23.変える














ボクは、どうしてこんな目に遭っているのだろう。



齢十そこいらの男児が、カラフルに彩られた小部屋の隅に、膝を抱えて座っている。鮮やかな新緑の髪はぼうぼうに伸びきり艶もなく、半ズボンから伸びる性徴のない脚は傷だらけだ。それも、サッカーで転げ回ったような擦り傷ではなく、爪で抉ったり、鋭利なもので裂かれたり、焼かれたり、鈍器で殴られたような痕なのである。

男児は、瘡蓋のできそうなじゅくじゅくとした傷を爪で弄った。
「痛い」
呟きを聞いて、手を差し伸べる者はいない。ただ、彼が縮こまる部屋の反対側に、古傷を負ったポケモンがいた。それは、男児を管理する男によって連れてこられた、トレーナーに虐待を受けていたポケモンたちだった。


“彼らの痛みを理解し、この世界には何が必要なのか、考えなさい”


本当に傷が痛むのは、ボクではない。彼らなんだ。受けた痛みを、傷をどうしていいかわからなくてただ怯えている彼らは、何も悪くない。

少年はその若さにして、痛みをこらえることを、そしてそれが何にも替え難く辛いことを知った。










「大丈夫かい?もう、怖がる必要はないよ。君達はここで、ポケモンだけで、安穏に暮らせるんだ」
ポケモンの意思を汲み取ることができるようになり、少年の世界は広がった。手負いの獣が発作を起こすまでの暇潰しの書籍以外に、他人と交流する種ができたからだ。彼らの生活を労い、慈しみ、共に穏やかに眠るようになった。
手負いのポケモンは、少年との交流によって気性が落ち着くと、またどこかへ引き取られていった。そしてまた、際限なく新しい傷を持ったポケモンが運ばれてくるのだ。それは、いつも同じ長髪の男によって行われた。


“彼らの痛みを除くために、何を革命すべきかを考えなさい”


自分の部屋から出ていくポケモンがどうなるのか、少年は知らなかった。ただ、彼らが教えてくれた前の生活よりは良いものだろうと、信じていた。














そして幾つもの季節が過ぎ(それは部屋に籠る彼にはわからなかったが)、少年が接したポケモンが600にも近くなろうとしたとき、緑の長髪の壮年の男はまた問いをかけた。

“革命には、何が必要か答えなさい”

小さな男の子は、すっかり大きく成長していた。欠かさず与えられた栄養剤は、十全な年相応の身体を作った。用意された古今の膨大な書物は、高等の知識と知恵を授けた。何一つ、足りないものなどなかったのだ。

「世界を従わせる、圧倒的な理論と、力を。ヒトの倫理と正当性を刺激する思想と、逆らう気も起きなくなる権威と実効力を。それを持つものは、世界を革新する事ができる」


“このイッシュでそれを実現するには?”


「人に虐げられる、罪なきポケモンを解放させる。ポケモンはポケモンの中でこそ、幸せであることができる。ボクはチャンピオンとなり、全世界に号令をかける!」

それは、その男子が初めてヒトと会話した瞬間だったのかもしれない。




『よろしい』
戸口に立っていた、萌木の長髪の男は、恭しく片膝を床についた。右手は、床に、左手は膝に、うつむいて厳かに言葉をつむいだ。

『N様こそが、我々の王。真の王の導きに従うが民。世界を革命する英雄には、相応しい友が必要です。伝説にその名を残す2柱の竜が、あなた様の崇高な志をお助けになるでしょう』

Nと呼ばれた青年は、すくと立って、跪く男の前で歩みを止めた。
その動きに、かつての怯え震える少年の影はない。





「ありがとう、ゲーチス。ボクは世界を統べ、世界を変える英雄となる!」

しかしどこまでも、その瞳は無垢だった。






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