アレルヤは聡い。
一見鈍感で天然で、どこかずれた事を言うが、時折人の心を見透かしたように奴は微笑うのだ。
アレルヤは、不思議だ。
時々、一人でぶつぶつ何かを言っている。まるで誰かに話し掛けているようで、出会ってからそれが独り言だと気付くまで、何度か返事をしてしまった事があった。
「………でしょう?」
「へっ!?」
ぼーっとしていた。ジューサーバ越しに見ていたアレルヤに声を掛けられて驚いて、素っ頓狂な 声が上がる。
「ごめん、聞いて無かった。なに?」
ぼーっと、考えていた相手に話しかけられて、心臓がバクバクと鼓動する。タイミングが良過ぎるだろうと、思ってしまう程に俺がアレルヤの事を考えていると必ずと言って、アレルヤは近寄ってくるのだ。例えば今のようにタイミングよく離し掛けられたり、俺の部屋にやって来たり、まるで超能力者のようにアレルヤは俺の気持ちを掬い取って接する。
「疲れてますでしょう?」
「へ、あ、うーん」
そうかも、と俺は答えた。
確かに先程トレミーに帰還してシャワーを浴びて、ノーマルスーツから私服へ着替えて、そしてミススメラギとヴェーダに報告を終えたばかりだ。たまたまアレルヤが食堂で本を読んでるのを見掛けて、水分補給にとジューサーバで水を用意しながら横目でアレルヤを見ていた。
「……水、零れてますよ」
「? …うわっ!まじだっ」
わたわたと零れて床に落ちてゆく水滴をすくい上げようとする俺にアレルヤは声を上げて笑う。くすくす、と押えた声が漏れた。
「笑うなよ!ていうかお前、気付いてたらもっと早く言えってば」
ガラスのコップをプッシュから離して、顔を押える。恥ずかしいところを見せてしまった。やばい俺顔が赤いって、これ。
「ごめんなさい、ぼーっとしてたから、……ふふっ」
アレルヤは口を押えながら読んでいた本に栞を挟み机の上に置いて、はい、とそばにあった雑巾を俺に渡してくれた。……まだ笑うか。俺は羞恥心を煽られ、伏せながら水の零れた台と床を拭いた。
「裾、濡れちゃいましたね。タオル取って来るよ」
そう言ってアレルヤは食堂を出ていってしまった。あーあジーパンがびしょびしょだ。靴の中まで濡れそう……。虚しさと喪失感に、なんだか幼き日を思い出す。まるで粗相をした子供のようで、濡れたジーンズが肌にくっつくのが気持ち悪かった。そういえば、五つくらいまでライルと一緒におねしょしてたっけ、と遠い過去をぼうっと走馬燈のように回した。
「ロックオン、タオル持って来……たって何やってるの?」
昔を思い出して、床に三角座りで座り込んでる俺にアレルヤが近寄る。その手には真っ白なタオルが握られていた。
「……んー、イメージトレーニング?」
「?? ええとよく分からないけど、とりあえず立ちなよ?」
アレルヤが目線を同じくらいにしゃがんで合わせる。その言葉に俺は素直に従って立ち上がった。足元に膝をついて俺を見上げるアレルヤが、なんだか母親に見えて、また昔を思い出してしまう。しかも消し去りたい方の。脳内で記憶を消し去ろうとする俺を知ってか知らずか、アレルヤはそのまま俺の足をタオルで拭きだした。
「………アレルヤさん? それくらい自分でしますよ?」
「あっロックオンやりずらいからそこの椅子座ってね」
無視か。仕方ないので俺は近くにあった椅子を引っ張ってきて座る。靴下ごと脱がせて、タオルで俺の足を拭くアレルヤはまるで本当に母親だ。……だけど、ちょっと位置が気になる。なんでそんなに持ち上げるんだ?タオル地の感触で足が包まれて、足の指まで丁寧に拭かれる。両足を拭いたあと、ぱんぱん、と叩くようにジーパンにもタオルを当てた。
「……はい、おしまい」
「ひゃっ」
拭き終わった足をぺろっとアレルヤは舐める。そうか、その為だったのか!位置こそ気になっていたものの、完全にアレルヤにされるままだった俺は変な声を上げてしまった。
「ちょ、アレルヤお前……!」
抗議の声を上げると、こっちの方が良かった?なんて言いながらアレルヤは俺の足の間に割り込んでジーパンの上からぺろっと俺の股間を舐めた。
「違う、そうじゃなくて!」
「? じゃあ、こっち?」
椅子に座っている俺に乗り上げて肩に手を回し、唇にちゅっとかわいらしいキスをアレルヤはした。ああ、こいつは天使に見せ掛けた悪魔だ。
「〜〜ッ! 俺は、お前が怖いよ……」
そう言って俺は背中に黒い翼を生やしたアレルヤを抱き締めて、肩口に額を押しあて、顔を隠す。その時アレルヤが、腕の中でニヤッと悪魔のようにいやらしく笑ったのを俺は知らなかった。
09/03/29 UP