41.交差 「クロスフレイム!」 巨大な炎を叩き付けるレシラムの猛攻は止まらない。灼熱の地獄になったホールは、二人の英雄にも過酷なものだった。薄い酸素、遠退く意識にトウコは幻を見た。幾つものシーンが、現れては消えた。 森で遊ぶ幼い緑髪の幼児、周りにはポケモンがたくさん。みんな楽しそう。そこに緑髪の男がやって来て、手を差し伸べた。 子供部屋で遊ぶ少年、手負いポケモンがその緑の髪を、白い手足をむちゃくちゃに傷付ける。少年は、構わずに彼らを抱き締め、好きだと繰り返し語りかける。 玉座のある王の間。ローブを纏った老人たちや、プラズマ団服の男女に囲まれ、Nが冠を戴く。 それらの幻は、真実とも虚構とも見え、トウコの脳を融かしていった。 私、何で此処にいるんだっけ。Nと戦っていて、どうして、勝たなきゃいけないんだっけ。 トウコの脳裡に、朧気に黄緑色が浮かんだ。 ジャンだ。それから、Nだ。 そう、私はジャンと初めての旅をした。そして、Nに行き逢った。 カラクサで会った不審な彼は無表情で、でも悲しそうで、何がそうさせているのか知りたくて、ライモンで彼の悲しい思想を知って それで、なんとかしなきゃって思ったんだ!! トウコの意識は実際へと引き戻され、少女は自分が地に臥していることに気が付いた。しかし、熱気と倦怠がまとわりついて、身体は立ち上がる力をくれない。その時、トウコの腰がぶるぶると震えた。鞄の中のモンスターボールが揺れている。辛うじて手を伸ばしボールを開けると、剥き出しの脚にひんやりとしたものが触った。 「ジャン」 トウコの上がりきった体温を、蛇の冷たい身体が奪う。あぁ、体温は分け合うものだったなぁと、ネジ山の寒さを思い起こした。 「そうだよ、分け合うの」 熱いのも冷たいのも、分け合うんだ。分かつのではなくて、誰かと分かち合うの。 解放の後の世界で、私にそれができるだろうか。刺々しい衆目に曝されても、ポケモンたちと共に居ることができるだろうか。いや、そんな世界は嫌なんだ。ハリネズミのように臆病に、後悔や同情や憐憫をもって接するなんて、私は嫌なんだ。だから、今は、Nに勝つ。考えろ、考えろ。私に何ができる?炎相手にジャンもアカリもシノブも有利には戦えない。ゼクロムに頼るしかない。じゃあ、彼にどうしてもらえばいい? 双竜の組み合う音と熱気が、倒れたトウコにも伝わる。ゼクロムが持ちこたえているうちに。ジャンが私を支えてくれているうちに。 「そう、か」 ヒントは既に与えられていた。対の竜。知らない技名。ゼクロムからほとばしるいかづち。 伝説の古代竜の固有技だとしたら、誰がその名を口にできるというのだ。文献にもない、研究者も知らない、口伝もない。なら直接、竜に訊くしかない。それができる無二の人間が、その答えを得られるのが、N。 そして炎のレシラムが、クロスフレイムという特別な力を持つのなら、きっとゼクロムにも対の技がある。ゼクロムのタイプは電気。ならばその技の名は、 朦朧とした頭の霧を打ち払い、トウコはあらん限りの声で、ゼクロムに届くよう叫んだ。 「ゼクロム、クロスサンダーーー!!!!」 辺りは、青い閃光に包まれた。 |