カノコタウンに越してきたのは、私が8歳の時だった。
その前に私がどこに住んでいたか、母が教えてくれることはついになかった。だけれど、私はその引っ越しの理由を知っている。


ひとつは、私が学校でいじめにあっていたせいだ。きっかけは、もう覚えてはいない。ただ、私のこの跳ねた髪を執拗に引っ張られていたのは覚えている。そして、いきすぎた虐めで、幼い私は事故に遭った。


ふたつめは、母が父と離婚したためだろう。当時、両親がさして不仲だったとは思わない。今母に配偶者がいないことを考えれば、母の浮気でもないのだろう。理由なんて、考えたくもなかった。顔もわからない父と母の間に何があって何が無かったか、それは私の及び知ることではない。


少なくとも、片田舎の娯楽も何にもないこの町では、私には二人の同世代の親友ができた。世間知らずでマイペースな女の子と頭でっかちな男の子だった。不自由なく、私は育った。


そして6年が経ったある日、私たちは、町の研究所に呼び出されることになる。




「チェレン!トウコ!やったねぇ!ついに私たちも旅に出られるんだよ!!」

「遅いくらいだよ。ポケモンの手配に時間がかかったらしいけど、変な話だ」

「ベルってば、はしゃぎすぎだよー」

ろくに町をでたことのない彼らは、にわかに沸き立っている。しかし、しかし、外の世界が綺麗でないと知っている私は、そう手放しに喜ぶことはできなかった。外に出たい気持ちはある、けれど、私は此所に「逃げて」きたのだ。ここを出て、どうするというのだろう。

彼らの盛り上がりに水を差さぬよう、やわらかに笑って研究所を後にした。



そして数日後、博士に伝えられた通りに3匹のポケモンが届いた。橙、水色、緑のポケモンたち。私はひとめで緑の子が気に入り、彼を最初のパートナーにすることにした。なぜだか、懐かしいような感覚。運命とまでは言わないけど、何だろう、前世でも一緒だったのだろうか。


彼は、ツタージャ。名前はジャン。
彼と一緒なら、私も変われる気がした。

「君と旅に出れるなんて、嬉しいな。私は、君と一緒に強くなれるって信じるよ。だから君も、私を信じて。戦おう。」








「それじゃあ、初めの一歩は三人でね!せぇのっ」

外界に出る不安を帽子の鐔の下に隠し、草むらに足を踏み入れた。朝露で湿った草は足首までの丈で、時たま私の素肌を擦る。もう少し長いソックスを履かなければ、そのうちにかぶれてしまいそうだ。

そんなことを気にしていると、道路脇の茂みから、ミネズミが飛び出してきた!
「いけっ、ジャン!」
モンスターボールを投げるのは、もう初めてじゃない。レベル的にも勝っているし、タイプ相性も悪くはない。たいあたりを繰り返して、ツタージャは経験値を得た。彼は誇らしそうにこっちを見る。
「お疲れさま、ジャン。」
擦り傷と埃を纏ったジャンが痛々しく見えて、頭を優しく撫でてやる。早く、『たいあたり』以外の技も覚えさせてあげたい。相手を攻撃するために、自分も傷つくだなんて、悲しすぎる。


ジャンを抱き抱えて立ち上がると、二人はもう隣にはいなかった。





1.誓いと擦り傷





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