一時間経って、箱庭には各々の世界が完成していた。 緑の多い、しかし娯楽施設が所狭しと並んだのはベルの箱庭。 近代的な街にたくさんのトレーナーが闊歩しているのはチェレンの箱庭。中央ではチェレンとホワイトがポケモンバトルの真っ最中だ。 ホワイトの箱庭は、彼女の冒険の最中だろうか、野原と小川が形作られている。今にも飛び出して来そうなポケモンたちが、いたるところに隠れている。 そしてNの箱庭は… 然して真っ白なままだった。 人もポケモンも、Nひとりを除いて誰も立ってはいなかった。 ミニチュアのバスケットボールや電車がそちこちに転がっているものの、土も木もなく、箱はひとつの部屋だった。 「随分こざっぱりした箱庭だねー。ポケモンもいた方が楽しいよぉ?」 白い箱庭を覗きこんできたベルは、余っていたポケモン人形を中に配置しようとした。 「やめて、くれないか」 Nは静かに言った。それだけに、誰も口出しはできない凄みがあった。 「僕の部屋に、誰も入れたくないんだ」 チェレンはもとより、ベルも言葉を失った。 静寂が訪れるかと思われたが、ホワイトの返答が間を開けずに放たれた。 「怖いの?」 喋りすぎてしまった、とNは思ったにちがいない。彼はホワイトに切り込まれるとは予想していなかった。だから彼は、不意を打たれて動揺した。無意識に組み替えた膝が箱庭を蹴り、立っていた人形が倒れた。 「そうだよ」 「あなたの部屋の中に入ったポケモンは、皆"傷ついていた"から?」 「…そう、かもしれないね」 Nは絞り出すように返事をした。ともすればN自身も、ホワイトに指摘されて初めて気が付いたのかもしれない。 再び場には静寂が漂いはじめた。 そしてその静寂を破ったのはまたもホワイトだった。彼女はNに背を向けたかと思うと、自身の箱庭を抱えて戻ってきた。その箱庭をNのそれに並べて置くと、隣り合った直方体の一辺の壁をつかんだ。 「ちょっとごめんね」 元々折り畳めるような仕様だったその箱は、小気味良い音を立てて壁を床に寝かせた。四辺を同じように解体されたホワイトの箱庭は今や、ただの床板になってしまった。そしてNの箱庭もまた、同じ状態になされたのだった。 「ホワイト…何を?」 チェレンは彼女の意図が汲み取れず、いぶかしげな声を出した。 「こんな小さな部屋が、『世界』なわけない」 ホワイトの手はふたつの箱庭を繋げ、Nの部屋とホワイトの草原が繋がった。 「N、あなたの世界は狭いところじゃないよ。広くて、知らないことだらけで、一生かかっても見きれないし、怖いこともあるけど楽しいこともいっぱいで」 ホワイトの考えを察したベルが、チェレンを誘って自分たちの箱庭も更に繋げた。 「いろんな人と、いろんなポケモンがいるの」 仕上げに、ホワイトは倒されていたNの人形を立てた。 繋げられた4つの部屋は各々違う顔をしているが、確かに繋がった。たくさんのポケモン、壁のない世界がそこにはあった。 確かにNの部屋には誰も入っていない。しかし、彼が一歩足を踏み出せば、様々なポケモンとトレーナーたちと出会うだろう。 ホワイトは、知ってもらいたかった。彼の夢というフィルターを通して見えた世界ではなく、ただのいちトレーナーとして見る広い世界を。 うつむいて箱庭を眺めていたNは、ようやく頭を上げた。 「君にはかなわないな、箱庭をバラしちゃうなんて、誰が思い付くっていうんだい」 はは、と笑うN。笑いすぎたためか、はたまた別の感情か、彼の目は涙で潤っていた。 「…ホワイトとなら、僕の世界は広くなるのかもしれない。」 ホワイトはNの独白に応えるように、柔らかく微笑んだ。 ある箱庭のなかで * 「私たちだっているよ!ね、チェレン?」 「ああ、君みたいな強い人とバトルしてみたいしね」 「もぅ!チェレンったらバトルばっかりなんだから!」 |