40.決戦






王の間で、千年の眠りから覚めた双竜が対峙していた。二体の背後には理想と真実其々の英雄が仁王の如く立っている。


「ついに来たんだね、この時が。初めて出会った時から、そんな気はしてたんだ。キミにダークストーンをあげたのは、正解だったよ」
ギィイ、とレシラムが声を上げる。
グフゥ、とゼクロムから吐息が漏れる。


「こんなことになるなんて、あの時は思いもしなかった」
カラクサでのカイコウを思いだしながら、トウコは言った。

沸々と闘志をみなぎらせた双竜が視線を交わすと、双雄も互いを睨み付けた。そして、チャンピオンと挑戦者は、互いの口上を述べる。

「ボクの真実は、ポケモンと人間の関係のリセット。ふたつを分かち、ポケモンの傷つかない世界を造る」

「私の理想は、ポケモンと人の未来。共生して、互いの可能性を広げながら生きていく」

トウコの理想を、Nは鼻で笑った。

「共生?強制の間違いだろう」
「言葉遊びをしに来たんじゃないわ」

丁々発止のやりとりを、Nは楽しんでいるようだった。まるで、人と初めて言葉を交わしたかのように。彼の顔には笑みさえ浮かんだ。

「それじゃあ始めようか!世紀の戦いを!」




アデクを倒し、暫定のチャンピオンとなったNは、プラズマ団の城で「彼女」を待ちわびていた。


「N様!チャンピオン演説は間近でございます。本当にあの少女と戦うおつもりですか?」

「あぁ」


Nはこれからのこと、これまでのことに気をとられていて、ゲーチスの問い掛けにすら生返事をした。

「かしこまりました。では、舞台は用意して措きます。合図をしましたら、最上の間にお越しください」

「あぁ」

青年は、ゲーチスの忌々しげな表情に目もくれず、ルービックキューブをいじり続け、トウコと初めて出会った時のことを追想していた。


初めて外を自由に歩いた日、それがあのプラズマ団のカラクサでの演説会のことだった。曇天の目に映るもの全てが珍しいというわけではない、外の世界はすべからく想像通りだったのだから。

しかしその街には、ボクの眼を奪うものがあった。ツタージャを抱き締める腕には飾りとライブキャスター、無感動そうな群青の瞳にたっぷりと結い上げた髪、ボクに似ていると、思えた。理論では証明しきれはしないけれど、性別も年齢も境遇も飛び越えて、ボクは彼女にシンパシーを感じたのだった。少女の抱えるツタージャによれば、彼女はトウコと言うらしい。


トウコなら、ボクを理解するかもしれない。或いは、似て非なる彼女こそ、ボクの対に。




Nの掛け声でバトルは始まった。
竜が地を蹴る勢いで、Nとトウコが足元をぐらつかせた瞬間、広いステージで、白黒の竜が組み合う。ゼクロムの力強い腕がレシラムの脇を掴み、その巨体を投げ飛ばした。もんどりうったレシラムは、部屋の壁にこめかみをぶつけ、片目を閉じながら翼を羽ばたきゼクロムの首を爪で掠めた。力で勝るゼクロムと、鋭さで勝るレシラム、両者の強さは互角だった。

その力強さと痛ましさに、指示を出すトウコも呟きを溢した。
「こんな、傷つけ合うだけの戦いが、伝説の戦いなの……?」
トウコの問いに、Nは答えた。

「トレーナーがポケモンに強いるバトルは、いつだってそうだろう?名誉や陶酔や賞金のために、ポケモンを傷つけ犠牲にするんだ。でもボクらの戦いは違う」

トウコはその言葉に納得がいかなかった。この戦いに勝って得られるもの。それは何なのだろう。チャンピオンの座か、演説権か。いやもっと深い所に、双竜の衝突の根はあるはずだ。どうして、真実と理想は闘わなければならないのか。

「真実を求めれば理想は掲げることができず、理想を追えば真実から目を背けてしまう。二者択一の理だよ」

どちらも得ようとするのは傲慢だ、とNは言う。理想を抱く者らしい考えだ、と青年は鼻で笑った。

そうかもしれない、とトウコは思う。ポケモンと人が只仲良く好きあえる世界だなんて、都合の良すぎる考えに他ならない。人間だって、全ての人を受け入れたり優しくしたりはできないのだから。
しかし、トウコは退かない。Nの考えには、牽かれない。

「理想に手を伸ばさないなんて、ただの臆病よ!」

トウコは、十分にNの影響を受けていた。『ポケモンの解放』を提案されなければ、ポケモンとの関係性をしかと見つめる機会は無かっただろう。
影響を受けたからこそ、トウコはNの考えには賛同しない。理解はしても実行はしない。

「どれだけ貴方が傷付いたポケモンを見たのか知らない、それで貴方の心がどんなに磨り減ったか解らない!だからといって、私の考え方を否定していい理由にはならない!!理想を亡くしていい訳もない!!!」
ポケモンがヒトと共にあり、全てが幸福な世界という理想?馬鹿げている、とNは思った。トウコの言葉を、Nは幾度か反芻し、言葉を飲み込んでは戻し、やはり、自身の正しさを押し通すことを選んだ。

「理想なら、ある。」

その言葉に耳を澄ましたゼクロムは、レシラムの動きを留めきれなくなった。それを見計らい、Nは技を出すよう指示を出した。

「ボクの理想は、レイゾクの不条理のない世界!それをボクが実現する!!レシラム、クロスフレイム!!!!」

トウコは聞いたことのない技名に戸惑った。数ヵ月の旅路で、ポケモンバトルに関する性格や特性、技を学んできた彼女においても、初めて耳にするものだったからだ。

白き竜のやわらかな尾が波立ち、身体中の羽に熱が篭っていく。粟立ちがもたげた首のリングを紅く染め、次の瞬間渦巻いた焔が口から放たれた。

「うっ!?」

火炎が届く前に、熱い空気がトウコの素肌を灼いた。部屋中の酸素が一気に燃やし尽くされて、灼熱と息苦しさがトレーナーを苛んだ。状況に予想がついていたNは、一言も喋ろうとはしない。トウコは気を失わないよう必死に荒い呼吸を繰り返した。

焔は辛うじてトウコに届かない。華奢な少女の代わりに、ゼクロムがその身を焦がしていた。圧倒的な技の前に逃げもせず、背後の英雄を守っていた。
















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