小学校へ入学した頃から私は、幼馴染みの男の子に虐められていた。理由は勿論、知らないし分からない。
 カリスマ性という言葉を当時の私は知らなかったのだけれど、今になって思えば当時の彼には既にそれがあったのだろう。彼の私に対する態度に周りは同調して、小学校という狭い世界で私は孤立していた。
 ブス、バカ、ノロマ、グズ、キモい、ウザい。小学生の語彙力で生まれた暴言はだいたいがこんな感じで、靴や上靴はだいたいゴミ箱行き、ランドセルはだいたい田んぼか畑に転がっていた。
 平気だったかと聞かれたら、そんな事はない。辛いし、悲しいし、悔しい。それでも家に帰れば、パパとママが居て、温かいご飯があったから平気なフリが出来ていた。
 そう、パパとママが居たから。だから、あの日。パパとママがお仕事に行くために乗った車が事故にあって、パパもママも私を置いて死んじゃって、お葬式を終えて、行きたくもない学校に行った三年生の一学期の最後の日、「そりゃお前みたいな子供がいたら死にたくもなるよなぁ。て事はさ、全部お前のせいじゃん。人殺し」と笑いながら幼馴染みが吐き出したそれにおそらく私の心は堪えられなかったのだろう。
 両親を亡くし、施設に入った私は転校をして、転校先で虐められる事はなかったのだけれど、他人と深く関わる事もなかった。私が必要以上に関われば、死んでしまう。何気なくいつも通りの意地悪のつもりであの幼馴染みは発言したのだろうけれど、思いの外それは私の中にこびりついていて、施設に入って四年目の中学一年の時に子宝に恵まれなかった中年夫婦に引き取られてから十四年経った今でもそのスタンスは変わらない。
 育ててもらった恩はある。だから、恋人どころかこの歳になっても浮いた話のひとつもない私を心配して見合い話を持ってきたのは彼らの愛情だと理解しているし、単純にその気持ちは嬉しい。会うだけならばと渡された釣書を見もせず頷いたのは、小さな恩返しのつもりだった。
 結婚は勿論、誰かとお付き合いをするつもりもない。見合いひとつで彼らが安心するのならば、その日ぐらいはと思っていたのだけれど。

「…………久しぶり、だな」
「…………そうですね」

 相手が【あの幼馴染み】となれば、話は別だ。

「あら、二人はお知り合いなのね」
「でしたら私達はおいとましようかしら」

 ふふふ。ははは。
 幼馴染みのご両親と彼らが談笑しながら席を立とうとするのを、私は止めるべきだと理解していた。けれど、私が声を出すよりも先に目の前に座る男が了承の意を音にして吐き出したせいで、運ばれてきた彼らの紅茶は口をつけられる事なく冷めていく。

「……優しそうな人達だな。お前の、今の、ご両親」

 釣書を見るべきだったと後悔して、ふと、思う。
 私と同じようにこの男も釣書を見なかったのだろうか。簡易ではあるけれど、一応用意をして相手方には渡していた。無論、私のように一瞥もせず、会うだけならと返事をした可能性は十分にある。

「……本当は、断るつもりだった。結婚とか、するつもりなかったし」
「……」
「……けど、」
「……」
「……」
「……」
「…………なぁ、」
「はい」
「…………恨んでる、よな。俺の事、」

 けれど、男の言葉を聞く限りでは、おそらく釣書は見ているのだろう。昔、虐めていた女の写真がそこにあって、もしかしたら、その事を口止めする為に彼はこの場に赴いたのかもしれない。寧ろそう考える方がしっくりくるというか、そうとしか思えないというか、恨んでるか否かと問うあたり、それ以外に目的などないのだろう。
 少しだけ眉根を寄せて、視線をさ迷わせている目の前の男の事を恨んでいるのかと聞かれたら、答えは否だ。どうでもいい。だから早くこの茶番を終わらせて帰りたい。その感情が今は一番心を占めている。

「……いいえ。恨んでません。このお見合いを受けたのも、彼らを安心させる為なので、気にせず、断ってください」

 ふるり、ゆっくりと首を左右に振りながら話の終結を望む。
 元々は、少し話をしてそれから食事をするという予定だった。けれど、二人だけにされてしまった今それを行使する意味はない。親という立場にある彼らが見ていないのなら、どこかで適当に食事をとって帰宅したところでバレやしないだろうし、目の前の彼にとってもそれは同じだろう。
 目的は果たせた。だから、もう帰りませんか。

「……俺は、断るつもり、ない」
「……え」
「……今さら、って思われるだろうけど、俺、お前の事、好きで……でも、ガキだったから、意地悪するしか能がなくて……っ、い、言い訳なのは分かってる。本当に、酷いことしかしてないし、酷いことしか言ってないのも……けど、俺っ、お前だけは、いつまで経っても特別で、」

 そう、吐き出すつもりで用意した言葉は吐き出せず。何がどうなってそうしようと思ったのか、意を決したようにティーカップに添えている私の手に触れる、彼の無骨な手。
 男の人の手だな。なんて至極どうでもいい感想が浮かぶ。

「そりゃ、誰とも付き合わなかったわけじゃないけど、」
「……」
「……」
「……」
「……なぁ、」
「はい」
「俺と、結婚を前提に、付き合って、くれませんか……?」


自殺願望でもあるのかと思いましたが、ただ脳内がお花畑なだけだったんですね


「ごめんなさい無理です」
「え」
「あなたの事、恨んではいませんがじゃあ結婚を前提に付き合えるかと言われたらそれは無理です普通に嫌です。自分を虐めていた相手とそういう関係になりたいなんて思うわけないでしょう。考えたら分かりそうなものですけれどまぁそういう事なので」
「え」
「さようなら」
 

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