中篇 | ナノ

3:春の心臓


「アレルヤ、明日って暇?」
「暇だけど……?」
アレルヤの誕生日から二日経った金曜日。
いつもの帰り道を、ほんの少し距離の近付いた二人は歩いていた。
時折指先が触れ合うたび、ちょこちょこといたずらにくすぐりあったりする。
「ライルの誕生日プレゼント買いに行くんだけど……付き合ってくんねえ?」
「えっ……別にいいけど……」
ニールの突飛な提案に、アレルヤは少し気後れしたような声を出した。
今週の日曜はニールの誕生日だ。バレンタインはアレルヤにとって殆ど毎年恒例の事のついでのようなものにしかなれなかったので、せめて誕生日のプレゼントだけは、と考えていた。
渡すタイミングを伺って、本当なら明日、プレゼントだけでもニールに渡しに行こうと考えていたのだが。
「じゃあ明日10時に迎えにくるな!」
「あっニールっ…………いっちゃった……」
そんなアレルヤの様子を、珍しくニールは見落としてしまった。
誕生日を間近にしているから浮き足立っているのだろうか。
嬉々とした声で約束を取り決め、また明日と家へと走っていった。



――――――――――



ピンポンと、アレルヤの家の呼び鈴が鳴った。
日本家屋風の家であるので、通話の機能はないらしい。
木枠の門扉の向こうの玄関がガラガラと音を立てて開けられた。
「はいはい、どちら様かな」
「あっ……おはようございます……」
壮年の男性が現れた。アレルヤの父親だ。
髪の毛を七対三に分け、顔には大きな傷跡がああって一見するとヤクザのような感じもするが、気潰したスラックスにモスグリーンのセーターを着ている。
「うん?ハレルヤの友達かな」
「えっと、あの……」
軍人のような印象もあるアレルヤの父親は小首を傾げた。
ハレルヤ、という名があがる。いくら子供に無関心な父親でも我が子の名を間違えたりしないだろう。
それに一家の大黒柱自らが玄関を開けたりする様子は子供思いの父親なのだろうか。
「おーいハレルヤ、お友達が来てるぞー」
「あ?誰」
「わーっ違う違う!僕!ぼくの……!」
アレルヤにそっくりな少年が出てきたかと思えば、アレルヤが階段を駆け下りてくる。
そんなアレルヤの様子に父親と、もう一人がびっくりしたように顔を見合わせる。
「めずらしい」
「……ん??どっかで見た事あるような……」
「きっ気のせいだよ!じゃあ!そういう事でお出掛けしてきます!!」
口々に言われながら、アレルヤは慌ててニールの背中を押して出て行った。

「び、びっくりした……気まずかった……」
「ごめんね、僕、その……友達を家に呼んだことないから……」
「てゆーか、お前も双子?妹いるとは聞いてたけど……」
怪訝そうにニールは眉を顰めた。
アレルヤの事について、ニールはあまりにも知らない事が多過ぎた。
それはバレンタインとアレルヤの誕生日で痛いほど理解した。
「うん……五人兄弟」
「じゃあ上に兄ちゃんか姉ちゃんいるの?」
「お兄ちゃんがいるよ」
「……へえ」
「?なに?」
「いや……なあ、アレルヤ、試しに俺の事おにいちゃんって呼んでみてよ」
「なんでですか」
つい敬語になってしまう。
ニールの気持ちは分からなくも無いが、ライルの影を背負っているようなニールが少し悲しくもあり、呆れもした。
「んな真顔になるなって……」
「ほんっとうニールってばブラコンだよね」
「そうか?」
「重症……。で?なにを買うかは目星つけてるの?」
無自覚とは本当に恐ろしい。ライルの為ならなんでもニールは出来てしまうのだ。
「あー、えっと、実はその事なんだけど……」
「……どうしたの」
「プレゼント買いに行く、っての、嘘」
はい?とうっかり声に出してしまった。
ではなんの為に自分を呼び出したのか。ライルの為ならなんでもするニールの事を理解して、それを知っていて好きだと思っているから、アレルヤは少し理解に苦しんだ。
嘘をつく理由が見当たらない。
「デートしたいなあって思っただけ……」
「っデー……?!」
「だって明日……誕生日だから、アレルヤの誕生日ちゃんと祝えなかったし、こうしたらいいかなって……」
「……な、なにそれ……」
アレルヤは言葉を失う。
一応は想いを通わせているつもりではあったが、これではまるで自分がニールに気を使わせているのではないのか。
こんな事をしたい訳では無いのに。
デートをしたい、と言われ嬉しい筈なのに、どこか素直に喜べない自分がいた。
「アレルヤ?嫌だったのか?ごめん??」
「う、うう」
ニールは、アレルヤの誕生日をきちんと祝えなかった事を気にしているようで。アレルヤはあのキスで満足しているのに、ニールは対等でいたいからこそ、自分の誕生日プレゼントにアレルヤとのデートを望んだ。
それでは、アレルヤの鞄の中にある誕生日プレゼントの行き場が無くなる。
それはまるで、かつてのアレルヤのニールへの恋心のように、届ける当ても無く抱えるしか無かった。
「僕が好きだから、ニールになんでもしてあげたいの、だから、ニールに気を使ってなんて欲しくないよ……」
「気を使ってなんかないぞ?俺もアレルヤの事好きだから、……プレゼントの代わりに、デートしたいなぁって」
「でも……でも……」
でも、とアレルヤは言い訳を探した。
どうすればいいのだろう、デートしたくない訳じゃないのに、嬉しい筈なのに。
「……アレルヤ、」
ニールはゆっくりとアレルヤの名を呼ぶ。
ぎゅっと涙を堪えるように握り締められたアレルヤの手を取り指を解いて、紳士のように口元まで持ち上げてみた。
「きょう、俺とデートしてくれませんか?」
口付けるにはまだ少し気恥ずかしい。
しかしニールの吐息がアレルヤの手の甲をくすぐる。
あたためられるようなその感覚にアレルヤは安堵してしまう。
「アレルヤとの思い出がほしいよ」
「〜っ、ごめ、なさい、僕だって、ニールと一緒にいたい……!」
「ありがと、……明日、当日じゃなくてもうしわけないんだけど」
「ううん……こっちこそごめんね……」
ゆっくりと近寄っていく。気を使うのは、お互いを思いあって事だ。それは二人とも重々理解している。
何度もアレルヤは謝ってしまう。
誰かの為を思う人の為に、自分を蔑ろにしていたのはアレルヤ自身だった。
誰かの為を思うニールに、独りよがりな想いを押し付けてしまった。
「デート、してくれますか?」
「……はいっ」
ニールの言葉にアレルヤは涙を拭って、小さく答えた。



――――――――――

美術館の常設展で今日一日を過ごした。
その感想をお互い言いながら帰路につく。
建物内にあったカフェから見えた中庭の、ストーンヘンジのオブジェが良かったとか、展示されているカラフルな油絵を鉛筆だけで模写している人が凄かったとか、女神像のくせにやたらとセクシーだったとか。
たわいもない話をしながら回っていたのだがそれなりに広い所であったので、ゆっくりと見ていたら意外と時間が掛かってしまった。
土曜日であったが人はまばらで、大学生のカップルか、老人がぽつぽつといるぐらいで、とてもゆっくりとした穏やかな一日を二人で過ごす事が出来た。
当人たちは手を繋ぐ事すらドキドキしてしまって、時折展示物などそっちのけになってしまったりもしたのだが。
「楽しかったねー」
「なかなか見所あったな」
手を繋いで、アレルヤの家へと向かっていく。
「僕、ああいうのけっこう好き」
「じゃあまたいつか行こっか」
「うん、あ……そうだ、ニール」
また何処かへいく約束を取り付ける。
帰り道はどんどんアレルヤの家の方へと向かって行った。
アレルヤは慌てて肩から斜めに下げていた鞄から、今日の本来の目的であったニールへのプレゼントを取り出した。
ニールの好きな作家の新刊だ。
「前に本屋で見てたでしょう?文庫待ちって言ってたから」
「嘘、まじで?結構高かっただろ?!」
ハードカバーの本は嫌いではないが、中学生からすれば十分高価なものだ。
だからいつもニールは文庫本化されるまで待っているしか無かった。
そんな折、アレルヤからのプレゼントで、思わずテンションがあがってしまう。
「マジも大マジ。別に僕はそんなお金使う性格じゃないし……」
「――っ、なんか、ほんと俺アレルヤにいろいろして貰ってばっかりだよな……」
「今朝も言ったけど、僕がニールのこと好きだから、なんでもしてあげたいって思うんだよ?」
でも、とニールは言いかける。
アレルヤからは貰ってばかりだ。バレンタインのチョコレートも、アレルヤの誕生日のプレゼントだって、キスで許してもらった。本当は自分だって今日みたいに、アレルヤに何かをプレゼントしたかった。
「デートだけ、ってニールそんなに無欲だった?」
「……いや……」
「……帰りたくないな、明日も一緒にいたい」
「……………………」
ニールはそのまま、何も言えなくなってしまう。
本当は、本当は、明日一緒にいたい日なのに。
どう誘えばいいか分からなかった。
ついつい繋いでいる手の力が強くなる。離したくない。
「いつもいっしょにいるのに、こう思っちゃうのなんでだろう?」
「……………………やだ。」
「あ、流石に毎日はしんどいよね」
はは、とアレルヤは渇いた笑みを浮かべる。
ニールの気持ちに反して、アレルヤは繋いでいた手を離そうとした。
「帰るの、嫌だ。……帰したくない」
「に、ニール……?」
アレルヤの手が離れてしまって、ニールはアレルヤの首を捕まえるように抱きついてしまう。
「連れて帰りたいんだけど……」
「……?!」
「アレルヤ、うち泊りにこない?そうしたら明日もいっしょにいられるよ?」
「だっ、だめだよ……!だってまだ僕たち中学生……!」
「だいじょうぶだって!お泊まり会とか中学生なら普通ふつう!」
路上で抱き締められながら、ニールの本音を耳にしてアレルヤの顔は真っ赤になった。
まだ中学生、と抗弁しながらも胸は期待で膨らんでしまう。
「おうちの人のご迷惑にならない……?」
「アレルヤなら大歓迎!!」
「〜〜……お父さんにきいてみる……ちょっと待ってて」
最後にアレルヤの心配事をニールはフォローして、アレルヤは折れた。
なんとかニールの腕の中から脱出して、数十メートル先にある家へと向かった。

しばらくして。
アレルヤがちょいちょいと手招きをする。
「ニール……ちょっと来て……?」
「いいの?」
「お父さんがね、あがってもらいなさいって」
「……アレルヤくんとお付き合いさせて貰ってます、ってご挨拶すべき……?」
「ちがっ!…僕の友達の顔を見たいんだって……」
はずかしそうにアレルヤは顔を伏せた。
今朝会ったじゃないか……とぼやきながら、アレルヤはガラガラとガラスの引き戸を開ける。
するとそこには、今朝顔を見ただけのアレルヤの、父親が立っていた。
「おお、きみがニールくんか」
「はっ……初めまして、ニール・ディランディです」
「そんなに緊張しなくていい、あがりなさい。アレルヤ、お茶を淹れておいで」
「はい、おじゃまします……!」
アレルヤの父は、セルゲイ・スミルノフと名乗る。
とある企業の中間管理職らしい。
今朝は慌てていて挨拶が出来なかったので、ニールは改まって挨拶をした。
和風の佇まいの玄関を上がり、居間へと通される。
そこにはこたつがあり、そこに座るように促された。
「さっき?友達の家に泊りに行きたい?って言ってね。あまりわがままをいう子では無いから……どんな友達か気になってしまって」
「はあ……」
「友達も少ないみたいだから、親としては少しばかり心配でな」
「それは……なんとなく、わかります」
昔は気難しそうでとっつきにくかった。
率直に、初対面の時の印象を述べるとすればそれだ。
ニールとってアレルヤは苦手なタイプであった。
自己主張するでもなく、何かを否定するでもなく、曖昧にその場をやり過ごす。
それはニールが射撃を引退した後にニール自身が求めたポジションでもあった。
その癖アレルヤは親友だと話すライルに対して当初は?ムカつく?と言っていたくらいなのだから。
「それにね、なんとかっていう射撃の選手のファンで。子供オリンピックでその選手を見てからそれはそれは……」
「お父さんっ!!何ニールにふき混んで……っ!!」
にやにやとしたニールの視線が、アレルヤへと向けられた。
ニールは知らなかったのだが、それがアレルヤのニールとの出会いらしい。
その時の射撃部門でニールは優勝、アレルヤは陸上競技だったのだが、初戦敗退だったという。
果たしてそれは、ニールに恋をしてしまったからなのだろうか。
それにしても、居間には結構な数のトロフィーや賞状が並んでいる。
名前はアレルヤだけのものではなく家族のものもたくさんあった。
「……紅茶、ニールはお砂糖いくつ?」
「えーっとふたつで……」
ごほん、とアレルヤはニールを牽制した。
その様子にニールは笑いを堪えながら、角砂糖ふたつを頼んだ。
「アレルヤ、お泊まりいいぞ。」
「えっ嘘!いいの?!」
「向こうの家の人のご迷惑にならないように。……菓子折りを用意するから、それを持って行きなさい」
「はいっ!わぁーお父さんありがとう!!」
「一晩くらい、出前でも取るさ」
「僕がいなきゃ作ろうって気にはならないんだね……」
「なぁにたまにくらいいいだろう?」
呆れたようなアレルヤに、セルゲイはぽんぽん、と頭を軽く撫でるように叩く。
母親が入院していていないスミルノフ家は、陸上をやめたアレルヤを中心に協力して家事を分担しているようだ。
その中でも夕食作りはアレルヤの担当らしい。
「ーっっ僕!用意してくるっっ!!」
緊張が解けたのか、アレルヤははにかむように笑みを浮かべながら階段を登って行った。
「ではニールくん、アレルヤのことを頼んだよ」
「……はい。」
頼んだよ。少し、ニールの胸の内に響く。
たとえそういう意味では無くとも、一晩、大切な人を預かるという責任を感じた。
噛みしめるように、ニールはそれに堅く返事をする。
「しかし、不思議と君は、その選手に少し似てる気がするな」
ニールの顔を見て、セルゲイは口元を綻ばせる。
本人なんだけどな、とニールは思いながらも、それを伝える勇気は無かった。
アレルヤの少ない友人を見て安心しているセルゲイをまた不安にさせてしまうかもしれない。
ずきんと心臓が痛む。
アレルヤを好きと思う反面、ほんの少し、後ろめたさがニールの心に影を落とした。
アレルヤはきっと、この胸の痛みをずっと抱えていたのだろうか。
誰に相談することも無く。ただ一人きりで抱えていたのだろうか。
アレルヤの事が好きだ。
今のニールにとって、それだけがはっきりと解る事だった。







13.03.03

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