無邪気で純真だからって、純情だとは限らないことを私は知るのだった。









「トウコー、今日はどこ行こうね?」
「…適当にショッピングとか」


朝から跳ねた声を出しているのはN。私は目覚めたばかりで、低血圧な気だるさをまとっている。
ごく普通の会話だが、それが行われている場所が問題だった。


「なんでまた私のベッドに寝てるのよーーー!」







Nは勝手に部屋に忍びこんで私のベッドに潜り込んでいるのだった。それも今朝だけではない。毎日とはいかないけれど、かなりの確率で彼はうちにいる。防犯的に心配になる事実だった。
体を回して、隣にいるNと向かい合う形になる。思わず緊張してしまうのを抑え、キッと睨んでみたけれど、彼は相変わらず曖昧な笑みを浮かべるだけだ。


「トウコはいつも寝顔が天使みたいなんだ。起きてるときみたいに僕に暴言も吐かないしね」
「帰れ、てか来るな。まじやめろ」

歯の浮くセリフなのか皮肉なのかわからないようなことを言う。一瞬照れてしまいそうだったけど、その必要はないようだった。
そもそも、コイツは女の子の部屋に忍びこむのがどういうことかわかってるのだろうか。よくわかっていないにしても、私の頭を撫でる仕草からは下心を感じる。なんだか彼は、私に触れたそうにしているというか、私に触れることが何かとても嬉しいことのようなのだった。

「頭撫でるの、楽しい?てか腰撫でるのも止めてくれませんかね」

「トウコに触るのは、どこだって気持ちいいよ。トウコが女の子だからというのもあるけれど、君に触れているのが、どうしようもなく気持ちいいんだ」

会話が噛み合わないのはよくあること。腰を撫でる手は止まらず、お腹周りや肋骨の下あたりまで撫で回し始めた。
寝起きでブラジャーも着けていないのに、胸まで触られてしまうのはまずい、そう思ってNの手を掴んで止めた。


「もういいかげんにして!着替えるし出ていってよ!」
私の真っ赤な顔と怒る口調に驚いたのか、数秒キョトンとしたNだったが、また数秒後には不敵な笑みを取り戻して言った。


「ああ、胸を触られたくないんだね。いつも着けているクッションみたいな下着がないから、小さいものね。別に僕は構わないよ、トウコの胸なら小さくてもいくらでも触っていたい気分だよ」
「帰れえぇぇぇぇっっ!!!!!」


思いっきり彼を足蹴にしてベッドから追い出し、(さすがに窓から突き落とすのは無理なので)ドアの向こうにつまみだした。拒絶を示すようにドアを乱暴に閉め、鍵をかければ出来上がりだ。


「トウコ、怒ったの?ごめんね?」
ドアの外から子犬みたいな声が聞こえたけど無視だ。デリカシーの欠片もない男にやる返事はない。さっさと着替えて、あいつを外につまみだしてやろう。


「あら、Nくんトウコを怒らせちゃったの?」
明るい声が階下から聞こえてきた。お母さんだ。

「はい、そうみたいですね。すいません」

さあさあお母さま、この不届きな狼をつまみだしてくださいまし!
着替えのため下着姿になったにもかかわらず、私はドアに貼りついて聞き耳を立てた。私の必死な願いをよそに、お母さんはマイペースな口調で応える。


「まぁご飯食べたら機嫌も直るでしょ。先に食卓に降りてたらどう?」

「ありがとうございます」

お母さんの発言に耳を疑ったが、どうやら今のやりとりは現実らしい。
Nは階段を降りていき、目玉焼きの焼き加減について仲良く話しているようだった。





「あの野郎ー」
悪態をついても、脱力した体はずるずると床に落ちた。
娘の部屋に忍び込んだ男をもてなすなんて、母としてどうなんだ。お母さんはNを気に入っているのだろうか。

「そりゃ親子だもんね…」
私と同じように、Nを気に入ってしまうのも、仕方ないことなのかもしれなかった。
気持ちを入れ換えて、着替えて階下に下りるとしよう。今日もNがいるってこともあるし、いつも通りだけどショートパンツにしよう。(スカートだとセクハラを加速させかねない)

脱力していたのもあって、少し時間をとられてしまった。早く朝ごはんを食べて気を取り直そう。お母さんと私だけではなく、Nも加わる食卓はどんなものだろう。もしNと結婚したらこんな感じなのかもしれない、と少し考えて私は頭を振った。

階段を下りようとすると、階下から私を呼ぶ声がする。



「トウコー!まだかい?着替え手伝おうかー?」

「帰れこのエロオヤジっっ!!!!!」



無邪気なのか?純真なのか?
少なくとも、純情ではなさそう。






◆「えぬ」の「え」は「えろ」の「え」






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