35.世界が変わるその前に







遡ること数日前。トウコとチェレンがソウリュウシティで特訓を続けていた時、二人の話題に上るのは、やはりプラズマ団のことだった。

「チャンピオン演説権?」
「うん、頂点の座を一度守りきったチャンピオンには、イッシュ全体に向けて放送演説をすることができるんだ。確かアデクさんの演説は、三人でトウコの家のテレビで見たでしょ?」


そう言われてみれば、チェレンとベルと、三人で演説を見たかもしれない、と昔の思い出が蘇ってきた。リーグの大きな階段で、四天王を後ろに従え、燃える髪を生やした壮年の男性が話していたっけ。

「Nがチャンピオンになれば、この機会にプラズマ思想を拡げようとするだろうね。人々がポケモンを解放したくなるようなストーリーか脅迫が、もう用意されてるはずだ」

それは、どうにも困る話だった。Nの妙な確信めいた物言いは、人の心に訴えるものがある。ましてやポケモンと言葉を交わし、伝説の竜を従える英雄である彼を、世界が無視できるはずもないと思われた。











兄との邂逅は、いつも突然だ。それでいて必然のような偶然なのだった。



トウコが四天王を勝ち抜き、リーグ中央のホールに戻ると、そこにはセッカで別れたきりだった兄がいた。声を掛けるのを躊躇わなかったわけではないけれど、その時にはもう目があってしまっていた。

「お前も、リーグに来てたのか。さすが、早いな。」
「そういえばトウヤも、ライモンで会った時からリーグの準備してるって」言ってたね、と続けるトウコの語尾は弱々しくなる。セッカでの不協和音を思い出してのものだ。近づいてみればやはり、少年に瑞々しい表情はなく、少し、やつれていた。

「もう、気にすんな」
トウヤはそっと、妹の頭を撫でた。トウコを気遣っての言葉は、彼自身に言い聞かせているようにも思われた。帽子を撫でた手は、少女の儚い形を確かめるように蟀谷をなぞり、耳朶を辿り、名残惜しそうにトウコから離れた。その手が色を含んでいたからこそ、少女はきっぱりと言葉にする。

「お兄ちゃん、私は、Nを止めに此所まで来たんだ。」
Nがチャンピオンとして、世界を動かす前に。ただの青年ではない、最強の竜を従える英雄として、彼が崇められる前に。


トウヤも、今の彼女の視線の先にいるのが、自分ではないことはわかっていた。トウヤがもがいていた間に、もっと大きなものに挑もうとしている。きっと彼女はもうすぐ、この世の最強に臨む。少年も少女も目の当たりにした強さに、本気で挑もうとしている。兄としても一人の男としても、それは変えられようがないようだった。







トウコは、チャンピオンのステージへ向かうため、ホールの中央の像に手を翳す。1人ずつしか先に進めないとわかって、トウヤは先を譲ったのだった。三つ数える内には、四天王の認証が下り、まばゆい光に包まれた。神々しい儀式のようなそれに、トウコは目蓋を下ろした。

先の見えないこんな場所で、幼い頃ならば、私はトウヤの手をぎゅっと握って離せなかっただろう。

ホドモエの跳ね橋が上がったように、誰が願っても、願わなくても、道具は自身の使命を果たす。光が消えたと思うと、女神像の昇降機は全く別の場所にあった。開けた岩の広場には、像の他にはただひとつ、頑丈な石の階段だけがあった。そしてその先には、チャンピオンを擁す固い神殿が聳えている。



「ジャン、アカリ、シノブ、いこう」
トウコのメンバーは、飛び出るなり彼女を囲んだ。ジャローダはこれまで歩んだ道程を、シャンデラは得た変革を、キリキザンは経た過去を想い、トウコの瞳を見つめた。その総てを汲んだトウコの視線は、踏みしめた足を見、頂上を射た。












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