チャンピオンロードの中、カノコ出身の二人の戦いはまだ決しない。
トウコが走り去ってから数十分、一対三の戦局は塗り替えられていた。プラズマ団員二人の手持ちは残り一体、ベルもフタチマルを残すのみだった。
チェレンは精緻な指示の隙間から、幼馴染に語りかける。

「ベル、君は本当に、ポケモンと離れたいなんて思っているのかい?」
「あたしは、ポケモンをバトルに使ったり、ボールに閉じ込めるのが許せないの!それでポケモンを傷つけて、虐める人だっている。そんなの可哀想すぎるよ」

ベルは心を痛めている。誰もが当たり前だと思い、気にも留めなかったことを、プラズマ団が気付かせたのだ。どうしようもない世界の矛盾を、彼女は無視できなかった。或いは、その反逆を通じて何者かになろうとした。


「でも少なくとも、君のフタチマルとエモンガは、ベルと一緒にいたいって思ってるんじゃないの」「それにフタチマルは、博士から預かったパートナーだろう。エモンガはトウコが拾って、ベルに信頼して預けたんだろう。どうしてそう無責任に放り出そうとするんだ」「プラズマ団みたいな犯罪にまで手を出す組織に加わって、どうしようっていうんだい」


「うるっさいなあ。黙ってよ頭でっかちのバトル馬鹿」

「は!?」

猛攻をなんとか凌いでいたベルは、ようやく口を開いた。しかしそれは、返答でも呼び掛けでもない、単純な罵倒だった。

「そんだけ勉強して、同い年の女子<トウコ>にも敵わないって、才能無いんだね。一生懸命になっちゃって、チェレン格好悪いよ。」

チェレンは昔から、鈍いと言われていた。
それは聡いかではなく、人の気持ちに鈍感なのだ。人一倍周囲に気を使って優等生でいるのに、人並みに相手を理解することができない。自分の物差しでしか見られない、大人ぶった少年だった。

それでもチェレンは、住み慣れた町を出て、広い世間に飛び込んで、知った。自分の小ささを。


Nやプラズマ団の新たな価値観と出会い、トウヤの愛の深さを知り、道中のキートレーナー達に世界の在り様を諭され、いくらやってもトウコには敵わず、悟った。

自分の立ち位置から見えるものが総てではなく、時には見えないものの方が大切であったりすることを。


僕に見えているもの?
――僕は誰より強くなりたい

僕に見えていないもの?
――僕はなぜ強くなりたい?

―――誰かの前に立つために
――前に立ってどうする?

―――後ろを歩む誰かを導く、そのために


そのために、僕は強くなりたかった!誰より!



幼い頃、ベルが転んだ。チェレンが助けおこし、傷の手当てをした。
トウコは九九が覚えられなかった。チェレンは根気強く教えた。
トウコとベルが泣いていた。チェレンは二人をなだめていた。
彼はいつも、自分より弱い誰かを掬いあげようとしていた。





チェレンのエンブオーは、プラズマ団のポケモンを捉えた。ニトロチャージで限界まで加速した彼に、追い付けない相手はまずいまい。戦いの終わりはすぐそこだった。

「僕は、バトルが好きだ。だから、チャンピオンになれなかろうが、別に構わない。僕には僕の、したいことがある。それはトウコに勝つことじゃない!」

誰かを、導くこと。
今現在は、最愛の友人が踏み外した道へ、引き戻すことを。

「チェレンはすごいよ。トウコはもっとすごいよ。じゃあ、その二人の横にいるあたしは。あたしは、どうしたらよかったの……何もできないから、善いことをするしかないじゃん。それで認めてもらって、何が悪いの……」

「悪くなんてない。ただ聞きたいんだ。『それ』は、本当にベルがやりたいことなの?」

「傲慢!!あたしのことなんて全然眼中になかったくせに!最悪!しね!」


ベルの表情が強張った。追い詰められた彼女は、一押しで泣いてしまうだろう。しかし悪気からではなく、チェレンは彼女を泣かせたいと思った。


「それも、君の本意じゃないでしょ。君は、誰かを貶めて楽しむ人じゃない」


現に、君は泣いてる。



二人のプラズマ団員は、もはや足手まといと化したベルを置いて退却してしまった。膝を折り、泣き崩れる少女のもとには、まずフタチマルが駆け寄った。溢れ出る大粒の涙を懸命になめとっている。少女は途切れぬ嗚咽の隙間に、そっと本音を滑りこませた。

「あたし、やっぱりお別れなんてしたく、ないよぉ」






ねぇベル。悩んでいたなら、なんで僕達に相談してくれなかったんだ。


チェレンは彼女のずり落ちそうな帽子を外してやり、踞る幼友達を正面から抱き締めた。その柔らかな身体の震えが、直に伝わってきた。

「あぁ、僕たちが、自分のことに必死すぎて、見えてなかったからか」

顔をぐしゃぐしゃにしたベルの背中をさすりながら、チェレンは誰にともなく呟いた。

誰かに頼られる人間になりたい、支える力を持ちたい。
自分がもっと早くその気持ちに気付いていたのなら、何か変わったのだろうか。

「失敗と敗北を受け入れて、それでも顔を上げて生きられる。そんな人に、僕はなりたい。ベルは?いや、まだ無くてもいい。ゆっくり見つけていこう。見付かったなら、僕も聞きたいな」



ベルの涙が枯れるまで、チェレンは寄り添い続けた。
そして、南中した太陽に向かってエールを送った。


「トウコ、負けないで」







34.引導






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