セッカからソウリュウへ向かう道は、湿原を越えれば後はよく舗装されている道程だ。足下を電車が駆け抜けるシリンダーブリッジを、トウコは一人で渡った。
独りといっても、彼女は2匹の気の置けぬ仲間を連れていたし、孤独というわけではない。旅慣れた少女はもう、独りが寂しいと泣く幼子ではないのだ。トウコは履き慣れた鮮やかな赤ソールの安全靴で、しっかりと地を踏みしめた。そう、傍らに兄が居なくとも。






25.忍ぶれど


話し相手がいないのは思えば久しぶりだ。ライモンシティでトウヤと再会してから、別離の日々を埋めるように兄妹二人はずっと一緒にいた。
それが、今は1人だ。私を庇護しようとした彼を突き放して、独りで進んでいる。きつく言い過ぎたかと、少し謝りたくなる。




考え事をしていると、前を歩いていたジャンが足を止めた。長い尾でトウコの歩みをやんわり止め、一歩前へ出る。彼の警戒の仕草に、トウコも身構えた。

叢に忍びながらも立てた小さな刃擦れの音が、少女の耳に届いたのかもしれない。華奢な身体に悪寒が走った。本能的な怯えを体現して不吉な金属音を響かせながら、端の茂みから赤色のポケモンが跳び出た。瞬間、トウコは自分の血の気が引くのを感じた。


「……!速っ!」

硬直していた彼女は、ジャンの尾に押されたお陰で辛うじて刃をかわす。どわっ、と血が細い血管を駆け巡り、頭と体が沸く。本能にキザまれた恐怖というものは、こんなにも身を縮ませるものなのか。


「コマタナ…?いや、キリキザン、ね」


Nのレシラムのような圧倒感はない。ジムリーダーの元のポケモンたちような洗練された威圧感もない。いや、私はそのポケモンたちに出会っても、ここまで精神が揺さぶられることはなかった。ただ今は、怖い。

赤い兜のような鋼の隙間から、鋭い瞳と視線がかち合う。恨むような冷たい目線に、脊髄が凍る。幼いトウコの胸に傷を刻んだコマタナの、その進化形であるキリキザンは、身体に纏う刃の数もまた段違いだ。

昔、幼い彼女が嫌悪や羨望の的となり、感情に取り憑かれたこどもたちの凶刃に倒れたことは、色鮮やかな記憶として少女の脳に刻まれている。戦う術を身に付けたからといって、恐怖が消えてなくなるわけではないのだ。
そして結局「あの時」と同じように、やはり隣にトウヤはいない。握り返してくれる熱い掌は無い。


閉じた筈の、何時かの胸の傷がじくじくと痛んだ。開いたかと視線をやっても、タンクトップは白いままだ。トウコは悪寒で身体中に嫌な汗が滲むのを感じた。そしてその冷たさと湿り気が、まるで流血のような恐怖を沸き起こすのだ。



『苦手な相手に向かってく必要はない、』

そう言ったのはポッドさんだったか。ハチクさんだって言っていた。タイプを限定したパーティーを組むジムトレーナーたちにとっては、相性は死活問題なのだろう。

じゃあ私は、嫌なものから逃げて、いていいのか。
ポケモンを虐める大人からも、私を苛めた子供たちからも、Nからもレシラムからも、逃げて、逃げて、



「良いわけないッッッッ!!!」


絞り出された声は苦痛に満ちていた。トウコはジャノビーを下がらせ、シャンデラを繰り出す。先の氷のジム戦と同様に、鋼タイプの相手には有利な選択だ。

「アカリ!だいもんじ!!」

赤い相手は駿馬のように素早く走り、技を軽々と掻い潜る。そしてこちらの隙をみて、シャンデラが苦手とする「悪」タイプの技を打ち込んでくる。

恐れと焦りで平熱を失ったトウコは、これでもかと力押しの戦術を通そうとして削られていった。頭に血は上り、手足は血を失って冷えていく。目眩すら感じながら、トウコは攻撃を繰り返した。




技が当たらない。でも炎技でないと意味がない。もう一度だいもんじ?うそ、いや、私また、やられる?
斬られる!!!!!!!








あの時と同じように、また、私は変わりもせず。

逃げられもせず、ただ耐え忍ぶだけなのか。

昇り来る恐怖に。ぐらぐらと、視界が揺れた。











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