中篇 | ナノ

B


全て知っていました、とは言えなかった。
彼が同じくして、僕の正体を知っている事は薄々勘づいていた。
それでも詳しく尋ねたりして来ないのは、きっと彼の自尊心などもあるだろうけれど、彼だって知られたくない事があったからだろう。
僕も同じだったし、僕の知ってる情報と彼が持つ過去は同じもので、別のものだ。
でもその名前を初めて聴いて、僕は嬉しかったんだ。
やっと彼の欠片を知れたようで、嬉しかったんだ。
その名前を一つ一つ呼ぶたびに胸が幸せで締め付けられた。
彼が苦しそうに唸る程、背骨は魚のように跳ねる。
嬉しかった。
だけど同時に、自分の口から伝えられる事が何も無くて、ただ愛してるとしか言えなかった。
愛してると言葉に出す事で、そう錯覚できた。
僕の腹中で弱虫が涙を流す。
僕の腹上で弱虫が空を仰ぐ。
その涙は実を結ばずに、白いシーツへと消えた。
一瞬の流れ星が彼には見えているのだ。
それは僕。
一瞬で燃え尽きてしまう恋。
現実逃避だと僕の中の僕が諭すけれど、それでもよかった。
それでも、よかったのだ。
だって、僕も同じ気持ちだったから。




***




暗闇の中、少しだけ、一瞬だけ。
彼の幸せを願った。
締め付けられる身体はとうに自由を無くして、視界が闇に閉ざされようと、目の前に舞う蒼い光と、女神に向かって祈りを捧げる。
(神様どうかお願いです。僕は十分幸せです。
だからもう、あの人から幸せを奪わないで)
彼がいなくなる瞬間を思い出す。
僕に背中を向けて、爆風に消える姿は今でも網膜に焼き付いている。
願いは、届かなかった。
あの時言った言葉のように忘れてしまおうと思った。
全ては夢、まやかしなのだ。
触れた指先も、寄せた頬も、全てすべてすべて。
(本当に愛していたのかもしれない)
忘れようとしたのだ。
「ごめん、やっぱり忘れられない!」
突如現れた黒い影が、僕の身体を攫う。
僕には最初それがなんなのか理解できなかった。
だってそれは本来存在するはずも無い人。
やさしく抱きしめられて、それが夢でもまやかしでも無いと気付いた。
動かないと思っていた手が動いた。
その背に腕を回して、やっとこれが本物だと気付いた。
忘れようと、していたのに。
「僕も、忘れられないんです」
その手を握って走り出す。
動けないと思っていた足は床を蹴って、彼に手を引かれるまま迷路のような暗闇を走り抜ける。
どんどん暗闇が明るくなっていく。
すべてのガラス窓から光が差し込んで、あの日みたいに星空は見えなかったけれど、輝く太陽がその瞳を焼いた。
そこで気が付く。
彼の顔を半分も隠す黒い布など、もう無かった。
僕の瞳を遮る長い前髪も、もう無かった。
もう縛るものは何も残っていない。
だから腕を伸ばした。
小さなコックピットの中で、口付けを交わす。
青空が遠く続く暗闇に変わって、燃え尽きた星々が僕達を迎え入れる。
流れ星は燃え尽きることなく、地球とぶつかってしまった。
けれどもうそれでいい。
何ももう縛られるものが無くなった二人だから、言えない言葉がやっと言えた。
「もう言ってもいい?」
愛してる。
多分、ずっと前から。
出会った時から、愛してた。
そう呟いて、ニールは微笑う。
海を裂いて、空を駈けて、二人は走り抜ける。
「ねえニール、ねがいごとは、かなった?」
「いいや、叶わなかったさ」
だって、きみがそばにいるから。


それはまるで、あの日見た流れ星のように。






2010/10/30 UP










アレルヤ奪還作戦を
兄さんが来てくれたらなーという妄想から。

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