30.障礙







「みんな、行くよ!」


チャンピオンロードの道は険しい。バッジゲートをくぐれば、そこは武士(もののふ)たちの巣窟だ。野生のポケモンも、集うトレーナーたちも、己の力を試したくてうずうずしている。トウコとそのパーティーも、そんな兵(つわもの)の1人だった。



「Nは私たちより早くジムをぬけていたはず。早く、リーグに辿り着かないと」

先日のテレビニュース以来、世界は「解放」をより真剣に考えているようだった。そんなときに、Nがチャンピオンとして語りかけてしまえば………
きっと世界はこのままではいられない。

「だから、私が、止める」
傍を走っていた三体も、強く頷いた。





ピピピッピピピッピピピッ
トウコのライブキャスターが、着信を告げた。

「はい、トウコです」

『もしもし、トウコかい?今何処?』

シッポウジムのアロエは、慌てた様子でトウコの所在を尋ねた。おそらく、プラズマ団がレシラムを手に入れているというニュースを聞いてのことだろう。

「チャンピオンロードです。Nを追っています。あいつを、止めないと…!」

『そうさね。こんな田舎町でも、解放を叫ぶ人が増えたってのは驚き。プラズマ団の影響は、確実に大きくなってるよ。
なぁトウコ、あんたは、ダークストーン、どうなったんだい』

「何も、ありません。どうしたらいいかもわかりません。竜螺旋の塔にも、双竜町にも、手がかりは見つかりませんでした」

『そう…、じゃああのNはどうやって?それが判れば苦労はナイね。わかった、やれる限りやってごらん』
「はい。きっと止めます」
『私たちジムリーダーも、できる限りサポートするから』

「はい!ありがとうございます!」


数少ない理解者であるアロエの激励を受けて、トウコはさっきまでよりも力強く地を蹴った。どんなエリートもベテランも敵わない瑞々しさが、そこにはあった。
先んじるものは追い越し、足を止めさせるものは迷いなく薙ぎ倒し、彼女は進む。


しかして彼女を真に立ち止まらせたのは、彼女の親友だった。


「やっほー、トウコ。待ちくたびれたよ」


「……えっ?」


ぴりりとした空気に一番馴染まない女の子が、ここにいた。


トウコはフキヨセでベルと別れてから、一度も会ってはいない。それに、チェレンですらトウコより後にソウリュウジムに行ったはずなのだ。どう考えても、ベルが二人を追い越せた筈がない。
それに、ベルの実力では、恐らくチャンピオンロードへは来られないはずだ。
親友に失礼な疑問を抱いたトウコだったが、それは顔には出さず言葉を返した。


「待ってたってことは、何か私に用事があるの?でも私、先を急ぐんだ。」


シャガが言うには、Nは昨晩ジム戦を勝ち抜いたらしい。もっとも、伝説の竜を目にしたシャガのドラゴンポケモンたちは、すくんでしまってろくに動けなかったらしい。名のあるトレーナーのポケモンですらひれ伏してしまう、そんな相手が世界を支配する力を持たないという方が無理だ。


「早くしないと、取り返しがつかなくなる…あいつを止めないと…」

「あいつ、って、N様のこと?」



トウコは耳を疑った。

N、様?ベルの口からその名前がすぐに出ることも不思議だった。彼と私の因縁は、ベルに話していない。たった一度、シッポウで会っただけのはず。それに、「様」だって。

「N様は今、四天王と戦ってるよ。もう三人倒したから、チャンピオンにたどり着くまであと少し。」

ベルの口からは、縷々と状況が語られる。どうして彼女が、そんなことを。

「ポケモンのための世界ができるまで、あと少しだよ。トウコがその邪魔をしようとしてるってことも聞いたよ」


ベルの瞳は真剣そのものだ。四肢にも力がこもり、体が強張っているのが見てとれる。トウコは一度だけ、こんな幼なじみの姿を見たことがあった。


「ベルは、人とポケモンがバラバラにされて、それでいいの!?伝説の竜を持つ人に世界を支配されて、それでいいの!?」


「うん」

かわいそうなポケモン達を救うため、ベルは迷いなくそう言った。
つまりは、ベルとトウコのやりとりは、Nと彼女がそうであるように平行線をたどってしまうのだろう。

「トウコは、ポケモンがいじめられても、それでいいの?ううん、おかしいよ。だからね、トウコにはN様たちの邪魔をしてほしくないんだ」

「ポケモンを愛するひと、人を愛するポケモンが、たくさん居るでしょう!虐待はいけない!でも、」

「でもじゃない。私は、力付くでもトウコを止めるよ。口論でも、ポケモンバトルでも、噛みついて、ひっかいて、すがり付いてでも」

「ベル……」


シッポウでのあの数分の会話でベルが受けた影響を慮らなかったことを、トウコは少し後悔した。彼女の闇を掬わなかったことを。身近な少女に巣くった絶望すら見えず、救えなかったことを。

しかしこの期に及んでは、ベルを倒してでも行くしかない。トウコの決意は、そういうものだった。

「「「逃がさないよ」」」

突如、岩の影から三人の男女が飛び出した。薄水色の頭巾の、独特な衣装。Nが率いている、プラズマ団だった。



「あんたを止めることを、ゲーチス様から仰せつかっている。そして、ストーンも渡してもらう。」






「そういう、ことか」

このときトウコはやっと、ベルがどうしてここに居るのかを知ったのだった。
そしてもう1つ、シッポウでベルがNに出会ったことの重大さを、今更になって漸く認識したのだった。




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