prologue フォルデ×ヴァネッサ※ねつ造あり |
出会いは突然、でも必然。どこの乙女だ、なんて笑われてしまいそうだけど、不思議なもので、一目見たときから運命の人だと思っていた。 『prologue』 馬をのんびりと歩かせながら、その背にまたがっている赤い鎧と金の髪を一つに結った姿が特徴の、ルネス騎士の男──フォルデは空を見上げて大きな欠伸を一つした。 「ふあ〜…」 「おい、緊張感無さすぎだぞ。いつ敵がくるかもわからない状況で、よくもまぁそんなに眠そうな顔をしていられるな。お前がいつもそういう不真面目な態度をしているから、軍の士気が下がってしまうと気がつかないのか?少しは──」 「わーわー!ストップストップ!朝からお前の説教なんて御免だぜ。はぁ…ちょっと離れろよ」 斜め後ろから現れ横に並んだ緑の相方──カイルがそんなフォルデの緊張感のない姿を見かけて、いてもたってもいられずにその不真面目な態度を注意する。これは、よく見られる光景だった。 ルネス王女のお付きで騎士団の長のゼト、特攻隊長のカイル、フォルデの弟で同じく騎士団に所属するフランツ。誰もみな真面目すぎる位なのに、何故かフォルデは違った。しかし腕はカイルと同等かそれ以上なのだから、下手に文句は言えない。それが厄介だった。 フォルデはもう一つ欠伸をすると手綱を持たない手をひらひらと相方に振ってみせた。 「俺、ちょっとあっち見てくるわ。カイル、お前はそのまま直進してってくれよ。任せたぜー」 「…真面目にやるんだぞ」 「わかってるって」 フォルデの後ろを数名の歩兵が着いてこようとしたのを手で制止して、一人で行くことを告げる。渋々と引き下がる背中を見送ると踵を返して横道に逸れた。 暫く草を掻き分けるように進んで、手綱を引いて馬を静止させてその背から降りる。足元の草が踏まれてかさかさと揺れた。 そのまま手綱を傍らの手頃な木に括り付けるとぐるりと辺りを見渡し、誰の気配もないのを確認してから木の幹に背を預けるようにして座った。 「はー…昨晩は遅くまで絵の仕上げしてたから、どうも眠いなぁ…カイルの奴、声も煩いし嫌になるぜ」 すっきりと晴れ渡る青空を見上げてグチグチと零す。馬が何かを言わんとするかのように嘶いた。 お前まで俺がだらしない、自業自得だと言いたいのかと、そう思いながら視線を投げかける。それを悟ったかのように鼻をすんと鳴らした。 重いため息をついてもう一度空へ視線を移す。 「はぁ……だめだ、眠くてかなわない。なぁ、ちょっと眠って良いか…」 誰に言うわけでもなくぽつりと静かに零して、ゆっくりと瞼を閉じた。戦場で、無防備すぎるなぁなんて思わなかったわけではないが、人間の三大欲求の一つである睡眠欲に勝てるわけもなく(元よりその気もないが)、すぐに夢の中へと落ちていった。 同じ頃、天馬に跨がり空を駆ける少女がいた。ルネスの同盟国であるフレリアの天馬騎士、ヴァネッサだ。 槍を片手に、薄緑の三つ編みを風に靡かせながら前方後方、くまなく視線を巡らせる。敵の姿はとりあえずのところないようだ。 ほっとして漸く肩の力が抜けた。一つ息をゆっくりと吐いて、何とはなしに下を見やると一人の男が戦場で横たわっていた。敵のようには見えなかったので、慌てて相棒のティターニアに声をかけ下降する 地面が近付くと翼から発せられる風に煽られて草が円形を作るように倒れ、ふわりとその中心に降り立つ。主が降りやすいように膝を折るティターニアの首許を優しく撫で、手綱を離して地面に降りた。 「大丈夫ですか!?どこか負傷を…」 声をかけながら慌てて駆け寄るが、返事がない。恐る恐る体に触れてみた。 ゆっくりと、一定に胸が上下する。心なしか安らかな、すうすうという呼吸音も聞こえて、そう言えば、よく見ると怪我も一つも負っていないし傍らの木には馬も繋がれていて。 ヴァネッサはゆっくりと立ち上がってその男を見下ろした。 「…まさか、単に眠っているだけ?……大器…それともぐうたら?」 一気に疲れが襲ってきたような、何とも言えない気分だ。両の肩が重い。自分の所属する軍に、戦場で呑気に眠りこけるような人がいるなんて信じられなかった。 傍らの馬に目線を送ると、動物にも表情があるのだとヴァネッサは確信した。まさに今、目の前で困ったような表情を見せる、この男の馬がいたのだから。 同情するようにため息をこぼし、鬣を解くように数度撫でると踵を返して、ティターニアの背にまたがりなおした。 「行きましょう、ティターニア。無駄な時間を過ごしてしまったわ」 返事をするように、ひんと高く嘶く。そして地面を強く蹴って大空へと駆けだしていった。 ふわりとフォルデの髪が揺れる。それが頬をくすぐり、鼻をくすぐって、睫毛がふるりと震えた。ゆっくりと瞼が持ち上げられ、焦点の定まらない双眸と、ぼーっとする頭で真っ直ぐに空を見つめた。 「ん……あれ、誰かいたのか…?」 数度瞬きを繰り返したのちにむくりと上体を起こして、誰かがいたような気配を感じたことに首を傾げつつ相棒に目配せする。ふん、と荒く鼻を鳴らした相棒に苦笑して立ち上がり、その首を撫で上げながら括り付けていた手綱を器用に片手で外して傍らの地面に突き刺しておいた武器を手に取り数回首を鳴らすと、相棒の背に一気に跨がった。 「悪かったって。さ、頭もすっきりしたし進軍するか。あまりにも遅れるとカイルがうるさいからな」 そう言って、馬の腹を軽く蹴って合図を送るとひひんと嘶いて緑の間を縫うように駆け出した。 力強く地面を蹴るたんびに土が舞い、フォルデの身体は一定に揺すられる。全身に風を受けて、何者にも邪魔されずに自然の中を駆け抜けるこの感覚が大好きだった。たとえそこが戦場だとしても。 暫く馬を走らせていると、先に進んでいた相方のカイル率いる兵士たちの後ろ姿が見えた。馬を更に駆けさせて、その先頭を走る相方の隣へと並んだ。 突然のフォルデの登場に、少し驚いたように瞬きをしてから、口を開いた。 「はやかったな」 「んーまぁな。異常なしだったぜ」 「そうか…。こちらもまだ敵にはあっていない。もう時期当たるとは思うが」 「なら気合い入れないとな」 視線を真っ直ぐ前へ向けると、遠くの方で砂煙が舞い上がっている。武器を握り直してそれを構えると、横目に合図を送って視線を合わすと二人して頷いた。 性格は真逆と言っても良いほどに違うのに、何故か息が合う。真逆だから、なのかもしれないが。 そのまま二つの小隊はぶつかり合った。 ────────── 敵の城をじりじりと囲む。此処を制圧すればとりあえずは進軍の足を休められるはずだ。気がつけば日はとうに傾いて、辺りはすっかり暗くなっていた。 長きに渡った今回の攻城戦のせいで、兵士たちは疲弊していた。何としてでも、今夜中には決着をつけてしまいたいと軍のリーダーであるエフラムは、ゼトと話し込んでいる。 それを横目にフォルデは大欠伸をもらした。すぐに背後から頭を軽く叩かれて、小さく呻く。振り返らなくても、犯人の目星はついている。 また小言を言われては面倒だとその場をあとにして、そういえば腹が減ったなと給仕係のもとへと小走りに向かった。 少しの食料と飲み物を貰って、野営の天幕に入るとすでに数名の兵たちが食事をとっていた。その中に特に仲の良い者も見当たらなかったため、適当に空いている席に座って手早く食事を済ませてしまおうと、軽く手を合わせて食事にありついた。 「…あなた、さっきの」 「…ん?」 脇目も振らずに食事をとっていると、斜め前方から恐らく自分に向けてだろう声が届いて、少し顔を持ち上げてそちらを見た。 薄緑の髪の毛を前髪は眉の上、後ろ髪を三つ編みに束ねた少女が、こちらを見ていて思わず首を傾げる。はて、誰だったろうか。自慢ではないが人を覚えるのは得意な方ではないし、それに加えて寄せ集めの軍とあれば、知らない人が居るのは当たり前だ。 「えーっと、君は…?」 「私はフレリア天馬騎士団のヴァネッサです」 「あぁ、ヴァネッサ。俺はフォルデ。よろしく。…それで、さっきって?」 今初めてあった、ような…そうじゃないような、と小首を傾げたまま問う。ヴァネッサは食事を終えた後だったようで、口許をナプキンで軽く拭きつつフォルデの正面へと長椅子の上を移動した。 「…あの、先ほどあなたを上空から見かけたのです。横たわっていたから、怪我でもしているんじゃないかって」 「…あぁ」 嫌な予感がする、と咄嗟に感じて視線を自分の手許におとした。 そんなフォルデに構わずその少女は話を続けた。 「降りて近付いてみたら、怪我しているんじゃなくって、ただ眠っていただけでした。呆れて立ち去ってしまったけど、敵に見つかったら危ないと思って戻ったら、もう居なくなっていました」 「…そう油断させておいて、裏をかく…ってのが俺のやり方なんだ」 「本当でしょうか」 「ははっ」 お見通しだと言わんばかりの視線が頭頂部に刺さって、痛い。俯いていた顔を少し上げて困ったように眉を下げて笑う。 そんな様子にヴァネッサは心底呆れたような表情で、溜め息をついた。たぶん、同じ軍にこんな適当な奴(自分で言うのもどうかと思う)がいることに、呆れと不安を抱いたのだろう。 「まったく…緊張感が足りませんね。私たちの王子とは大違い」 「フレリア王子?…あぁ、ヒーニアス様か。何度かお目にかかったけど、あの人は緊張感の塊みたいなものだからなぁ」 「少しは見習ったらどうです」 「んー。でも女性にモテそうだよなぁ…案外君もそうだったりして」 パンを口に含んで、何とはなしに言い放ったその言葉に、目の前の少女の顔が見る見るうちに真っ赤に染まってゆく。ビンゴ、と指をパチンと弾いてみせた。 「ち、違います…私は、別に…」 「ふーん…王子とそれに仕える女騎士、か。俺は良いと思うけど。そういったのは自由だし。でも障害がいっぱいありそうだ」 「……」 「…それよりももっと対等に付き合える気軽な相手の方が良いんじゃない?例えば、俺みたいなのとかさ」 への字に固く閉ざされてしまった唇が、そのフォルデの一言で丸く開かれた。 割と真面目に言ったのだが、少女の顔からさーっと赤みが引いてゆき、じわじわと険しい顔つきに変わっていってしまった。 せっかく可愛かったのに、なんてぼそりと呟けば、その言葉に気分を悪くした様子。机に手を突いてさっと立ち上がると、自分が食べ終えたもののゴミを手にとってその場を去っていってしまった。 「あー…行っちゃった。まあ同じ軍に居るんだし、また会えるよな」 残りの食事をすぐに済ませて席を立ったところで、伝令の兵が天幕内に姿を見せ、そして出撃命令を皆へ告げた。 フォルデは天幕をあとにして、カイルやエフラムがいた方へと慌てて駆け出したのだった。 - - - - - - - - - - (14/05/31) |