『N(エヌ)』が本当の名前じゃないんじゃないか、ってずっと思ってた。 名前を呼びたい。 「えぬー、あんたのファミリーネームって何?」 「うん?『ハルモニア』だよ」 「エヌ・ハルモニア?」 「…そうなるね」 「それって本当の名前なの?」 Nは黙ってしまった。もしかしたら、他に本当の名前があるのかもしれない。あるのだったら、できれば知りたい。あなたのことなら何でも知りたいし、ちゃんと、名前を、呼びたい。 「本当の名前があるなら、知りたいな〜、なんて」 もしこの人と結婚したら、私は『トウコ・ハルモニア』になるのか。ううん、くすぐったい。 「…あるんなら、僕の方こそ知りたいよ」 うわ、しまった。そんな感情が顔に出たと思う。 彼だって、本当の名前があるかどうかすら知らないんだ。与えられたのは、コードネームか本当の名か。親からの最初のプレゼントはたった一文字。 「そっ、か」 「うん、ごめんねトウコ。僕は『これ』しか持ってないんだ」 「『N』が、あんたの名前なんでしょ?ならいいよ。変わってるけど、あんたの、大切な名前なんだからさ」 えぬ。えぬ。えぬ。 これまで馴染んできた呼び名を変えなくて済んだのは、良かったかもしれない。 独りのときは、いつもNの名前を思い浮かべていたから。ただの一文字にすら愛着を感じて、どうしようもなかった。 『North』を見ても、『Night』を見ても、Nが着いてる単語にすら反応しちゃう。 「もっと長い名前なら、こうはならなかったのに」 「え?」 「ううん、何でもないの」 エヌ、N |