トウコがソウリュウシティについた頃、トウヤは未だセッカのポケモンセンターを出られてはいなかった。彼の手持ちたちを回復させてもらうのを待ち、3日ほどセンターに缶詰になっていたのだった。子供たちが唄う童謡も、あたたかな住人たちも、トウヤの胸には響かない。鬱屈した心は外にも出ず、ただ小さなトウヤ自身の中で渦巻いていた。


少年がポケモンセンターに篭りはじめて4日目の朝、レシラムと果敢に戦った三体は看護師たちの尽力により、ようやく回復するに至った。がしかし、そのトレーナー自身の精神は、快復していたとは言い難い。自らのエゴでパーティーを傷つけてしまったこと、そして、

「トウコ…」

最愛の妹に拒絶されたことを、いまだ受け止められてはいなかった。
背を丸めて額の下で手を組む様子は、あまりにも痛々しく、彼と最も長い付き合いのチコでさえ、どう慰めていいかわからないほどだった。


二人はライモンシティで再会して以来、片時も離れず旅をした。ホドモエの跳ね橋を渡り、ジムへの挑戦はトウヤがアドバイスをし、彼女の新しい親友にも会い、山越えをし、野宿をし、バトルをした。旅の中で、自分たちは別離の八年を飛び越え、過去の関係に戻れたと思っていた。

彼女が変わってしまっていたことを、頭では理解しつつも、自らの幼いままの精神が認められないのだった。

自分が彼女の全てで、彼女が自分の全てだなんて、もうそんなことはなかったのに。






愛を高く注ごうとすれば、高みに上り詰めてしまえば、そこから転落することは命取りとなる。
トウヤの旅の終着点であったはずのトウコに、彼は叩き落とされてしまったのだった。
どちらにも悪気はなくとも、恋というのはそういうものだった。










いつまでもセッカに留まるわけにもいかず、トウヤはウォーグルの「そらをとぶ」で、元々の目的地であったチャンピオンロードへと向かった。どんよりと曇った空を、ひくくひくく飛んだ。だから彼は、あの男の姿を視界に認めてしまった。



「お、おい、お前!N!」

先日トウヤをこてんぱんにした、トウコにつきまとう男がそこにいたのだから、トウヤが声を荒げるのも無理からぬことだった。

「……うん、君は、ああ、あの塔に居た子かな。何かボクに用かい」

Nはゆったりとした気品で足を止め、後ろに振り返った。青年のそれだけの仕草で、トウヤはなぜだか大きな劣等感を抱かされてしまう。しかもなぜだか、この男と話すのはまるで宇宙人と話しているかのように感じられるのだ。


「どうして、トウコ付きまとってるんだ。あんたよりよっぽど年下の、旅に出るのも遅いあの子を選んだんだ?」

トウコが持っていたダークストーンは重さこそないものの、少女が持つのにはあまりに不釣合に見えたのだ。もちろん、人々の伝説の理想という、その石が持つ意味を含めて。気まぐれで、誰でもよかったと言われるならばどんなに良いことか。そうすればトウヤは、妹からあの忌々しい石を奪ってしまうことを考えただろう。
しかしその考えが生まれることはなかった。



「あんなトレーナーをボクは見たことがなかった。彼女は、気高く、強く、優しく、他者の痛みを理解する稀有にして唯一無二の存在。彼女となら、最高の世界を創ることができる。ボクたちの強さと優しさが、世界を救うんだ。たとえ今は違う考えを持っていたとしても、きっと分かってくれるはず、」
「勝手にあいつを巻き込むな!」

Nの早口につられて、トウヤもまた語気を早める。体の焦りは脳に跳ね返り、頭に血が上っていく。

「自分勝手な考えを押し付けて、楽しい旅を台無しにして楽しいのかよ!七つも八つも下の女の子に惚れてるってのか?とんだロリコン野郎だな!」

Nは顔色ひとつ変えずに、ただため息をついた。

「君こそ、トウコに付きまとうのを止めたらどうだい?二人が古傷を舐め合うから、いつまでたっても血が流れ続けるんだよ」

「うるせえ!俺達は乗り越えないといけないんだ!辛い思い出を!消さないと進めないんだ!だから……」

「そうやって、傷痕を抉り合っているから膿が出る。向かい合っていれば辛い思いをするとわかっていたから、君達は二手に分かれたんじゃないのかい」

「それは、」

「傷付け合ってしまうもの達は、共に在るべきではない」



わかるかい、だから、ボクは人とポケモンを切り離すのさ。

「今の君の心には、『チコ』たちも手を焼いているようだ。自らの感情を制御することもできず暴走するトレーナーに、振り回されるポケモンたち。哀れなことだ」


そう言い残し、Nは去った。


「俺達は、傷つけあってなんか、いない」

トウヤはまた、立ち尽くしていた。










27.傷つけ愛






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