イッシュ建国譚の竜と英雄の伝説は、学のないトウコでさえ知っている。この「ダークストーン」に、本当にその竜が封じられているのなら、世界を揺るがす大ニュースだ。しかし、撫でても語りかけても叩いても、手の中の黒い石は反応を示さず、黙したままだった。モンスターボールよりも少し大きいくらい、無骨な黒色と大理石のような手触りが、重厚感を醸し出している。これが本物だとしても、どうすれば封印は解けるのか、呼び出したポケモンはトウコに従ってNと戦うのか、それも未知数だ。未知数に未知数を掛けるような、まったくもって不安定な状態にある。ようやく自分のルーツの記憶を取り戻したところで、Nとの戦いを受けたトウコに、すぐに進むべき道を見つけろというのも酷な話だ。


そして今現在、目の前にある空に垂直に延び上がったホドモエ跳ね橋は、彼女たちが先に進むことを許さない。船の通りの激しい時間帯に当たってしまったらしく、開閉に時間のかかる跳ね橋は、上がったままなのだ。


「トウコ?」

聞く人を安心させるような、この声はトウヤのものだ。振り向けば、ライモンで会ったときと何一つ変わらない様子で、彼は立っていた。足下には、二人の昔からの友達の、チコリータを連れている。

「トウヤ、チコ!この間はごめん。私、ちょっと混乱しちゃって」「いいよ」
彼の発言はトウコのそれを遮るものだったが、冷たい感じは全くしない。
「トウコは記憶を無くしてる、って知ってたから。俺たちのこと、思い出してくれて嬉しい」
そう言って、彼はトウコを抱き締めた。それはゆっくりとした動作で、まるで彼女が腕の中にいるのが奇跡のような、それでいて自然のような趣があった。

「苦しいよ、トウヤ?」
込み上げてくる想いを口にする代わりに、トウヤは力強く彼女を抱き締めた。

トウコが家族の記憶を取り戻すこと、それは同時に辛い記憶を呼び起こすことだったが、トウヤにしてみればこんなに嬉しいことはない。愛する人を守れず、ましてや彼女に存在を忘れられ、彼がどんなに嘆いたのかは想像に難くない。愛する少女の悲しい記憶を引き出さないようにするため、トウコは母と、トウヤは父と引っ越すことになった。会って思い出して欲しい、思い出さず幸せになって欲しい。切ない二律背反が彼の心を締め上げていた。

ようやくトウヤの腕から解放されたトウコは、はにかんだように笑う。昔よりも一段と美しいその笑顔に、トウヤは思わず顔を紅くした。それを少女に悟られないよう、彼は帽子を直すふりをしながら饒舌になった。

「久しぶりに少し、一緒に歩こうよ。俺もソウリュウシティに用があるんだ。トウコはジム制覇の旅だろ?ここから西回りで行くよな」
「うん、トウヤがいると心強いよ」



二人は腰を下ろし、しばし跳ね橋が降りるのを待った。他にも数人、「橋待ち」の人が見受けられる。そんな暇をもて余す人たちを楽しませようと、大道芸人やミュージシャンが集まってきた。
「なぁトウコ、あれ、見てこない?」
「そう、だね。ジャンもエモも、出ておいで。一緒に見よう」
逡巡しつつも、トウコは立ち上がった。


本当は、はやく、次の町に行きたい。はやく、強くなりたい。強くなってあの人を止めなければ、世界はきっと変わってしまう。
橋よ、どうか、はやく。



17.橋よ、どうか





トウヤは、隣にいる愛しい少女の横顔を見つめていた。目の前で繰り広げられるショーよりも、彼女の方がよっぽど魅力的に思えたからだ。

やっと再会できた彼女と、二人で歩いたり、パフォーマンスを見たり、まるでデートじゃないか。お互いの手持ちのポケモンたちも、仲良く楽しんでいる。彼女に会おうか会うまいか悩んでいた俺が、バカみたいだ。
こんな穏やかな時間が、ずっと続くといい。橋よ、どうか、上がってくれるな。









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