紅空
線香の白い煙が立ち込める。木と金の叩かれる音と、どこかエコーのかかった声が重なりあった。 夏の立ち込める暑さも過ぎて、秋に差し掛かる季節だった。
ミーンミーン、ジジジジジ。
 死に掛けの蝉が泣いて落ちる。
ミーンミーン、ジジジジジ。
 まだ泣くのかと思った。山の中は涼しいかと思っていたが、よく考えたら火葬場だから、涼しくないか。
ミーンミーン、ジジジジジ。
 僕の涙はまだ、眼の中にあった。
 ニールが死んで、何日経っただろう。
 あっという間だった。初めて出会ってから、死ぬまで。大学の説明会で出会って、それから、5年が経とうとしていた。あっという間なのに、貴方の葬儀に参列して大粒の涙を堪える程僕と貴方の関係は深いものになっていた。静かにソファから立ち上がると遺体の焼き上がりの放送が施設内に響く。アナウンスに呼ばれる彼のファミリーネームが、何故か遠く感じられた。ああ、僕は他人なんだ。トイレにでも籠って、泣いて待とうか。そうすれば、彼の姿なんて塗り替えられずに済むのに。そう考えていたが、足は自然と人の波に合わせて火葬部屋へ向かって行った。
 棺に収まる白く焼けた健康的な骨。そういえば自分は生れてこの方病気一つせず、健康優良児だったって言ってたっけ。ああ、馬鹿だなあ。

「なんで交通事故なんて、してるの」

 大きく陥没した頭がい骨。綺麗な顔は、半分潰れていた。もう綺麗だったその顔すら思い出せない。病院側の配慮でだろうか、潰れた顔半分は大きな眼帯で覆い尽くされていた。その眼帯さえもきれいに焼けてしまっていて。焼け焦げた柩の前で、今度こそ泣いてしまいそうだった。彼の家族の前で、泣けるはずが無いのに。

(僕が殺したようなものだ)

 あの日僕の帰宅が遅かったから、彼が迎えに来ようとして交通事故になんか遭ってしまったんだ。僕が帰るのが、もっと早かったら。せめて彼に連絡のひとつでもいれてたら。前日の雨で、道が滑りやすくなってるって伝えておけば。僕が僕が僕が!
 それを彼の家族の前で言ったけれど、君のせいなんかじゃないとやんわりと拒否された。僕と彼が、どんな爛れた関係だったかも知らずに。あの夜、彼と僕が普通に帰宅していたら、どういった風に触れ合ったかを。
 嫌悪感で頭痛に見舞われて、視界がぼんやりと霞んだ。骨を拾う番が僕にまで回ってきて、僕は悔しくてわざと自分から遠い方の骨を拾おうとする。左手でこっそりと彼の左手の薬指の、骨をくすねた。そしてその後すぐに火葬場を後にした。









 カンカンカン、ガチャ、パタパタ、バタン。
金属でできた非常階段を上り、賃貸の自宅へ戻る。部屋には誰も居らず、カーテンも閉め切っているため薄暗かった。

(こんなに、自分の部屋って広かったっけ……?)

 一人がらんとしたワンルームの部屋に佇んで思う。決して同棲をしてた訳ではないけれど、週に何度か夜を共に過ごすだけで、心が満たされていたのに。どうしよう、酷く虚しい。寂しい。矛盾が僕の胸を締め付ける。ベッドに横になって、深呼吸をして、体を小さく縮こませてくすねた骨を握りしめた。それはまだ熱く、彼の体温を思い出させた。部屋にはまだ彼の匂いが満ちていて、目を瞑ればそこに彼が居る様な気さえした。窓が開いていたらしく、カーテンの隙間から空が覗いた。空は青いのに、窓から見える木々は赤々と染まっていた。骨からは、彼の匂いはしない。




09/03/22 UP

prev / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -