「わぁ、お」



シッポウタウンは、風情ある町並みで有名だ。木造の、年月を感じさせるシックな色の建物が軒を連ねていた。
ここにはノーマルタイプのジムリーダーがいると聞く。陽も落ちていたので、今日はここで休もう。私はポケモンセンターに向かった。

「あれ、トウコだぁ」

そこにいたのは、ベル。共にカノコタウンを出た友達だ。

「ベル、早かったんだね。のんびり屋さんだから、まだカラクサかと思ったよ」

「シッポウタウンは憧れだったからね!もう、一直線に来ちゃったよ」

普段のろまで、頭の弱そうなこの子だが、好きなことには素早く、詳しいのだ。

「明日は博物館に行ってみようかと思ってるんだ!トウコもどう?」

「私は…ジムに挑戦してみようかな」


ベルはサンヨウのジムは飛ばしたらしい。ジムをまわる順番は決まっていないし、旅の目的がジム制覇でないのなら、別段おかしいことでもなかった。


「ねぇトウコ、プラズマ団って知ってる?」

「え、」

「最近、テレビでよく写るの。ポケモンの解放を訴える団体なんだって」

たしか、カラクサで講演をしていた人達がそう名乗っていたような、とトウコも思い当たる。

「ねぇ、私たちトレーナーって、ポケモンを戦わせて傷つけてるんだよね。それって、やっぱりいけないことなのかなぁ…」

ベルは優しくて、少し思い込みが強いところがあった。ポケモン愛護団体の言葉に、何か感化されたのかもしれない。すがるようなベルの瞳に、私も真剣に考える。

「わからないよ。私にも。」

「カントーとかには悪い組織があって、ポケモンを虐めて悪いことに使ってるらしいの。戦わせて、虐めて、これじゃあポケモンがかわいそうだもん!」



じゃあどうすればいいのだと?
世界中の人がポケモンを解放したら、そんなこともなくなる?
でもどうやって?








翌朝、ベルと私は博物館に向かった。お互いに目的は違ったけれど、目的地は同じだ。
しかし、私たちはそこにたどり着くことができなかった。なぜなら、博物館は黄色と黒のテープに囲われていたからだ。


―立入禁止―

「えっ、と、今日、お休みなんですか、博物館?」
「昨夜、所蔵品が盗まれまして、只今捜査中のため立ち入りを制限しております」

警官が、判を押したように答える。ジムが突然お休みだなんて、そんな。

「な、何が盗まれたんですかぁ!?誰に!?」
「ただいま捜査中ですので…」
「ベル、困らせちゃ駄目だよ」

ベルをなだめて、私たちは博物館から離れた。なんだか、プラズマ団の話といい、近頃物騒だ。

「じゃあ仕方ないし、ベル、あそこにあるカフェにでも行こう?」

シッポウタウンは、古きよき街であると同時に、インスピレーションを受けようと沢山の芸術家が集まる街だった。そんな彼らが討論を交わすのは、倉庫を改装して作られた、落ち着いたカフェだった。

トウコとベルは、そのテラスに腰掛ける。店のお勧めのカフェオレを啜り、二人は息をついた。

「あーあぁ、博物館見たかったなぁ。明日には始まるかなぁ」
「盗みがあったなら、当分無理かもね」
そしてジムも。

「それにしても、何が盗まれたんだろぉ。高価なものでもあったのかなぁ」

「ダークストーンとライトストーンだろうね」


その時突然、トウコの背後から声がした。だからベルには見えていた、その緑髪の青年が。

「どうして知ってるんですか?私達教えてもらえなかったのに」
トウコはやや敵意を表して、Nに訊く。
「警備のポケモンに聞いたのさ」
「どうでしょうね」

二人の険悪な雰囲気を感じとって、ベルが仲裁に入る。

「え?え?えっと、二人は知り合い、なの?」

「前に一度カラクサで戦っただけ。名前はNっていうらしいわ」

「へぇ〜初めまして、Nさん!あたしベルっていいます!」
目上の人に対する敬意か、ベルは帽子をとり、立ち上がって挨拶をした。
それに合わせてNも恭しく礼をし、同じテーブルについた。トウコはため息をつく。

「君も、トレーナーか。」
「はい、Nさんも、なんですよね?」

「ああ、そうだよ。しかしボクは、それが正しい在り方だとは思ってはいないけれどね」

ベルは意味がわからず沈黙し、トウコは話が読めて沈黙した。

「ポケモンをモンスターボールに入れるなんて、全くナンセンスだよ。彼らの自由を、尊厳を奪い、わからないかい。例えばベル、君にとって自分のポケモンはどんな存在だい。友達?いいだろう。そしてトウコは君の友達だ。ではここで質問だ」

君は友達をモンスターボールに閉じ込めるのかい?

「あ、いや、えっと…」
言葉につまるベルに、トウコが助け船を出す。
「その方が便利だから、入ってもらってるんでしょ。閉じ込めるなんて人聞きが悪いわよ」

「ポケモンたちは自分から出れないだろう。監禁も同然だと思うけれどね」

「〜っ、そんなこと、」

「私たちは一緒に旅をしてるだけよ!あなたの勝手なエゴを押し付けないで!」

どん、とトウコはテーブルを叩く。二脚のコーヒーカップが音を立てた。


「怒らせてしまったみたいだね。ボクは退散するとしよう。もっといい言い訳を思い付いたら、教えてくれ」








「トウコ、さっきの話、どう思う…?ポケモンを閉じ込めてる、っていう――」
「あんなの!」
まるっきり嘘だ、とは言えない。

ベルは、Nの言葉を咀嚼するように口に出す。
「モンスターボールに入れない、それは、ポケモンの解放」

「ベル…」


あの男が立てた小さな波紋が、おそろしく思えた。





5.波紋





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