飛び掛かり火に入れられた夏の虫

 「さーかーきっ♪」

 「…何ですか、欅様」


 我が所属するギルド、月の樹のギルドマスター・欅が笑顔で駆け寄ってくる。
 屈託のない笑みは、子供らしさを彷彿させた。

 「一緒にエリアでも行かない?今日、楓が来れないみたいなんだ」

 「はあ、そんなことでしたらお付き合いしますよ」

 やったあ、と喜ぶ欅に内心溜め息が出る。
 何故、このような子供がThe world二大ギルドのマスターであるのかが分からない。楓も、たかが子供についていく気がしれない。どうせ、欅の保護者にでもなったつもりなのだろう。
 
 「じゃあ、ダンジョンが良いなあ♪」

 「どこでも構いませんよ」

 まあ、なんであれ相手は欅様だ。
 一般PCのように遊ぶことのお供でもしていれば良いだけの話。子守と一緒だ。
 タウンからエリアへと転送されて、ダンジョンのBGMがスピーカーから流れ出る。
 
 「僕、榊をちゃーんと守っちゃうからね♪」

 何を言ってるんだか。月の樹お飾りギルドマスター欅様はいつも守られてばかりではないか。

 「って、僕より榊のが強いか〜 あはは、僕が逆に守られちゃうかもね」

 「いやいや、こういう所は欅様の方が慣れてらっしゃる。今回は欅様について行きますよ」

 無邪気に遊ぶ様子は本当に一般PCと変わりない。
 嫌みを言った所で、楓がいないので面白いように食いついてこないから少し退屈だ。欅に嫌みを言ったところで、気付かないか妙な具合にはぐらかされてしまう。
 欅はスキップでどんどん先に進む。 慣れている、というよりも無思慮に進んでいるとしか見えない。
 見ているこっちが危なっかしく思えて心配になる。

 「……心配? なぜ私がそんな……」

 「榊、どうしたの?」

 「いえ、何でもありません」

 いや、誰でも心配にはなるだろう。今だって、歩調を緩めずトラップ部屋を相変わらずのスキップで通っているのだぞ?
 …ほら見ろ、ダメージ床に引っ掛かって…。

 「リプス」

 「ありがと〜♪」

 「私を守ると言ったばかりではないですか」

 「あはは♪ やっぱ榊は頼りになるなあ」

 分かっているではないか。誰のおかげで月の樹が成り立っているのかも考えて欲しいものだ。
 欅が真面目に月の樹の職務をしている光景 は全くもって浮かばないが。
 大して仕事をしていないのに、月の樹のギルドマスターに成り得ているのは、やはりカリスマというものがあるのだろう。
 まあ、私が月の樹を乗っ取るまでは、せいぜいそのカリスマで月の樹を運営しているがいい。

 「このダンジョン、結構深いな…」

 「あ、そこら辺はテキトーにしちゃったんだ。簡単な方が良かった?」

 「欅様に任せると言ったのは私なので気にしていません」

 別にエリアなどどうでも良いが、獣神殿までが遠いのは面倒臭い。既に地下3階まで進んだ気がする。
 欅の後をついて行くだけだったが、一度も引き返した覚えがない。道具か何か使っているのかもしれないが、欅は間違えることなく次の層への最短ルートを進んでいる。
 おそらく、獣神殿だけが目的で此処に来たのだろう。
 
 共にパーティーを組んでいて、欅は小柄ながらも鎌を振り回してモンスターを次々と倒していく。私は、欅がたまに攻撃をくらうと回復をするくらいで、あまり目立った攻撃を仕掛けることも無かった。
 
 そんな風にエリアを進んでいるうちに、目当ての獣神殿に到着したようだ。

 「…意外だな」

 「?」

 「結構強いじゃないですか。私などいなくとも、十分に此処を攻略出来るではないですか」

 BGMがダンジョンのものから獣神殿のものに切り替わった。
 欅は振り返って私を見つめる。どうしてか分からないが、どうも心地が悪い。
 それに、誘われた時から引っ掛かっていたのだ。

 「どうして、わざわざ私を誘ったのですか。月の樹のメンバーは他にも腐るほどいるのですよ?」

 そう。月の樹を内部分裂させ、自分の地位を狙う私をどうしてわざわざ誘ったのか。
 普通、自分を失脚させようと企んでいる者と好き好んで行動を共にしようなどと言わない。

 「一人じゃ、心細かった…じゃ駄目かなあ」

 「それだけの筈がないだろう?」

 「うーん、好きな子誘うのに理由なんて必要?」

 何を言ってるんだコイツは。 
 欅は私から目を逸らして、奥にある宝箱へ向かう。私は立ち止まったままで欅の後ろ姿を見つめる。
 小さな後ろ姿は、簡単に虐げることが出来そうである。

 欅が私を好き? そんな馬鹿なことがあるか。
 いや、これは好都合かもしれない。もし本当に私が好きなのであれば、欅を手中に入れることが可能だ。
 本当に、月の樹のお飾りになって頂ける。


 「榊には嘘吐いてたけど、なるべく大きくて他のPCが居ないダンジョンを選んだんだ」

 「ほう…」

 「そうすれば、何しても分からないからね♪」

 「同感だ」


 私は欅を壁に押し付ける。下から欅が私を見上げた。 欅を見下ろすのは何とも気分が良い。
 この場所は誰も居ないと欅本人が言っていた。何をしても分からないとも。


 「榊…何するつもり?」

 「無論、月の樹の欅を頂くんですよ」


 もはや、欅様と呼ぶ必要などない。 私の思うがままの傀儡となるのだから。
 欅は私を見上げて笑っている。気楽なものだ。自ら私の手中へ飛び込むような真似をして。


 「飛んで火に入る夏の虫、ってこーいう事を言うんでしょうね♪」

 「そうですね…、…ッ!?」


 グルン、と視界が回った。背が壁にぶつかり衝撃が走る。更には、足払いを掛けられてそのまま転倒した。
 私が欅に見下ろされている状態になる。まさに牽制逆転。


 「ほんっと…榊は可愛いなぁ〜♪」

 「!?!?」

 「まだまだ月の樹を誰かに委ねる気はないですよ」

 「貴様…分かってて私を…!」


 子供のように無邪気に笑う欅を、こんなにも恐ろしく思ったことはない。
 ど〜しよっかな〜♪なんて口ずさむな!
 二人の体勢は欅が榊の膝の上に乗っている状態。榊からしてみれば、目の前には笑顔の欅、後ろは壁、両脇には欅の両腕。逃げ道は皆無。


 「そうだなぁ〜。榊が僕の物になってくれたら考えてあげても良いかもね♪」

 「それは…」

 「うん♪榊がしようとしてる事と同じだよ」


 私が欅の物になったとして、月の樹のトップに踊り出ようとも、欅は私を背後で操るということか。それに、欅は考えるだけと言った。私に譲る気も何も更々無いということだろう。
 私は歯齧みする。


 「でも、プライドの高い榊が僕にくれる訳もないんだよねぇ」

 「当たり前だ!」

 「そこで、お仕置きがてら、強引っていう手もあるんだよねぇ♪」


 これは、ヤバイ。
 思考はもう月の樹を手に入れる手段など押し退け、どうやって逃げるかだけに働いている。
 まず、欅を突き飛ばすのは不可能(そう)だ。事態が悪化する(気がする)。よって、エリアからタウンに
ワープは出来ないということだ。

 そこで、榊の思考に強制終了という手段が浮かんだ。


 「くそっ…」

 「逃がしませんよっ」


 後頭部を引き寄せられての強引な口付け。息をする間もなく角度を何度も変えられ、舌を絡められる。
 そういった体験の殆ど無い榊からしてみても、欅のディープキスは巧だった。酸素を求めて喘ぎ開いた口へと執拗に舌が入り込む。

 呼吸が出来ないために、酸欠で上手く思考が働かない。


 「…っ、は…はぁっ…」

 「榊ってもしかして初めてだったりする? だったら僕嬉しいなぁ〜♪」

 「っっっ!!!」


 殺す、絶対殺す!
 徹底的にいたぶって叩きのめし完全な傀儡となってから本当のお飾りものになってもらう!
 などと思っても、羞恥と屈辱で言葉が出ない。


 「じゃあ、こっちも初めてだよねぇ…?」

 「け欅、貴様…なっ何を」

 「あはは♪」

 「止め…っ」


 欅の手が私の太股に触れた瞬間何かが弾けた。次には、欅の身体を思い切り突き飛ばしていた。
 欅も驚いている様子だが、私はそれ以上に驚いている。
 自分と欅の距離がある程度開いたからだろうか、一気に安堵感が増し、涙腺が緩んできた。
 そう思った時にはもう、視界がぼやけている。多分、私は半泣きだ。みっともない。


 「えっ…と、榊、泣いてる…よね」

 「泣いてなどいない!ものには順序というものがあるだろうが!!」


 何だかもういたたまれない気持ちになってきて、逃げるようにしてワープポイントへ走る。
 欅の謝る声が聞こえたような気もしたが、聞こえてなかったことにする。絶対に許すものか。

 獣神殿には欅だけが残された。
 欅からしてみても、少しやり過ぎたと思わないでもない。
 しかし、榊が最後に口走ったことが頭から離れなかった。


 「順序を踏めば、良いってことかなぁ♪」


 なんて事を少しの反省をした後に考える欅は、月の樹というThe world二大ギルドのマスターたる図太い神経を持ち合わせていた。



 End
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榊を泣かせたかった。ただー・・・それだk←
欅をパーティーに誘うと、「逃がしませんよっ!」と「あは♪やっちゃいました」が離れません。あああ、腹黒い欅様が降臨なさった!って気分になります。
10-04-04
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