐/9(-6)、敏捷/7(+23)】
◆装着スキル / SP : 300(+620)
◆
個人ページ
艶やかで指通りのいい、さらさらとした黒髪と、
春の湖を思わせる穏やかに深い青の瞳が特徴。
人形じみて整った無機質な顔立ちだが、微笑みに温かさがあり、
そういう表情をしていると普段より魅力的に映るかもしれない。
また、顔同様声も美しく、柔らかく降る霞のような優しく包み込む音を持っている。
ただし、美人特有の威圧感やオーラのようなものが彼にはないので、
造形的な美醜に鋭い人間でない限り、彼の見目には注目しない。
自己、というものをはっきり持たない。流され体質で押しに弱い。
常に「自分がどうしたいか」より「今自分に何が求められているか」に
基づいて行動する節があるが、単にお人好しという訳でもなく
そこには「その方が自分の足で立って生きるよりずっと楽である」という
半ば病的な理由が潜んでいる。
また故に、環境や状況、対する人によって多重人格を疑うほどにキャラクターが変わる。
『役』を持たないと動けないマリオネットみたいだ。
記憶を無くしたことで、生来の貴族らしい言葉遣いや
立ち居振る舞いが表に出るようになっており、
記憶を取り戻すにつれ彼個人が非常に気まずい思いをする羽目になると思われる。
自分とよく似た顔をした少年(=アーネスト)については、
恐らく弟か何かであろうと認識はしている。
記憶を無くしたことに対してぼんやりと不安はあるものの、
早く取り戻さねばと焦る気持ちはないようだ。
どころか、思い出したところでロクなことがなさそうな予感もしていて、
あまり積極的でないのが実情。
◆返還記憶-----
*(Idler Tailor:「恋人」に関する記憶を代償に差し出した)
別荘にある湖の畔。よく晴れた夏の日。
日差しはまだ刺すほどには強くない。
涼やかな風、小鳥の音、鮮やかな新緑が揺れ目映く世界に光を散らす。
真白い麻の上下を纏う弟が、雫と戯れている。彼も、僕も、まだ幼い。
同じく麻の、白いワンピースが水に濡れる。
身体の弱い僕の為に、言い伝えに従って母が縫い着せてくれたもの。
弟が僕を呼ぶ。 おにいちゃん、はやく。つめたくてきもちいいよ。
僕は笑って声に応える。 うん。今いくよ、アーネスト。
草原の上で姉が僕を見ている。優しく、甘い、柔らかな瞳。
「あまり、遠くへいっちゃあだめよ」
(苦しい、苦しいよ、姉さん、)
雨が降っている。
青暗い闇の中、彼女の金髪が甘く滴る。
姉さんは笑ってる。
笑って僕の首を絞めている。
姉さんの《見えない手》がきつくきつく喉を締め付けて、息が、できない。
遠ざかる意識の、端に、ふと声がする。
僕を呼ぶ声が。母さんの、声だ。
かあさん、たすけて。
声は出なかった。形づくっただけ。
けれど僕の唇を見て、姉さんの目に怒りが宿る。
締め付ける手がぐっと強くなる。
雨が僕の体温を奪う。雷鳴。
頭の中が、もう、ぐちゃぐちゃで、ただ苦しくて、怖くて、
気持ちよくて、何も分からなくなってしまって、僕は意識を手放したんだ、
圧縮され破裂しそうな脳裏がふっと全ての制御をやめる。
そのとき、稲妻が光った。飛び散った意識が雷を呼んだ。
雷は僕の近くに落ちて、……僕を、探して惑う母さんの、
……近くの樹に、……大きな、……そして、樹は……倒れ、
母さんが……下に、……潰れて、……誰かも、分からなくて。
「ねえ、ご覧なさい。カーティス」
目が覚めると雨は止んでいた。
姉さんが僕を抱いたまま、嬉しそうに『肉塊』を指差す。
「忌々しい女」
やめて、
「綺麗に潰れたわね」
いやだ、
「いい子ね。あなたが、殺したのよ」
八歳の夏。
恥ずかしかったんだ。
男のくせに、“蜂蜜色”のネイルだなんて。
級友にからかわれるよ、だから、つい落としてしまって、
あれは、姉さんが塗ったものなのに、
……辿り着いたのはライ麦畑でどこまでも金色だった。
姉さんは一面の、視界に収まりきらないほどの金色の中を進んでいった。
逃げるべきだって分かってた、
でも姉の背が見えなくなって、僕は無性に不安になって、
その日は快晴だった、雲一つなかった、
夏の終わりを告げる蜩が五月蝿いくらい鳴いていたのに
太陽は熱くて、熱くて、血が今にも沸き立つようで、
ニセモノみたいに濃い青い空と金色と陽炎が、
僕の心をぐらぐらとさせた、
姉さんが、陽炎に溶けてそのまま消えてしまうような気がした、
ぞっとした、そんな訳ないのに、僕は姉の姿を探してライ麦畑に立ち入ってしまった。
(逃げるべきだった)
(逃げるべきだったよ)
姉さんの手が両肩にかかる。
組み敷かれ、ブラウスを解かれ、姉の右手にはアイスピックがある。
「『持ち物には名前を書きましょう』」
胸元を刺され意識が途切れた。……目覚めた僕の皮膚の上には、印があった。
“It's mine.”と。
Caspase。
細胞のアポトーシスを促すシグナル伝達経路を構成する、
一群のシステインプロテアーゼの通称であり、
……栞田教においては、「不要な細胞」=「不信心者」を抹消するシステム、
__神聖保安科の俗称であった。
俺は、その一員だった。
あまりにも多くの人々を、殺した。
要は“落とし前”ってヤツだ。
俺が、突き落としたなら。俺が、“掬って”やらなくちゃ。
__さて。こっからは一か八か。
『ちょっとどうなるか分からない』、
丁度いい、バクチをしよう、50%の確率で俺達は幸せになれる。
平気だよ、今日は晴れてる、悪いことなんか起こりっこない。
大丈夫、お前は負ける。安心しろよ、俺が勝つから。
お前は、俺が守るから。
------
弟を抱き締めて、共に地面を蹴った時のこと。
幼い頃を共に過ごした湖の中でもう一度、生き直す決心をしたこと。
かつて自分が傷付け、捨ててしまった弟を、
幸せにしてやることが、自分の“使命”だと思っていたこと。
その決意は今も揺らいでいないことを、思い出す。
……ただ、どんな風に彼を傷付けてしまったのかは、思い出せてない。
いつも、気になっていた。重厚な飴色の扉。
僕の背丈の幾倍も高く、純金の把っ手と鍵穴がついた、両開きの、大きな扉。
娘にも息子にも実に甘かった僕の父が、唯一立ち入りを禁じた書斎。
幼い僕はその扉の向こうに何か僕を楽しませてくれる未知の世界があるように思い、
口には決して出さないながら常に憧れを抱いていた。
どうして見せてくれないんだろう? 開けたらなにがあるんだろう?
今思えば僕ら家族を書斎に迎えなかったのは、
迎えないことこそが重要だったからであり、
書斎の中身が理由な訳ではなかったのだろう、
つまり父親にも、“父親”でなく一人の男として過ごせる空間が必要だったということだ。
だがそんなこと、十にも満たない少年の僕が察せるはずもない、
両親が留守にするたび、
こっそり書斎に忍び込んでみたくて僕はずっとうずうずしてた。
そして、ある日。僕は数日前に観た探偵映画に背を押され、
メイドからヘアピンを借りた。勉強をするときに髪が邪魔でと嘘をつき、
二本丁寧に髪にさしてからそそくさと書斎へ向かう。
左右、背後を確認し、そっとヘアピンを髪から抜いた。
映画の中で主人公の探偵がやっていた通り、ピンで鍵穴をまさぐってみる。
ああでもない、こうでもないといじくるうちに感触があって、……かちゃり。
開いた!
映画の中のヒーローと自身が重なる高揚と、いけないことをしているときめき、
それに長いこと謎だった書斎の中身への期待とで僕の虚弱な心臓はずいぶん高鳴っていた。
扉は僕が全身全霊の力で押してようやっと開いた。閉じてしまう前に滑り込む。
ばたん、と大きく音がしたので、どきっとした。
そこは書物の山だった。左手の壁は本棚に覆われ、
Lの字をかたどるように前方の壁にも侵食している。
古びた大きな机と、飾り窓。
何枚かの絵画、オブジェ、……多少興味を引くものは所々にあったけど、
その部屋は僕が期待していたほどには楽しいものじゃなかった。
僕はがっかりしながら手持ち無沙汰に、
左手の壁に並ぶ背表紙を端から順に押し込んでいった。
すると、……一冊、いや一つ、……手応えの違うものがあって。
違和感にまた期待する。ぐっ、と奥へ入れると、がちゃり。
小気味良い音が響いた。
その瞬間前方の本棚、あのL字型に折れていた二個の本棚が壁側に、
部屋の外へと開くようにぎぎ、ぎ、と角度を変えていき、やがて階段が姿を表す。
その先は真っ暗で、どこへ通じているか知れない。
落胆がまた高揚へ変わり、灯りを探し始めたそのとき、
メイドが僕を呼ぶ声がして慌てて本を戻し部屋を出た。
自室へ戻る途中出会した彼女に、用を足していたのだと嘯きヘアピンを返した。
以来書斎には踏み込んでいない。
今でも時々考える。あの階段はどこへ通じていたのか。
もしかしたら弟は、あの通路から逃げて、……逃げる、……弟が? 何から?
何故?
「『誰一人傷つけず生きていくこと』はできない」と、僕に教えてくれたのは、
金髪に深く碧い眼をした、スラム育ちの少年だった。
ある日、教室で荒れた態度を見せ、同窓の女生徒をひどく泣かせたその少年は、
彼女を慰めようと駆け寄った僕に鋭い視線を投げ付けた。
でも僕は、彼の敵意の裏に、ーー彼は教室を出て行った。僕はその後を追いかけた。
「なんだよ、お前」
「ごめんね」
「……ハァ?」
僕は彼の碧く強い瞳が、悔しげに歪み震えているのを、見た瞬間に悟ったのだ。
ああ僕は、彼を追い詰めてしまった。
彼の居場所を完全に、奪い取り叩き潰してしまった。
「あやまりたかったの。ゆるしてもらえるか、わからないけど」
僕が彼女に駆け寄ったせいで彼はますます独りになった。
まだしも彼を責めたなら、彼が去ることもなかったろうに、
僕はけしてそうはしなかった、僕は“優しく”あろうとしてたから。
でも僕の行いが、彼を教室から疎外した。彼は確かに、傷ついた。
僕の一方的で浅はかな、“優しい振る舞い”なんかのせいで。
「きずつけてしまって、ごめんなさい」
頭を下げた僕を見て、彼は呆気に取られた様子で、けれどそのうち鼻で笑った、
なぁに言ってんだ、お前。今度は僕が呆気に取られた。
彼がつかつかと歩み寄り、僕の頬をぐっと抓ったから。
「ふえ、」
「カーティスっつったっけ?」
「う、うん。よくしってるね、」
「おう覚えてんぜバッチリな、いけすかねえヤツと思ってたから」
「ぼくのこと、きらい?」
「ああキライだ」
「ぼくは、きらいじゃない」
「おれの名前知ってる?」
「うん、しってる。エドワードくん、」
「エディでいい。次からはそう呼べ」
不可思議なことに俺とアイツの友情はそこから始まったんだ。
思い出すのもこそばゆいような幼少期から今の今まで、気付けば十数年の付き合いで、
俺もアイツも随分変わった、昔の話なんてしたらお互い赤面モンだろ? なあ、
「エディ」
「なぁに、カート。僕にご用事?」
弟の腹を蹴り上げた時、その感触があまりにも軽くて、柔らかくて、ぞっとした。
彼が胃液を吐き床に倒れる。幼い弟。まだ12だった。
見上げた瞳に映るのは、驚愕と、恐怖と、痛み、俺のことが大好きなんだ、
こいつは、ワガママも言うけど、生意気も言うけど、いつもいつも俺を慕って、
名前を呼んで甘えて、懐いて、
そんな俺に今蹴り上げられて、吐いて、瞳を見開き唇を振るわせ、
彼の胸を引き千切ろうとするその痛みが
真っ直ぐ俺の心臓に突き刺さって泣きそうになった。
「お前、なんて言った?」
(違うんだ。アーニー、アーネスト、俺は知ってる、本当は、知ってる、)
「『神様なんていない』?」
(俺は、本当は、ちゃんと分かってる、)
背後から母の声がする。
敬虔な教徒である母は、自らの息子の仕打ちに耐えられなかったらしかった。
声を荒げ、あらん限りの、言葉でもって罵倒する。
罪人、醜い子、背徳者、裏切り者、こんなことになるのなら、生まなきゃよかった、
死ね、死んでしまえ、殺してやる、
ああなんてこと私の息子が、私の息子が、なんてこと、……
母の言葉が重なるたびに、もうこれ以上ないくらい開いていたはずの瞳が、
さらに開かれて、裂けてしまいそうで、アーネスト、俺の、可愛い弟、
駆け寄りたかった、抱き締めたかった、でもできなかった、
姉と母がいた、父がいた、父が信じてた神が、
俺はずっと、ずっと縋ってた、俺は“神様を捨てられない”。だから、
「軍に引き渡すくらいなら、俺がこの手で殺してやる」
凶器を取りに向かうと、弟は幾度か転びながら、それでも外へ逃げようとする。
表のドアは母が塞いでいた、俺は、父の書斎へと、何とか彼を追い詰めた、
父の書斎の本棚の裏には抜け道があると俺は知っていた。
ドアが閉まり、鍵が掛けられる。
俺はドアを叩き罵る裏で、必死に祈った、逃げてくれ、逃げてくれ、逃げて、
……母と姉は軍に通報しようとしていた。もう時間がない。
賢く、聡く、愛しい弟。
君を守ってあげられなかった。
君の心を引き裂いて、裏切って、傷付けて。
俺はお前の“お兄ちゃん”なのに。
君が、正しいと知っていたのに。
(僕の「物語」は、)
(弟の傍で、)
(生まれたその日に幕を閉じた、)
(本当に?)
(僕は何一つ、)
(終わらせられなかったじゃないか、)
(僕の大事なひとのこと、)
(“あの女”のこと、)
(僕、自身のこと。)
------
自身の人生に、「あるべき終わり」を設けられなかったこと。
大切な人を幸せにすることも、
姉を殺すことも、
自身の望みを見つけることもできないままで死んだことを、
思い出した。
最も古い記憶。
まだ、視界も未発達な、世界が光と陰だけでできていた頃のこと。
眩しく輝く白の中に、幼い自分の手が見える。
誰かに向けて、懸命に、伸ばしている。何かに触れようとして。
その手に、温もりが灯る。自分のものではない温もり、他の何か、他の誰かの輪郭、……
透明な水が跳ねるような濁りない声が響いてくる。視界に美しい金髪が映る。
……そう、美しく、この世で最も光り輝いているものなんだと思っていた、姉の髪と瞳が。
「ねえ、この子、わたしの手をとったわ、」
「だれだか分かる? あなたの“姉”よ」
「わたしはあなたのおねえさん。
まあ、わたしの“弟”は、なんてきれいな目をしているの!」
「いいよ。上手く、話せなくて」
降りしきる雨音を、“彼”の声が真っすぐに裂いて、俺は思わず顔を上げる。
「は?」
「言いたくない訳じゃ、ないんだろ。言えないんだろ。言えるまで、待ってあげるから話してみなよ」
「けど、……何言ってっか、分かんないと思う。何が言いたいかも、」
「だから、カートがそれ分かるまで、待ったげるから。聞いてっから」
正直、戸惑った。どう話せばいいか、分からないからそう言ったのに、お前は『話せ』と言う、……どうしてお前に会いにきたのか、俺自身にだってはっきりとは分からないのに。
「……アーニー、に、」
なんとか、言葉を絞り出す。“彼”はじっと、俺の声を待ってる。
「裏切り者って、……言われて、一緒に、いてくれると思ってたのに、裏切ったって、……そうだよなって、思ったよ、けど、俺の……俺のエゴなんじゃないかって、言うんだ、自分が罪悪感から逃れたかったから俺のこと、利用したって、言われて、違う、そんなつもりは無かったんだなかったけどでも、分かんなくなった、本当はそんな風に思ってたのかもしんねえし、……いや、違う、なんか違う、ごめん、」
謝んなくていいよ、と“彼”は言った。謝んなくていい、そのままで、いいから。
「一年後に死ぬって、分かった時にさ、心残りだと思ったのは確かだ、アイツを置き去りにしたままじゃ死ねねえ、……俺が突き落としたから、俺が拾い上げねぇとって、思ったのは、……確か。俺は、……アイツの為にしてやれることなんだってしてやるつもりでいて、だって十年間もアイツに何もしてやれなかったから、兄貴なのに、見捨てたから、俺ができること全部やってやんなきゃって、……アイツのこと、幸せにしてやってから死のうと思って、……思って、」
途切れる。紡いだ言葉にあわせて、まるでそれに引き摺られるように、感情が、これは、なんだろう、なんだっけ、なんていうんだっけ、ただ、ただ胸が、
苦しい。
「俺、また間違えたのか? アイツがさ、俺が死ぬって、分かった時に見せた顔が、苦しくて、俺の所為で、またあんなカオさせたのか、俺は、」
声が震える。涙が溢れては流れて、また溢れ、止めようがなくて、息が出来なくて、こんなんじゃ、こんなんじゃ何も言えない、言えないのに、また言葉が転がる。
「アイツに、もう会わない方がよかったのかな、アイツにとって、俺は“死んでほしい人”のままで、その方が、よかったのか、アイツが、アイツが悲しんだとしたらそれは俺のせいだ、俺が死ぬから、死ぬって分かってたのにアイツに近付いたから、してやれること、なんて、何も無かったんだ、たぶん、助けてやりたかったのに結局また突き落として、こんな風に、何度も何度もアイツのこと、こうやって、こんな、……このまま、勝手に、死んでりゃよかった、死ねばよかったよ、またアイツにあんな顔させるくらいなら死んでりゃよかった、ただ幸せにしてやりたかっただけなんだ俺が不幸にしたから、でも俺がいると、やっぱこうなんのか、俺、頭悪ぃから、分かんなかった、もう手遅れだ、今さらどんな風に悔やんだってアイツはまた悲しい思いをする、また俺の『所為』で、また俺の、そうやって、思ってたら、なんか、__」
いつもなら。“彼”の前では、選ばなかったはずの台詞だった。でもあのとき俺は無我夢中で、そんなこと考えてられなくて、浮かんできた一言がそのまま、本心として零れ出た、俺の『所為』で、俺の『所為』で、幸せになってほしい人は、誰も、
「__今すぐ、死にたくなっちまった。」
その、瞬間だった。
身体に強く、衝撃があって、気付けば“彼”に抱き締められてた。俺は驚いて、“彼”の肩口になんとか顔を出して戸惑う、傘が落ち湿った灰のコンクリートの上を転がる。ノイズが、止む。その一瞬だけ。僅かの刹那無音があった。それから、 すぐに雨音。
「カート、」
「キー、ス? お前、どうした放せ、」
……そうだ、“彼”の名前は、……“キース”だ。
「うるせぇよ」
「はぁ?」
「なあ、いいから。このままでいて、気にしないでいいから」
「気にすんなったって気になるよ、」
「好きなんだ。__カート、俺カートのことが、好きだ」
俺は黙った。ずっと前から、伝え続けられていた思い、何度も何度も繰り返し、届けられ、そして俺が見て見ぬ振りをし続けた、……彼の気持ち。
「好きだ。ずっと前からお前のことが、好きだ、出会った時からずっと、今の今までずっとずっと好きだ、カートのことがずっと好きだった、……ねえ、好きなんだよ。好きなヤツがさ、目の前でそんなこと言って、泣いて、抱き締めないでいられる? 男なら、我慢できないよ無理だよ、……俺は無理」
「……うん」
「お願いだから、そっとしといて。今だけでいい、今だけでいいから、抱き締めさせて、……頼むよ」
俺と彼との間には10cm程の高低差があり、いくら彼が屈んでいても俺が肩口に顔を出すには背伸びする必要があって、俺は今爪先立ちで彼の腕の中にいて、まあ、実際、居心地は悪くて、だって俺はヘテロだし彼は男でしかも親友でおまけに職場の同僚であって、抱き締められて気分がいいとは言えなかった、でも、拒めない。拒みたくなかったし、拒みたいとも思わない。彼の言う意味とはちがくても、彼は俺の、“好きな人”だから。
「なんか、ごめん」
「いや、……知ってたんだ。お前が、本当に俺のこと好きなんだって、……知ってた」
逃げていたのだと、俺は言った。
「怖かったんだ。最初に、初めてお前が俺のこと好きだっつったとき、俺はお前と、気まずくなるのが嫌で、それが怖くて、つい誤摩化しちまってそれからは、引っ込みつかなくなって、……逃げてた。お前がほんとに俺のこと好きなんだって分かってたのに、ずっと逃げてた」
彼の体格は俺より二回り程大きくて、抱えられると収まってしまう、普段はその差が憎らしかったが、今は、……少しだけほっとした。
「応え、られないから。俺はお前のこと、すごく好きだ、すっげえ好きだ、大事なヤツだって思ってるよ、でも、お前の好きとは違うから、お前と同じ気持ちじゃあないから、お前は傷付くだろ、だって好きだったら、一緒に幸せになりてえだろ、俺には、……叶えられなかった」
「俺が勝手に、お前のこと、好きになっただけだよ」
優しい声だった。だから余計に、……泣きたくなって、
「違う、や、違わねえのかもしんねえけど、そう思えない、お前と同じような気持ちで俺がお前のこと好きになれたらお前は傷付くことなんてなくて、お前がどんくらい俺のこと、好きなのか分かってたよ、それだけの気持ちが俺の所為で報われないのが怖かった、俺が好きになれたらそれで済む話なのに、できなくて、お前のこと大事なのにお前が望むことができなくて、お前のことも、アーニーのことも傷付けてばっかだ、俺のこと好きなんだよな、俺が死んだら、悲しいよな、なんで、なんで俺生きれねえんだろ、生きれたら、俺が生きれたら、」
「カート」
「そしたら誰もイヤな思いしなくて済んだのに、悲しいとか、苦しいとか寂しいとか思わねえで済んだのになんでこうなんだ、好きなのに、色んな人が好きなのに誰一人幸せにできない、俺がもっと強かったら、もっと色んなことできたら、そしたら、……」
どうして? 心底愛してる、そして愛してくれたのに、キースだけじゃない、アーニーもエディも、××××も、みんな、……俺が幸せにしたかった人、みんな、……俺の『所為』で悲しんで、苦しんで、俺なんかのこと好きにならなけりゃ、こんな想いはしないで済んだんだ、みんな、愛すのが“俺じゃなかったら”、
「……何で、上手くいかねえんだろ」
俺は何を、間違えたんだろう。
かつて所属していた組織・カスパーゼでの特別任務にて
出会った人物、「シド・レスポール」のことを思い出します。
彼と過ごした、長くはないがとても楽しかった日々のこと。
バカな学生のように、ふざけあって過ごした僅かな時間のこと。
(ーー青春、と言うには遅いが、俺に青春があるんならきっとこの日々なんだろう。)
いつだったかな、確か僕がまだ、両の手で足りる歳だった頃。
ある日僕はテストで良い点を取って、喜び勇んで家へ帰ってきた。いや、喜び勇んで、なんて言うのは、ちょっと“意地悪”すぎるかもしれない。このテストが簡単なことはわかっていたし、きちんと予習して臨んだのだから、取れて当たり前の点数だとも思っていた。それでもやっぱり、100にほど近い点数が赤いペンで大きく書かれて、先生からの称賛の一言も添えられてたりして、いい気になったのだ。そして、見せびらかしたくなった。見たついでに、もっと褒めてほしかった。
ただいま、と普段より、少し得意げに張った声をあげると、リビングには父さんと母さんと、もうひとり、アーニーがいた。アーニーもまた制服のまま、ランドセルをソファに置いて、その隣に座っていて、彼の頭を撫でながら父さんが何か紙を見ていた。うっすら問題が透けていた。僕が受けたのと同じテスト、アーニーは、飛び級していたから。
「おお、おかえり、カート」父さんは相変わらずの鷹揚な調子で僕に声をかけ、またテスト用紙に目を落とす。
「すごいな、満点か。よく覚えたな」
「ふん、」アーニーはつんと澄まして見せながら、その実やっぱり嬉しさの堪えきれていない声音で、返答した。
「トーゼンだから。あんま褒めないでよね、こんな問題、一問だって、間違うほうがおかしいでしょ」
僕は神様に感謝した。手に持って、帰ってこなくてよかった。
「着替えてくるね」
ランドセルを担いだまま二階へ上がった。自室へ入り、それからランドセルをベッドに放って、ふたを開ける。丁寧に、まっすぐ入れたテスト用紙を取り出す。
「……一問だって、……か」
まさに一問、僕は間違えていた。なんでこんなもの自慢げに見せようだなんて思ったんだろう? すごく恥ずかしかった。でも、幸い、誰もこのことには気づいていない。
僕はそれをくしゃくしゃに丸めて、引き出しの奥に仕舞い込んだ。プリントとか用紙とか、資源になるゴミはあとでまとめて捨てることになっていたから、すぐには捨てられなかったのだ。
……可哀想? でも、大丈夫。この話には続きがある。
僕はそれを、ちゃんと思い出してる。僕は僕として「特別」なのだと、教えてくれた人が、俺には、いるから。
……さて、これは“続き”の話。
出来の悪いテストを引き出しに仕舞ったあと、僕は机に向かっていた。
気付けば日は傾いて、オレンジ色のこっくりした光が部屋を照らしている。そろそろ、電気をつけようかな。目が悪くなっちゃう。
「カート、」
と、そこに、うっすら声が聞こえた。どこから? 辺りを見回すと、コンコン、とガラスを叩く音がして、得心する。
席を立ち、窓辺へ赴けば、風変わりな友人がまた樹の枝に座っているのだった。目が合うと、あ・け・ろ。口が動く。
言われた通りに窓を開く。毎度のごとく軽やかに、彼は間を抜けてきた。
「また勉強か? 飽きねえな」
「してちゃ悪い? 僕らの仕事でしょ」
「こんな歳から仕事だなんだと言ってるんじゃァお先真っ暗だな。カローシ一直線」
「うるさい」今思えば彼の予言は、大方当たってしまったわけだ。
「もう、君こそ何をしてるの? 普通に入ってくればいいのに、飽きもせず木登りなんてして」
「こっちのが性に合ってんだよ。ん?」
机のほうに目を向けた彼が、小さく首を傾げた。視線の先に引き出しがあって、僕は思わず、「あっ」と言ってしまった。さっきのテストが奥で引っかかって、少し開いていたんだ。
「なんだよ? なんか隠してやがるな」
幼い頃から勘のいい彼は、僕の制止を軽く無視して引き出しを開け、中を探った。やがて問題の紙を見つけると、無造作に引っ張り出し、広げる。僕は顔を覆ってしまう。
「……なんだ? テストの紙?」
「や、やめてよ……」
「えらくいい点とってやがるな。なんでぐちゃぐちゃにしてあんだ? 見せびらかせよ」
いい点? 今度は僕が首がひねる。
「だって、一問、間違えてる……」
「ふざけてんのか? オレはこのテスト32点だぞ」
「ふふっ、」
あんまりな数字にびっくりして笑うと、じとっとした目が向けられる。慌てて真顔になった。
「……でも……エディは授業中完ぺきに寝てて、宿題も完ぺきに無視して、ぶっつけ本番でやったんでしょ? それでその点ならいいほうだよ」
「完ぺきの使い方それであってんのかよ? さあ、どうだかね。必死にオベンキョウしたところで9割なんざ取れんだろうさ」
「やってみたらいいのに。君は賢いから」
「やる気が起きねえな。何にせよ、お前よかいい点が取れるたァ思わんね」
テスト用紙を掲げたまま、ぼすん、とベッドに倒れ込む。僕はそんな彼の隣に、そっと座った。
「……見せびらかす、かあ」
「そーだよ。お前のあの豪快な親父さんとか、気弱なお母様にな」
「……そうだね」
「気が進まねえか? べた褒めされそうなもんだけどな」
「いや、……うん。褒めてはくれる、と思う」
「じゃあ何がヤなんだ」
「アーニーが。……ね」
つい、口走って、そのまま黙ってしまったけど。それだけで彼は察したようだった。テストを放って、半身を起こす。
「なるほど? 彼のがよくできたわけだ」
「…………」
「でも、それって関係あんの」
「……あるよ、……同じテストなんだもん」
「そうかね。お前が98点取ったことと、アンタの弟が100点取ったこととの間に、どういう関係があんのか、オレには分かんねえな」
「……なんで?」
「例えばオレがあのテストで、」と、彼は指を折る。「80点取ってたとする」
「うん」
「お前は98点だから、そうすっとオレのが18点低い。32点だったら差は66点だから、だいぶ縮まるな」
「うん」
「でも、じゃあ、オレが32点のときのが、お前の98点は点数として、高くなんのか?」
何となく、彼の言いたいことが、わかった気がして、僕は彼を見る。彼は前方の壁を見つめたまま、計算があっているか確かめてる。
「お前が98点取ったことと、弟が100点取ったこととの間に、一体何の関係がある? じゃあオレが0点取ってたら、お前の98点はもっとよくなんの? 関係ねえだろ。お前はお前で、他の人間じゃない。他の人間のしたことが、どうしてお前のしたことに関係あるんだ。意味わかんねえ」
夕日を浴びた彼の金髪は、その色を透かして、いつもより暖かく見えた。きらきら、弾かれる光が、眩しい。いつだって彼は、僕の目に、まぶしい。
「オレが32点取ろうが80点取ろうが100点取ろうが、お前の点数が変わるわけじゃない。くだんねえな」
「……うん」
「お前んちより金持ちの人間がいたら、お前んちは金持ちじゃなくなるわけ? ちげーだろ。……ホント、お前は、アホなこと言うな」
だから、言ったろ? 大丈夫だと。俺には俺が生きていることをいつも認めてくれる人がいて、彼にとって、俺はいつでも「特別」だった。とはいえ、それは俺に限った話ではない。彼にとっては単純に世界の全てがそうだった。“それ”は“それ”でしかない。いつも。
そんな聡明な友を持ちながら、やっぱり随分馬鹿な生き方をしてしまったなと思う。けど、……まあ、いいだろ。性分ってヤツだ。少なくとも「性に合わない」と言って頑なに窓から訪ねてくるより、よほど、聞き分けがいいんじゃないか?
……そう、貴女は優しかった。
天然で、少し抜けてて、けれどいつでも輝きを失わないその明るさで、
俺を、俺たちを、俺たち家族を、温かく包んでくれたひと。
パンケーキを作るのが好きで、でもびっくりするほどヘタで、10回に1回くらいしか成功しなくて、
いつも蜂蜜とバターの香りがした。冬になるとマフラーや手袋を編んで、ぼくにくれた。
姉さん。ぼくをよく抱きしめてくれた。頭を撫でてくれた。額にキスをして、頬を摘んで、くすぐって、
なんで、
……貴女は優しかった。でも、
貴女の愛では、俺は、救われなかった。
七日間、僕は睡っていた。病に侵され、人工呼吸器をつけて、生きても、死んでもいない時間を、そこで過ごした。そして、自らが生まれたのと同じ日付で息絶えた。泣き叫ぶ母の声が、薄れて行く意識の端でずっと鼓膜を叩いていたのをほんのかすかに記憶している。
でもそれはあくまで「あの世界」で流れた時間にすぎなくて、結局《僕》という存在は途切れることなく有り続けている。世界から世界へ、時空から時空へ、《僕》を求める人々のもとへ、花に留まる蝶と同様に。ひととき羽を休めたら、僕はまた飛ばなければならない。僕にはどこかに存在を固定することはできなくて、ついでに運命(さだめ)を変えることも、闇に光をもたらすことも、神様や天使みたいな大それたことは何一つできない、ただ僕にできるのは“痛み”を“蝶”に変えること。人々は僕の向こうに自らの望む光(きゅうさい)を見る、だから、《僕》の目は青いんだ。僕のそばにいる蝶たちの翅も。
三青俊。それが、僕の名前。生きた人間だった頃の僕の。そして今の僕は《羽化師》、……繭と化した人の痛みを、丁寧に温めて、羽化させるのが《僕》の役目。
あなたに《僕》が見えるなら、あなたはきっと、闇のなかにいる。