トウコは、幼いときの記憶を失ってしまっていた。だから彼女が持っていたのは、カノコタウンに引っ越してからの記憶と、母の話だけだった。母が言うには、私は前の町で周囲の友達とうまくいかなくて、カノコに引っ越すことにしたらしい。記憶は、引っ越し前に事故に遭って、無くしてしまった、と。

しかし、それは私が求めた必要十分な話ではなかった。何故、どんな事故に遇ったのか。私の何がいけなかったのか。母は決して話すことはなかった。

しかし今になって思えば、そのストーリーは、やはり母から語られるべきではなかったのだろうと自覚する。トウヤと別れて、次第に鮮明化する記憶がトウコを苛み、それを訴えていた。



「トウコ、学校いこう!」
「うん!チコもおいで〜」

幼い私たちは、どこへ行くのも一緒、遊びに行くのも、学校に行くのも一緒だった。手錠で繋がれているんじゃないかと思うくらい、私はトウヤと手を繋いでいた。

「じゃあ、また、放課後ね」

兄妹の垣根なんて無く、垣根という概念すら持たず、私たちは指を絡め合い、互いの身体に触れ、唇を合わせた。


「ねぇ、あれ、トウヤくんとトウコちゃんじゃない?」
「うそ。キスしてる、よね」


私たちの関係は、簡単に明るみに出た。元々隠す必要すら認識していなかったために、人目を憚ることもなかったのだ。私たちの心が幼すぎた。きっと3、4才なら許された。そしてそれが暴かれてから、私たちは暗に陽に特別視されていった。孤立を深めて尚いっそう、二人の絆は強くなった。依存した、と言う方が正しいのだろうか。



幼いのに珍しいポケモンを持っている。
兄妹でいけないことをしている。
生意気だ。


周囲の共通認識は固まりだし、疎外は阻害となり嫉妬は叱咤になり特別視は蔑視になる。

それでも私たちは変わらなかった。


「あんたみたいなブスが、トウヤくんにいつまでもしがみついて、ばっかじゃないの」
「ブラコンってやつ?信じられない」
「親に愛されないからって、兄妹でエッチでもしてるんでしょ」

繰り返されたその言葉に、私は我慢が限界だった。口の達者なクラスメイト掴みかかっていくと、後ろにいたチコも、私に続いていた。

「いやぁ!きゃー!信じられないコイツ!ポケモンけしかけてきた!」

「トウコ!?何やってるんだお前ら、トウコから離れろ!!おい、チコももう止め、」

「助けて!コマタナ!あいつをやっつけて!」


技を使わないチコリータにぶつかられたって、その子たちはアザ程度で済んだ。しかし、もしも相手がコマタナだったら、触れるだけで切れる。そしてその腕が悪意を持って振り上げられたならなおさらだ。トウヤが駆けつけたって間に合わない。そして私の記憶は、そこで切れる。






「トウコ!あなた、町外れで血だらけで倒れていたのよ!」
「母さん、ごめん、俺がトウコを守ってやれなかったから…!」


「なんのこと?」


私の頭は大好きなものも、大嫌いなものも、おんなじに忘れることにした。





12.忘却




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