イッシュ地方は冬に入り、北方では毎日のように雪やあられが降っている。暖流がそばを通るためか、割合冬でも多湿なのだ。それでも寒いものは寒い。Nとトウコも、さすがにコートを着ざるをえなかった。 外に出れば、きん、と肌が緊張するのがわかる。冷え症でなくたって、末端が凍えてしまう。Nは手をコートのポケットに突っ込んだ。 体温を逃がしたくなくて、息を白く吐くのもためらわれる。 「寒いねぇ」 「寒いわねー」 頭ひとつ分ほど違うNとトウコは、並んでセッカの湿原を歩いていた。湿原といっても、この季節は完全に凍りついてしまっている。気を抜くとすぐに滑ってしまうので要注意だ。 「トウコ、足元気をつけてね。そこらじゅう凍ってて危ないから」 「オッケーオッケー氷の上は気をつけるから、、っって、きゃわっ」 言ったそばからトウコは滑っていた。氷が見える部分は気をつけていたのだろうが、新雪が滑らかな氷を覆っていたのだろう、雪を踏んだ足が見事に宙に浮いた。 「危ないっ!」 咄嗟にトウコの手を引いて、自分の方に引き寄せた。しかし氷の上では踏ん張れるはずもない、僕の体が傾ぐ。予想済みだ、トウコが転んでしまうよりマシ、 Nを下敷きに、二人は氷の上に派手に倒れ込んだ。 「うわぁっ!げ、ごごごめんN!痛くない?!重いよね!」 「大丈夫、頭も打たなかったし、コートがあったから見た目ほど痛くはないよ」 トウコは完全にNに体を預けるように押し倒してしまう形になっていた。急いで退こうとするが、Nが手を掴んでいて離れきれない。 「N?どうかした?」 彼は時々変なことをする、そうわかっていてもトウコは尋ねずにはいられない。聞いてみなければ、彼の行動なんて皆目摩訶不思議の域だ。 「あったかいんだね」 「えっ?」 「手。」 トウコの手は温かかった。その温度を確かめるように、Nはトウコの手を握りなおす。そこには冷たい外気に触れようとも、褪せることのないぬくもりがあった。 ――いつの間にか人の温かさを忘れて、冷たさに慣れて、冷えた指先に何も感じなくなっていた。 前に触ったのは誰の手だったか。 人の手は、こんなに暖かいものだったか。 そんな当たり前とも言えることを、Nはトウコに触れて初めて思い出した、あるいは初めて気付いたのだった。 「N、こんなとこに倒れてたら冷えちゃうよ。行こう?」 きみとなら冷えることなんてない気もした。そう思ったが口にはせず、トウコのショートパンツでは冷えてしまうのも仕方ないだろうと考えて立ち上がった。 「トウコは意外とおっちょこちょいだね」 「っ!しょうがないじゃない、雪慣れてないんだから!」 「じゃあもう転ばないように、」 手を繋ごうか 僕に思い付く、精一杯の言い訳だよ。 よくできてるだろう? ここでしか使えないのが難点だけどね。 ▽プラズマ団の人は皆さん手袋してらっしゃいますし |