フキヨセで、トウコがベルと交換したのは♀の「ランプラー」だった。名前はアカリ。彼女がヒトモシだった頃に命名されたらしいのだが、進化を経た今でも、その名は体を表していた。笠つきのランプから漏れる、淡いバイオレットの光が、涼しげに辺りを照らすのだ。


そのアカリを先頭に、私、トウヤ、チェレンの3人はネジ山を進む。薄暗い洞窟は、冬でなくても肌寒く、迷ってしまえば生死に関わるだろうことが想像に難くない。

「大丈夫だよ、穴抜けの紐も用意したからね」
私の不安に気付いたトウヤが、優しくなだめてくれた。
アカリが先頭をきって道を照らしてくれることが、どんなに頼もしいだろう。私の道をも照らしてくれたらいいのに、と意味もないことを考えつつ、トウコは湿った洞窟内で慎重に歩みを進めた。




トウヤ、トウコ、チェレンの三人は、ネジの切っ先にあたる、洞窟を出た吹き抜けのような谷底に到達した。切り立った急勾配の崖に囲まれた谷は狭く、雪が積もれば埋まってしまいそうだ。


「おや、」


そしてそこに居たのは、黄緑の髪の男、Nだった。隣にはもう一人、同じ髪色の壮年の男が立っている。
Nの存在に最初に気が付いたのはトウコ、次にチェレンだ。トウヤも、二人の反応から知り合いであることを察するが、到底理解することはできない。あの青年が、最近巷を賑わすプラズマ団の王であること、伝説の竜の御身を手にしていること、トウコの宿命のライバルであることは。


こちらの存在に気が付いたNは、躊躇いもせず話しかけてくる。隣の男性はやや眉をしかめたが、何も言いはしなかった。

「キミか。久しぶり。首尾はどうだい?」

「特に変わったことはないわ。私にも、『あの石』にも」

トウコも負けじと、眉ひとつ動かさず応じる。つん、と吊られたようにまっすぐの背中は、どこか虚勢を張っているようだった。状況を飲み込めないトウヤはただやり取りを聞いていたが、チェレンは強い語気で緑の青年を糾弾した。
「貴方は、プラズマ団の首領なんだろう?今君たちは、ポケモンの窃盗・強盗及び同未遂で手配されている。イッシユ警察に連絡させてもらうよ。僕は敵わなくとも、」

チェレンがライブキャスターを起動したところで、ようやくNの隣にいた男が動き出した。物腰は丁寧だが、その言葉にはある種の威圧感がある。不可思議な柄の時代錯誤なマントを翻し、Nとトウコたちの間に立った。

「ふむ。N、ここは退散しましょう。アナタの身勝手な行いが、私たちの計画に支障を来しています。これ以上は…」

「あぁ、わかっているよ、ゲーチス。それじゃ、トウコ。ボクはリュウラセンの塔に行く、あそこは古の竜を祀る場所だ。歴史に忘れ去られた建造物だけども、ボクらにとっては特別な場所だ。」

リュウラセンの塔。初めて聞くその地名を、トウコは必死に頭に刻み込んだ。対してNは瞳で、わかるね、とトウコを見つめてから踵を返した。特別な意味を込めた目配せに、トウコは目を逸らすこともなく応じる。そして彼の背中を射るように、視線を送っていた。

「ボクは負けるつもりはないよ。ただ、勝負はフェアにしたいだけさ」

「奢らないことね。私だって、負ける気はないんだから」

トウコの性分が、強い言葉を口にさせた。アカリや、チェレン、トウヤが不安そうな顔をこちらに向けている。しかし、トウコの腰のボールの中にいるジャンだけは、力強く彼女を応援していた。





「それじゃ、また」


目的地は決まった。




19.光明






チェレンは相変わらず知りたがりで、矢継ぎ早にトウコに質問を繰り返した。洞窟の中に、苛つき混じりの声が響き渡る。それに辟易していたトウコは、生返事を返していたが、

「トウコ、もう俺も黙っていられないよ。彼との間に何があるんだい」

トウヤの深刻そうな一言に、彼女もはぐらかすのを諦めざるを得なかった。久方ぶりにまみえた妹であり想い人である少女の身に起こることを、トウヤが黙って見ていられるわけはないのだ。幼い頃の、自らの不注意を悔いているこの少年は。
アカリも、ゴーストタイプらしく先頭を漂いつつ、ちらちらとこっちを伺っている。彼女もまた自身のトレーナーの身に起こっていることが気になっているのだ。

「私は、あのNというプラズマ団のリーダーから、これをもらったの」

斜めがけから取り出したのは、手のひら大の黒い黒い丸い石。意味ありげにくるりと球を周る刻みが入っている。

「それは…?」

「ダークストーン。古の伝説の竜を宿しているそうよ」

アロエさんの博物館から盗まれたものの1つだ、と言うと二人とも血相を変えた。

「そんなの、早く警察に渡さなきゃ、トウコまで捕まってしまうんじゃないのか!?」

「俺も同感だ。どうしてそんなものを持ち続けているんだよ」




私は、旅なんて、どうでもいいと思ってた。研究所でツタージャを選んで、名前をつけて、初めての一人きりの旅を始めた。
けれど気付いてみるとそれは、一人きりなんかではなく、いつも隣に、ジャンがいた。何に立ち向かうにも、二人で歩んでいた。自分とは違う思想に出会って、自分の過去に出会って、いつの間にか、私は私の旅が大切なものに思えていた。

私はジャンと歩み、エモやアカリと出会い、だからこそ、

Nと対立した。


いつの間にか大切になっていたのは、旅そのものではなくて、ジャンたちと歩む日々だった。それは、私を成長させてくれるもので、自分と向き合う強さをくれた。

それを失いたくないから、私は「彼」の理想を受け入れられない。酷い現実だって知った。でも現実は、悪いことばかりではないでしょう?

虐げられていたエモンガ。
新しいトレーナーと出会い、笑顔になるエモ。


呼び起こされる辛い記憶。
それに向き合える心。





洞窟内を進むには、アカリの能力と、ジャンの力が不可欠だった。ダンゴロなど、地面タイプのポケモンを退けるには、草技が効果的だったためだ。
そうしてあらためて、自分は弱い存在だと気付く。他者<ポケモン>がいなければ、何もできないのだと。彼らと離れて生きる社会は、どれだけの可能性を亡くすのだろう。
自分勝手な願いなのかもしれないけれど、でもそれでも、


「私は、彼がいうような世界には居たくない。だってあたしは、この子たちと一緒にいたいから。それだけなんだ」




それだけは、譲れないんだ。





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