中篇 | ナノ

【かみさまおねがい】


指を組む時。
あなたは、親指の付け根に。
唇を押し当てて、お願いごとをしていた。
いつしか僕も、そうやってかみさまにおねがいするようになったんだ。

両手をベッドの外に投げ出して、まくらを掴む。
柔らかい羽毛で出来たそれはしっかりと頭と腕の形に合わせてくぼみ、形を変える。
慢性的な寝不足だった。
だけれどみょうに今晩は眠れない。
いや、眠っていたのに、起こされたのが正しいのだろうか。
「なんでいまさら……」
あんな夢を見たのだろう。

(かみさまおねがい)
(……何をおいのりしたの?)
(ないしょ)

彼はそういって微笑を浮かべた。
「う…今更もやもやする……」
もう何年も前の話だ。十年くらい前。
僕がたしか十七の年。
はじめての、彼とのクリスマスだった。
その翌年から僕らは本格的な実務に繰り出されていたから、最初で最後だった。
「…七、いや、もう八年か…」
彼と別れてからもうそんなに経つのかと思い知る。
窓の外をふと見ても、残念ながらホワイトクリスマスにはなっていなくて、ただコンクリートが冷ややかに黒さを増していた。
深夜三時を過ぎ、眠ったのは…覚えていない。
酒には強い方だが、今日はやたらと飲んだ記憶がある。
ベッドから足を下ろすと、フローリングの冷たさに背筋が凍えた。
よく見ると着替えていない。ジーンズとセーター姿のまま風呂にも入らず、きっと布団にダイブしたのだろう。
リビングへの扉を開けると、真ん中のコタツに大の男たち眠っている。
「…よく寝れるなぁ」
ティエリアはコタツ布団から飛び出している。
きっと暑かったからだろう。引っ張ってしまっては反対側にいるライルが布団から出てしまうので、取り敢えず近くにあった毛布をかけて置いた。
刹那の姿が見えないと思ったが、どうやらコタツの中にいるようだ。
コタツの温度を少しだけ下げて、僕はそのまま洗面室へと足を向ける。ひんやりとした廊下は短い。

シャワーを浴びて、パジャマ姿になる。またリビングを通ってキッチンで水を飲んだ後、未だ眠りこける三人を尻目にその奥のベッドルームへと戻った。
「…………え?」
「よお」
窓の外のベランダは、いっきに銀世界へと変貌していた。そして窓の外には、いる筈の無い、ひと。
「……にー、る?」
「わるい、驚く前に寒いから入れてくんねえ?」
片手で謝る仕草をする彼は、とおい記憶のまま。
僕は慌ててベランダへの大きな窓を開ける。無用心にもそれは鍵がされていなかったが、彼はそこで立ち尽くしていたのだ。
「ーーどうぞ」
「おじゃまします」
律儀に断りの言葉を挟み、彼は靴を脱いで部屋へと上がった。その姿はまるで浮世離れしていて、地に足のつかない、そんな妙な心持ちになる。
「説明は面倒だから、クリスマスの奇跡ってことで」
いきなりはぐらかされる。ぱくぱくと、空いた口が閉じられなかった。
「……どうして?」
「ん〜…十年前のお願いごとを叶える為に?」
【どうして説明してくれないのか】という言葉のつもりだったのに、彼は的を射ない返事をする。
「十年前、って……」
先程夢に見た、あれだ。
指を組み、たまたま立ち寄った教会で。
誰かに口付けるように祈るあなた。
「来ようと思えば、俺はいつだってここに来れたんだ」
何を願ったのか教えてはくれなかった。
それから何年かして、貴方は死んでしまった。
「だけどお前が忘れていたから、こんなに時間がかかっちまったんだよ」
……ああ、じゃあ今僕は、幽霊と会話をしているのか。
「僕があの夢を見たから、今、貴方の姿を見れているってこと?」
「まあ端的に言うなら、そう」
そう言ってまた微笑を浮かべる。
「……あの時、何を願ったか、教えてくれるの?」
「【アレルヤと恋人同士になれますように】」
「ー…はっ?」
思わず感情そのままに疑問の音を出してしまう。
「言葉の意味そのまんま」
理解が出来ない。恋人同士って。
確かに僕は彼の事が好きだった。でもそれは過去の話で、今はもう心の片隅の、初恋の思い出で。
いやそれ以前に、彼は。
そんなにも昔から僕の事を好いていてくれたのかと胸が踊った。
男同士なのに、どうして僕はこんなにも彼に惹かれてしまうのだろう。
「俺は、アレルヤのことが、好きだったんだ」
初恋の頃の淡い炎が蘇る。
彼の腕がそっとこちらへと伸ばされる。
逃げられない、と思った。
ささやかな口付けが送られる。
「俺のことが好き?」
「好……」
僅かな水音すらたてず、それはとても短いものだった。
至近距離で告白の返事を求められる。
このまま素直に、好きとは言えなかった。
言ってしまえば彼は望みが叶って、まるで雪のように溶けていなくなってしまいそうで。
彼をまた喪失する事を恐れた。
「好きじゃなくっても、キスぐらい出来る」
だから強がった。
魔法のように全身が震えるのを必死に抑える。
「……大人になったんだな」
そして彼はそれを喜ぶように頭を撫でるのだ。
「色々あったから」
「じゃあ、これもその≪色々≫で流せるよな」
そしてそのまま頬を撫でて、彼の大きな掌で頬を包まれる。また口付けられるのかと思い、目蓋を綴じるが、掌は首を降りて、肩と胸を掴む。
「え……っ?!」
完全に油断していた身体は彼に主導権を奪われ、簡単にねじ伏せられる。
ねじ伏せる、というよりは、彼が体重をかけてすぐ後ろにあったベッドに雪崩れ込んだ、というのが正しいのだろうか。
すぐにその意味を理解する。
上半身を起こした彼はじっとこちらを見る。
「……好きじゃなくても、俺に抱かれるか?」
「〜…っ」
言葉が出ない。
ぎゅっとシーツを握り、唇を噛み締めて視線を逸らす。
「ごめん、いじわるが過ぎた」
彼は僕の頭を抱いて、ぽすんとそのまま横になる。
「俺はただ、お前に好きになって欲しいんだ」
「僕に…?」
「それが、おれの夢」
声を震わせて、彼はそのエヴァーグリーンの瞳を綴じる。
彼の寝息が聞こえ始めた頃、僕はやっとこれが夢で、かみさまからの贈り物だと思う事にした。
「……かみ、さま、」
おねがい、どうか。
このまま彼の傍にいさせて。
僕が彼を好きだと伝えなかったら、彼は望み叶わず、ずっとここにいてくれるの?
それがいい。
今まで秘めて来た思いの全てを、失ったとしても。
彼のいない未来よりずっといい。
彼がいなければこの世界は始まらない。
心の中で何度も好きだと言った。
これからもそれは変わらない。
かみさまおねがい。
彼に好きだと伝えない代わりに、彼とずっと一緒にいさせて。

11.12/23 UP

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