「悪い、毛布貸してくんねえ?」
「は?」
深夜。クリスマスイブの夜に突然彼はやって来た。
「なに……どうかしたの?」
酔っ払ってビールでも零した?と訊ねてみる。
彼の白い頬は赤く蒸気して、酒に酔ってることは明白だった。
みんなでチキンを頬張って、オードブルの意味を持たない料理の数々。
ケーキを食べて、シャンパンを開けて。
プレゼント交換が終われば、後は大人たちのお酒の会だ。
おつまみになるものをオードブルの余りを使って何品か作り、ぼくは早めにその酒豪たちの会から早々と上がらせて貰ったのだが。
その時の彼はまだ、こんなに酒に酔った顔では無かった筈。
とろとろのふにゃふにゃだ。多分一瞬でも喋るのを止めるとすぐにでも寝てしまいそうなくらい。
「おれの部屋、帰ったら空調が壊れてたみたいなんだよお」
クリスマスの夜に最悪だ、と彼は零した。
酩酊の千鳥足で自室に帰ると、異常なくらい冷え切った空調に些か目が覚めた。
夜更けに誰かに空調設備を見てもらう訳にもいかず、慌てて備え付けの布団と枕を持って彼は仮眠室へと避難したらしいのだが。
「仮眠室は全部クリーニングでさあ、マットレスすら無かったんだ」
辛うじてベッドフレームはあったが、流石に冷たい鉄板の上に寝転がってるようで眠れなかったらしい。
「なんだ……それならここで寝たら?」
「流石にアレルヤのベッド奪う訳にはいかねーって!」
あ、らちが明かないやつだ。
ぼくは隠れて眉を顰める。
意外と彼はこうと決めたら動かない頑固者で、ぼくは一瞬にして自分が床で寝るコースを思考から外した。
「狭くてもいいなら一緒のベッドでもいいけど」
「ムサくるしい酔っ払いが同じベッドでもいいなら」
「……もう、それ、ぼくが断れないの分かっててやってる?」
「ごめぇん」
癖のある声をさらに猫撫で声にして、彼は擦り寄って来る。
「あ〜……落ち着く」
ぎゅっと抱き締められて、深呼吸。
彼曰く、ぼくからマイナスイオンとやらが出てるらしい。
前に調べたが、マイナスイオンは人からは発生しないし、それに人を癒す効果に科学的な根拠はないらしい。
とはいえ、彼には「こう言うのが一番適している」らしく、ぼくは黙ってこうして彼に抱かれているしかなかった。
「お風呂は?シャワーも浴びてないんでしょう?」
「一応パーティ始まる前に浴びて来た」
……用意周到。
もしかして最初からアテにされてたのかもしれない。
「あ、この間買った毛布。ちゃんと使ってくれてんだ」
ベロア生地と、毛足の長いシープ調の生地の二枚重ねの毛布だ。
先日の買出しの際に早めのクリスマスプレゼントだと彼がぼくに買い与えたもので……トレミーの中は何時も同じ温度で設定されているから、毛布なんて本当は必要無いのだが。
肌触りのいいそれはトレミーの部屋に備え付けられた収納式のベッドフレームより大きかったので、元々の掛け布団は仕舞って、折角なので此方を使っている。
なんて、言い訳なのかもしれないけれど。
珍しく彼が形に残る物をくれたので、嬉しくて、そして消耗品だと言い替えて、受け取ってしまったのだから。
ごろんと二人で横になるには本当に狭いのか、彼がごろんと寝転がっただけでもう満員のように思える。
それでも彼が手を伸ばしてくれるので、その酔ってほかほかの手を握った。
「アレルヤの手はあったかいなあ」
「あなたの手があったかいの」
すりすりと、手を引き寄せてまた擦りつかれる。
嫌ではないけれど、嫌ではない自分が嫌だ。
これだけ近い距離になっても、まだ、ぼくは彼に心を明け渡してはいない。
彼にこの恋心を知られたくないのだ。
なので彼がぼくを、親しい友人と称してくれるのなら、それにぼくは甘んじていたいのだと思う。
それからしばらく酔った人との微妙に噛み合わない会話が続いたのだが、とうとう彼は夢の中に落ちてしまった。
すやすやと穏やかな寝息に、優しい気持ちになるのと同時に心が掻き乱される。
柔らかな毛布に包まれて、二人。
ああこの人が酔って記憶を無くすような人なら良かったのに。
今はただ眠れる彼に、ひっそりと口付けるしか出来ない。
どうにも出来ず、彼を抱き締めて眠った。
これが許される今の関係を愛したいから。
翌朝も何事も無く、(酔っ払ってハロに部屋を締め出されたりした事もあり、実は何度か同衾はしていた)髭を剃った彼がバスルームから出て来た所でぼくも目が覚めた。
「ひげ……そっちゃったの」
「おはよ。そっちゃったの、って、なに?おれの髭面見たいの?」
「ぼく一度もあなたがひげ生やしてるの、見たことないよ……」
うとうと、寝ぼけ眼だったと後から自分でも思う。脳みそも寝ぼけていた。
いつもつるつるに剃っていて、彼に髭が生えてるのが想像出来ないのだ。
「あ〜毛質的にな……まあじじいになったら、ふさふさにしてもいいけど」
「ふさふさにしたら、見せてくれる?」
「ふさふさになるかなあ」
「ふふ、今から楽しみ……」
「……アレルヤもすべすべだよなあ」
毛布に包まるぼくの頬に彼の指先が触れた。
「ナノマシンが抑制してるみたい……どういう構造か分からないけど……」
「へえ?剃ると皮膚が痒くなるから、楽そうでいいな」
「……あ、そうだ、今日部屋の空調見ようか?」
「頼んでもいいか?俺は専門外だから」
「ぼくだって専門外だよ」
「……おやっさんに声掛ける?」
「自分たちで解決出来ることかもしれないじゃないか」
むくり。ようやく彼の手遊びから解放されて、暖かな毛布から出る事が出来た。
軽く髪を整えて、ジーパンに履き替えて、彼の部屋へと向かった。
「……あれ?」
「普通にあったかいですね」
「え!?昨日はあんなに寒かったのに……」
部屋の空調は換気モード・除湿モード・加湿モードとそれらに加えて温度調整しか出来ない。
宇宙航行艦であるからそもそもオフにするメリットが無いのでそもそも機能として無いし、基本的に空気は船内を循環している。
太陽炉のおかげで電力的な問題はこのトレミーに関係無いものだから、となれば空調の問題はもっとべつの所にあるようだった。
「……どうだ?」
「ううん、これ以上はぼくでも無理みたい……」
「はあ、やっぱおやっさん頼みか」
天井の排気口を開けて様子を確かめようと、肩車をしてみても、途中でサイズ的に無理が生じてどうにも出来なかった。
「……ていうかさ、そもそもトレミーで、一つの部屋だけ空調おかしくなるって、考えられなくね?」
「ええ!?……どうだろ……システム的な問題……とか?」
「……今はあったかいから、暫く様子をみるわ。わりいなアレルヤ」
「イアンさんに相談は?」
「一過性のものかもしれねえし……」
「そうならいいんだけど」
酔っ払って勘違いしてたら恥ずかしい、言葉には彼は出さなかったが、もし本当だったら彼が可哀想だったので、気付かない振りをしておいた。
*
その後彼とは別れ、クリスマスとはいえいつも通りの待機中のメニューをこなす。
空いている時間もあるが、そもそも彼とはトレーニングメニューが根本的に違うから、シミュレーションでもない限り一緒に時間を過ごす事はあまり無い。
最近筋トレを増やしているみたいではあるが、精密射撃を得意とする為に大半は愛機の整備や微調整に整備士と共に明け暮れている。
万が一の時に備え刹那とロックオンの二人は一人でも補修・整備が行えるようMSの知識が叩き込まれてるのだ。
そんな中で、珍しくティエリアがトレーニングルームへと足を踏み入れた。
「アレルヤ・ハプティズム、どこにいるかと思えば……。ロックオン・ストラトスは?」
「この時間帯ならデュナメスの整備だと思うけど……」
「刹那め……しくじったか」
ぽつり、と。ティエリアが呟いた。
不自然なその独り言にティエリアは気付いていないのか、そうですか、と言葉を付け足して足早に去って行った。
しかしティエリアが向かった先は格納庫に続く道では無かった。
刹那?この会話の流れで?
それにぼくはいつも通り、時間通りのメニューをこなしていたのに探す必要などないのに。
何となく不思議に思って、ティエリアには悪いがトレーニングを切り上げて格納庫へとぼくは足を伸ばした。
格納庫の中ではガンダム四機が向かい合って綺麗に整列している。
遠目に彼と刹那が会話しているのが見えた。
殆ど外と変わらない無重力状態の格納庫の壁を蹴り二人に近寄る。
「――やっぱり昨日の夜の空調はお前の仕業か……!」
「ティエリアからの提案だ」
「まったく、要らん知恵ばかり付けやがって!おとうさんはかなしい!!」
「いい案だと思ったんだが」
「……気を使わせたみたいなら、ごめん」
「気など使っていない。俺は早くお前たちに一緒になって貰いたいだけだ」
「それを気ぃ使ってるってゆーの。……おれは、そーいうのは、いいんだよ。おれ、結構今が、幸せだから」
おまえたちがおれに心を許して、仲間だと……家族だと思ってくれて、それだけで十分なんだ。
「この気持ちはおれ一人だけでいいんだ。恋は、一人でも出来る。……それにさ、酔っ払いに『すきです』って言われても……格好つかねえだろ?」
「分かった、次は素面の時に作戦を組む」
「だからそーゆーのはいいんだって!」
「ろっく、おん」
思わず声が。
出てしまった。
「アレ、ルヤ」
振り返った彼が、そのアイスブルーの瞳をまんまるに開いて。
それなのに表情も無く、ただ、青褪めた。
「アレルヤ!誤解だ!!」
青褪めた彼はぼくが次の言葉を発する前に、大きく声を荒らげた。
「ちがっ……ちがうんだ!違う違う、そうじゃない、気のせいだ、おまえの話じゃない」
彼はぼくの望んでいない言葉を連ねる。
「……ぼくは何も言ってません」
そう言うと彼は墓穴を掘ったという風に、今度は黙り込んでしまった。
「ごめん刹那、二人だけにしてくれる?」
「言われなくてもそのつもりだ」
ふい、と刹那はぼくの横を通り過ぎる。
「アレルヤ、悪いが俺はアンタには謝らない。もちろんロックオンにも」
「……許さないって言ったら?」
「いや、きっと許すだろう。許す結末にしてもらわなきゃ、俺がティエリアに怒られる」
「この所やっと怒られないようになって来たのにね。残念だけど……それはこの人の、言葉次第かなあ」
「それは困る。ロックオン、アレルヤが許してくれるよう精一杯頑張って告白してくれ」
そう言って刹那のその小さな影は、どんどん遠ざかって行った。
「……さっきのは、ちょっとショックでした」
「……!」
「ここから持ち上げ直すの、難しいですよ」
「あ……あれ、るや」
「はい、なんですか」
「……すき、です」
「いつから……?」
いじわるを言ってみようと、思ったのに。
どんどん視界が歪んでで行くのが分かった。
涙が滲む。瞳が熱い。
「昨日から?一昨日から?それとも?」
「いつ、からだろう」
気付いたら、好きだった。
「でも……ずっと嫌われたくないって思ってたよ」
出逢った時から、仲良くなりたいと思ってた。
最初の頃は素直になれなかったりもしたけれど。
「ぼくも……想ってた」
いつからかそばにいるのがとても安心出来て。
それでいて胸が痛くて。
「ほんとにか……?だって男同士なんだぞ、普通は……そうはならない」
こんなにも誰かを恋しいと思った事は無かった。
離ればなれが不安だと思った事が無かった。
「ぼくも好きだよ」
「アレルヤ、好きだ、好きだ、好きだ、キスしたい、抱き締めたい、」
ぼくが好きだと返すと、彼は堰が切れたように、何度も何度も好きだと言ってくれた。
「おまえをひとりじめしたい」
愛してる。
恋が、愛に変わってしまったなら。
もう変質したものは戻らないから。
「…………あーあ、刹那のこと、許さないとなあ」
「言ったそばから他の男の話か」
「じゃあほかの事、考えられなくなるくらい。貴方でいっぱいにして。」
彼を愛している。
「ぼくをはなさないでいて」
2015.12.25