美しい円運動の軌跡上で、ボクたちの対局はこうして決定した。 ひとつ、互いがポケモンリーグを勝ち抜き、チャンピオンの座をかけて対戦すること。 ふたつ、その時までに、両者は伝説の竜を目覚めさせること。 みっつ、その時までは、いかなる妨害も許さない。 「イッシュ建国譚は知っての通り。その昔、一体だったドラゴンは、真実と理想を求める二人の英雄に引き裂かれ、互いに戦い、石に帰したという」 それがこの珠、ダークストーンとライトストーンだ。 人間とポケモンの共存のため、世界は隔離を選ぶか混濁を選ぶのか。相容れぬ信条を抱えるボクとキミにこそ相応しい。 「トウコ、ボクを、止めてみせろ…!」 「ええ、絶対負けないわ」 天頂に昇りきった観覧車の中には、人影が二つ。髪の長い青年と、ポニーテールの少女。それから、二人の間に言葉はなかった。ただ視線を交わすだけで、お互いの道が真逆であること、そしてそのどちらの道も愛ゆえであることが直ぐに通じていたと思う。 観覧車を下りると、プラズマ団員が僕を待ち構えていた。 「Nさま…こちらに居られたのですか!」 「ストーンを持ち出されては困ります…早くお戻りを」 「あぁ、すまないね。それじゃ、トウコ、また先の街で会おう。君は君の理想のために、僕は僕の真実のために」 緊張を隠して、何でもないかのように不健康な色の右手を差し出す。誓いのためだ。同時にこの強い女の子に触れてみたいと思った。 「お互い、幸運を」 日に焼けた、華奢で細い指は、思っていたよりずっと熱かった。 「こんなところにいたのか!プラズマ団!」 Nとトウコの手が離れた瞬間、チェレンが飛び込んでくる。後ろに控えていたプラズマ団員の二人は、Nを庇うように立ちはだかった。 「人のポケモンを盗もうとするなんて、許さない!警察に出向いてもらう!」 「無理な相談だよ、少年。Nさま、ここはお逃げを…」 いや、とNは否定する。団員の構えた腕を優しく押さえ、自らが前に出る。 「君タチの活動には感謝している、悪しきトレーナーから解放しようとしたのだね。行きたまえ、ボクもすぐ後を追う、約束するよ」 「は、ははぁっ!」 団員は最敬礼をすると、パークから走って逃げ出した。 「君がNか、やはりプラズマ団と関わりがあるんだな。トウコに近づくのは止めてもらおうか」 チェレンが怒気を含んだ声で、Nを威嚇する。それが引き金となり、二人のバトルが始まった。チェレンの歩が悪い、結果、Nは余裕で勝利をもぎとってみせた。 「トウコ、君に誓って、僕はこんなところでは負けないよ。君とはチャンピオンを懸けて戦う。それじゃ、またね…!」 最後の言葉は対戦者であるチェレンにではなく、トウコに向けられたもの。チェレンは訳が分からず、トウコにもNにも何を聞けばいいのかすらわからない。Nが飛び去ったあとになって我に返り、トウコに強く詰め寄ることになる。 15.隔離と混濁、白と黒 「もしもし、アロエさん?」 一悶着のあと、トウコは約束していた通り、アロエに連絡をとった。盗まれた二つの石の行方を報告するためだ。 『うん、うん、そうかい…!やっぱりプラズマ団が。ありがとうね、トウコ』 「いえ…それと、石の行方のことなんですが、ダークストーンは、今、私が持っています」 これは最もトウコが迷った伝達だった。言えば、石は取り上げられるだろう。それは今後、私がNと対等なライバルではいられなくなることを意味する。ライブキャスター越しのアロエにも、私の表情は見えるだろう。しかし、アロエへの恩や、その研究への情熱を知っている以上、彼女に本当のことを伝えなければならない。 『なんだって!?どうして…!』 「プラズマ団が、私は特別だと、戦いたいと言って渡してきました」 『トウコ…あんたは、それを受けたのかい?』 無言の肯定。アロエがにわかには信じられないのも無理はない。彼女は腕を組んで、思考する。 「シッポウに返すのが筋だとはわかっています!でも私は、彼らを止めたいです!そのために、もし伝説の竜が力を貸してくれるなら……!」 アロエは目を閉じ、しばらく黙ったままだった。今にも、トウコに使いを出そうと準備しているのかもしれない。ところが、次に声が聞こえたとき、それはトウコの予想とは異なるものだった。 『分かったよ。プラズマ団の解放思想は知ってる。そして、あんたはさっき、石が拍動するのを感じた、と言ったね。それは長年の研究では起きなかったこと。石が、あんたに応えてる証かもしれない、そんな言い伝えもあるしね』 アロエの、トウコに対する信頼は並々ならぬものだった。それは、アロエが少女にトレーナーとしての将来性を見い出したからだけではない。トウコが、初めてアロエを見た時に驚かなかったからだ。大抵のトレーナーはこう言う、黒人でしかも女性ジムリだなんて珍しい、と。アロエはそういう目を知っている。 しかしトウコは、そんな色は全く見せず、堂々とアロエに挑んだ。それは彼女の幼さ故ではない。区別視の痛みを知っているからに違いない。 『身に危険を感じたら、すぐ言うんだよ。誰かがそれを狙ってるかもしれない。頑張るんだよ。』 「はい!」 アロエは自身のマイノリティ的苦労から、前例がないから、珍しいから、といった理由では、物事を判断したくはなかった。だから、自分の判断が命取りになるかもしれないとわかっていても、強い意思を持った少女を応援したのだった。 |