「仕方ないな。いいよ、レシラム」
その言葉を待っていたかとばかりに、大竜は首をもたげ、畳まれた翼を惜しげもなく広げた。トウコは思わず、その美しさに目を奪われた。

窓から差し込む光に、レシラムの翼がきらきらと輝く。光の筋が作る金粉の中で、その白さが一際異彩を放つ。

「真実を見ようとしない者へ、教示を。逆鱗」

ザワザワザワッ、と音を立てて竜の身体中の体毛が逆立ち、尾からは炎が上がった。大竜は痛みに耐えるかのように、尾で周囲を薙ぎ鋭い爪を備えた翼を振り回した。

その場に居たものは、ポケモンも人も、みな総毛立った。
「みんなッ、逃げてー!」
「コジョ、チコ!アース!!」


とてつもない質量を有した竜の身体が、空間を根こそぎ穿った。空中で身動きが取れなかった2体はもとより、地面にしがみつこうとした1体も、ドラゴンの尾の一振りに宙へ投げ出された。

「いやっ!だめー!!」

それは余りにも圧倒的故に、あっけなかった。トウコがいくら叫ぼうとも、時は止まらない。もう手持ちの仲間たちがぴくりとも動かないとしても、ドラゴンが動きを止めないのだから、トウヤたちにだって分かる。隣の兄が動かなくとも、もうトウコは走り出さずには居られなかった。無言でジャノビーを呼び出し、レシラムへと走った。竜の動きをかいくぐり、三匹の救出に向かう。

唖然として砕け散った信念や自信を噛み締めて立ち尽くすトウヤだったが、視界に妹の背中が現れたことで意識が引き戻された。

「トウコっ…」










「どうして、あんな危険なバトルを仕掛けたの。なんだか、トウヤらしくない。あなたはもっと、」

トウヤは少しだけ、『あなた』という距離感に寂しさを感じた。塔から戻った二人が休む、セッカシティのポケモンセンターは閑散としている。地方一都市のここに春に訪れる人はジム目当てくらいだ。少女と少年は、少しだけ間を空けてベンチに座っている。

「俺なんかより、トウコが危険な目に遭うのが我慢できなかった。守らなきゃっ、て。せっかく、やっと、また会えたのに、俺はまた、お前を守ることができないなんて。ごめん。俺に力がなくて、ごめん。ごめん。」

少年は膝の上で手を組み合わせ、許しを乞うかのように頭を垂れた。
汗でぐっしょりと濡れた髪が、キャップの跡を残している。その兄の姿が、なぜだかトウコには哀れに思えてしまった。

「そんなの、困るよ」

目を見ることはできないけれども、少女は続けた。

「昔のことだって、あたしは、お兄ちゃんに助けて欲しかったなんて、全然思ってない。もちろん、恨んでもないよ。あの時トウヤはあたしの全てだったけど、今は、違うよ」
それに、謝るべき相手は私じゃないよ、と言ってトウコは立ち上がった。三匹の経過は悪くないが、数日治療が必要とのことだった。

トウコは足を止められない。目を閉じれば、Nの嘲笑が浮かぶ。やはりトレーナーは身勝手だと、そう悲しそうにひそめられた眉が、辛かった。








22.困るよ、違うよ





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