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覚悟なんてものはない。

けれど不思議と涙は出なかった。


心は少しざわざわしているけど、頭では分かっているはずだからおそらく問題はないと思う。


携帯の電源を切り。

これでいいの、と頭の中で繰り返しながら手中の携帯を前方に投げた。


「……霧嶋」


ポチャン、と視界の中で水飛沫が跳ねたのとほぼ同時に後ろから聞こえたその声。

一度、視線を落として。

ゆっくりと振り返れば、そこにはやはり彼が居た。


「…………おはようございます。岸本さん」


土手の上からこっちを見ている彼には勿論、笑顔などない。


「……霧嶋、」

「……はい」

「俺が言いてぇ事、分かるよな?」


緩やかな傾斜とはいえ、元より身長差もあるせいか見下ろされているそれにほんの少しだけぞくりとした。

加えて、この唸るような低い声。

抑揚なく紡がれたそれにこくりと頷けはしないけれど、ふるりと首を振るつもりも私にはない。


「…………やっぱり、ないんですね」

「……」

「……岸本さんには、知らない事が何も」


くす、と。

わざとらしく笑えば、彼はため息を吐き出した。


「全部知っておかねぇと気が済まねぇ性分(タチ)なんでな」


かと思えば、緩やかな傾斜をゆっくりと、一歩ずつ、確実に降りて。


「だから、俺の電話に出ねぇでお前が何してたのかも知ってる」


私との間にあった距離をゼロへと近付ける。


「なぁ、霧嶋」

「……」

「お前にとっちゃ、不本意な関係かもしんねぇけどよ」

「……」

「いくらなんでも、ルール違反、だよな?」


そして変わらず吐き出すのだ。

唸るような、低い声を。


背反行為=断
(どんな罰も受けます。私が、全て)

 
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