エモンガ事件の後、トウコがポケモンセンターで目を覚ますと既にNはそこにはいなかった。挨拶もなしに出ていくあたりも、彼らしいとトウコは感じた。深く人と関わらず、彼が心を開くのは何よりも大切にしているポケモンたちに対してだけなのだ。 そしてヒウンシティのジムを制覇した彼女は、砂嵐の街道を通り抜けて、ライモンシティに至る。その中央に位置するギアステーションで、会ってはならない人と、再会することになるのだった。 * ライモンに到着した私は、かの有名なバトルサブウェイに足を運んだ。その中心、ギアステーションは、ポケモントレーナーが腕試しに集まるメッカのような場所らしい。トウコのパーティーは出発の時より一体増えて、ツタージャのジャンと、エモンガのエモだ。これまででかなり経験は積んだものの、それは手加減したジムトレーナーや、初心者トレーナーばかりとだった。街で時たま見かけるような、鮮やかなジャージと髪が目立つ、エリートトレーナーの資格者なんかとは戦えてすらいなかった。 「こんにちは、バトルトレイン受付です。ご利用は初めてですか?」 「はい、乗ったことは、ないです」 「では、マルチトレインがお勧めですよ。マルチでは、二人組でバトルを行いますから初心者の方もトライしやすいでしょう」 マルチバトル自体が初めての体験なのだが、興味はあった。他人と協力して戦うって、どんな感じなんだろう。 もしかしたら、すごく強い人と組めるかも!そうしたら、アドバイスなんかもらったり、あわよくばサブウェイのボスに勝てるかもしれない。ポイントを貯めれば、良い道具ももらえるらしい。 「では、受付は以上です。パートナーなしでのご登録ですので、こちらで組ませて頂きました。今回のパートナーは、トウヤさん、同い年の方ですよ。」 エリートトレーナーを期待していた私にとっては拍子抜けのバディであったが、何か引っ掛かる。 名前が似ている。名前が似ている名前が似ている名前が似ていて、同い年? 一瞬、何かが頭をかすめた。その正体を探りつつも、私は乗車券を受け取ってホームへと向かった。こうこうと照明が点いている筈なのに、何故か押し込められている気分になる。階段を下ると、駅員の隣に一人の少年が立っているのが見えた。 「やぁ、初めまして。俺トウヤ」 握手を求めてきたのは、キャップを被った、14、5才の男の子。 なぜだか、会うのは初めてではない、と思った。 「よろしく、私はトウコっていいます」 「トウ、コ…?」 向こうも、何か驚いた顔をしていた。もしかしたら、私を特別視しているあの男、Nの仲間なのかもしれない。 「名前が似てますね、私たち」 「う、うん、そうかもね。じゃあ今日のパーティーを決めようか!」 トレインの発車ベルが響いたからかもしれない、トウヤは話を切り換えて、乗車を急かした。 滑るような走りだしで、電車はホームから遠ざかる。私は勿論ジャンとエモ、トウヤはバニリッチとドリュウズを出した。 バトルが始まって、これは確かに1人では怖かったかもしれないと思い立つ。電車すらまともに乗った経験がない私は、ぐらぐらする足元とぎらぎらするトンネル灯に身体を強ばらせてしまっていた。隣に立つトウヤは、遅い旅立ちの私より年季がある分頼もしい。二人組であることに、ようやく安心感を得る。 エモ、アクロバット! ドリュウズ、じしん! 初めての割りには、コンビネーションは上々だった。手持ちの多いトウヤがトウコに合わせる形ではあったが、首尾よくマルチバトルをこなしていた。 「トウコちゃん、もしかして旅に出て間もない?」 「そうだよ、まだ1ヶ月弱かな。どうしてわかったの?やっぱり、あたし弱いかな」 「ううん、よく育ててると思うよ。ただ、緊張してるなって思って。よく、お腹触ってた」 「あ、緊張すると触っちゃうんだよね。恥ずかしいなぁ」 ベルにもチェレンにも、それを指摘されたことはなかった。あまり緊張する機会がなかったといえばそれまでだけど、トウヤの観察眼には驚いた。 「そういえば、トウヤくんってチコリータ持ってたよね?珍しいねー」 「うん。チコとは、小さい頃からずっと一緒なんだ」 どきん あたしもだ、と何故だか無意識に思った。ぼんやりとした意識の先に見えるのは、緑色の、葉っぱを持ったポケモン。それは、ツタージャではなく、…チコリータ? これは夢、それとも、 あたしが失っていた記憶!? 「その、トウヤくんのチコリータに会わせてもらってもいいかな」 「…後にしよう。次のバトルがある」 なぜか、彼は口を開かなくなった。協調が覚束なくなった私達は、次の一戦に負けて、ターミナルに戻ることになった。誰もいない車両にふたりで揺られ、サブウェイの主に会うことも叶わず、中央駅に帰り付いた。 「トウコちゃん、ごめんね!最後、俺ちょっと体調悪くなっちゃったみたいでさ!」 「ううん、そんな!私こそトウヤくんに頼ってばっかりで。もっと、強くなってから来るね」 「何言ってるんだよ!俺すごい楽しかったし!また今度、一緒に挑戦しよう。それから、」 それまで笑顔だったトウヤの顔から、笑みが消える。真剣な表情で、私に向かい合った。何かを堪えるような、きつい表情だった。私にはもう、その意味も予想がついている。 「チコ、おいで」 トウヤのモンスターボールから放たれたチコリータは、一瞬放心して、次の瞬間、トウコに飛びついた。トウコは、それが当たり前かのようにチコリータを受け止める。彼女の腕に収まったチコリータは、甘えた声を出した。 「チコがなついてるってことは、やっぱりな」 「うん、そうみたいだね、トウヤくん。ううん、トウヤ。君は、私のお兄ちゃんだ」 10.再会 |