中篇 | ナノ

その微笑みとともに。上


 更衣室の手前にあるブレイク・ルームで、アレルヤは一人佇んでいた。
何をするでも無く、椅子に深く腰掛けて灰銀の瞳でガラスの向こうを見つめていた。
視線の先には、ボロボロのキュリオスがそこに眠っている。
作戦前の短い時間だった。
ロックオンが入って来たのにも気付かずに、アレルヤは黙している。
「これ、やるよ」
 あんまりにも思い詰めた顔をしているアレルヤに、ロックオンはおもむろに懐からあるものを取り出して押し付ける。
声を掛けられてやっと気付いたのか、アレルヤは視線を一度ロックオンに向けた後、ふっと目を逸した。
きっと、自分が情けなくて仕方無いのだろう。
アレルヤはロックオンが怪我をしてしまった事を悔いていた。
ノーマルスーツのまま座っているアレルヤにロックオンの大きな影が被さる。
握り締めていた手をとられ、掌を割り開かれる。
渡されたのは鈍く輝く銀色の……
「……指輪?」
 淡く、微かに鈍色のなかから青を放つそれは、ちょこんとアレルヤの手の中に収まった。
一見上等そうなそれは、とても小さく、子供がつけるようなものだった。
「くれるの?」
 アレルヤはそれを手に取り不思議そうに聞き返すと、ロックオンは静かに微笑んで、頷く。
「今のお前は、何言っても聞かないだろうからな」
 そう溜め息混じりに言って瞳を細めるロックオンの右目は、黒く大きな眼帯で隠されていた。
何を言っても聞かないのは、ロックオンの方だ、と内心アレルヤは思いながらも、渡された指輪を嵌めてみる。
「あはは、小指にしか、入らないよ」
 その小さな指輪を嵌めた手を光に翳す。
「……?なにか、彫ってある……ニール?」
 光に反射するくすんだ銀の指輪には、うっすらと文字が刻まれていた。
「それ、昔、弟と揃いで付けてたんだ」
アレルヤがニール、と呟いた途端、唐突にロックオンは語り始める。
Neil
その単語が何を意味するのか、アレルヤはロックオンの言葉を聞いて悟った。
「昔は、何をするのも、一緒だった。でもある日、俺達には優劣をつけられた」
 アレルヤの横に腰を降ろして、ロックオンは続けた。
アレルヤは眉を顰める。
守秘義務。
それはどうしたんだと言いたそうな瞳に、ロックオンはもういいんだ、と返した。
「だけど俺はそんな事気にも止めず、日々を過ごしていたんだ。そうしていたら「俺の事なんて兄さんには解らないんだ!!」って怒鳴られて、色々投げ付けられたよ」
 笑って話すその目には、悲しみの色が浮かんでいた。
「最後に吐き捨てるようにして「大嫌いだ」って言われて、あいつは指輪を投げ捨てたんだ。……ショックだった。そして俺から逃げるようにして家を出ていった」
「もしかして、これ、弟さんの…?」
「…………」
 アレルヤの問いに、ロックオンは黙って視線を逸した。
「こ、こんな大事なもの、貰えないよ」
 渡された指輪を外して、アレルヤはロックオンにそれを突き返す。
「いいんだ、これは俺なりのケジメのつけかた。だから誰かに持って居て欲しいんだ」
「でも、それじゃあ」
「俺がもし死んだらそれ、捨ててくれよ」
 突き返された指輪をアレルヤの小指に嵌めながら、どこか遠くに。約束だぞ、と、ロックオンは言った。
「さあ、出撃の時間だぜ!!!」
 椅子から立ち上がり、明るく振る舞うロックオンの背中は、哀愁を帯びていた。







「そのリアクション、飽きたよ」
 そう言った男は、本当に彼によく似た風貌をしていた。
僅かながらに青さが残るその男は、そのまま部屋を後にした。


「やあ」
 後ろからアレルヤは声を掛ける。
「さっき、自己紹介してなかったから」
「ああ…あんたか」
「さっきはごめんなさい。僕、初めて双子見たから本当にびっくりしたんだ」
 人間の体って凄いね、神秘的だ。と、若干からかいを含めた言い方をしてみる。
すると男は少し黙り込んだ。
気に触ったかと、アレルヤが恐る恐る視線を向けると、男はぽかんと口を開けていた。
「あんた、意外に面白い奴だな」
「あははは……っと、改めましてアレルヤ・ハプティズムです。アリオスガンダムのマイスター」
 静かに右手を差し出す。
しかし男は我々と馴れ合う気は毛頭無いらしく、右手はわしわしと頭を掻いていた。
「あー、ケルディムガンダムのマイスター?の一応ロックオン。ライル・ディランディだ」
「………宜しく」
ライル
その名が、アレルヤの脳内を響かせた。
「宜しく。……どうした?また幽霊でも見たか?」
呆れ気味にまたライルは笑う。
その笑顔は、アレルヤには歪んで見えた。


最初で最後の、君へのプレゼント
どうか、どうか、君がその意味を知った時
もう一度僕を思い出して
頬を染めて






09/07/25 UP
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