彼は酷い人です
お互いがお互いに無関心で、気に留めもせずただの仕事仲間、以下だったのに。なのにいきなり“愛してる”だなんて、馬鹿げてると思った。
だって彼は僕の事に対して興味なんて示さなかったし、僕を叱ったりなどしない。好きの反対は嫌いでは無くて、無関心だって僕は知ってるもの。

(でも、僕は少し興味を持っていたけれど)

ボキャブラリーも豊富で、気立ても良く人付き合いも上手で、何処か普通の会社員でもやっていけそうな彼は、誰よりも的確に目標を狙い撃てる狙撃手――スナイパー――だった。
そんな彼が男である僕に「愛してる」という色恋事を言うものだから、そういう事に対して縁の無い自分には理解しがたかった。自分で言うのもなんだが、彼より鍛えているし筋肉だってある。身長だって彼より高い。たったの1cm差だけど。
それより何より、彼は僕なんかと一緒に居て楽しく無い筈だ。だってよく一緒に居るのを見掛けるのは、ハロ、刹那、フェルト、ティエリア、スメラギさん、ラッセさん、クリスにリヒティ、イアンさんにモレノさん。ああ、僕以外の全員だ。
ハロはガンダムの整備と充電するときやデータのバックアップの時以外片時もロックオンの側を離れないし、ラッセさんやイアンさんとはよくデュナメスの機体性能で話している。クリスとリヒティとはよく談笑していて、モレノさん達とスメラギさんのお酒に付き合っている。
僕も、と言ったが彼とスメラギさんは「未成年はダメ」の一点張りだった。もうすぐ20歳になるし、お酒は飲んだ事は無くても超兵だから多分アルコール耐性はある筈なのに。
刹那とティエリアとは、兄貴分として保護者としての感覚だろう。よく一緒に食事をしているのを見る。たまたま僕がそこに居合わせる事はあったけど、彼が誘うのは決まって刹那とティエリアだけだった。
そうだ、僕とは機体間の通信や、出撃待機中以外あまり会話した事が無いのに。

「どうしてロックオンはあんな冗談を真面目に言うんだろう?」

僕の吐いたその言葉に並べて、半身がであるハレルヤが脳量子波で理解出来ない、と呟いた。
僕はだよね、全く訳が解らないよ、と肉声で答えて頭を抱え自室に備え付けてあるベッドに横たわった。重力がある自室は実に心地がいい。僕はシーツに顔を擦りつけ、そのふわふわとした感覚を味わった。
これで彼の事が頭から離れると、もっと幸せなんだけど、と思ったが生憎頭の中を渦巻くのは彼が先刻発した言葉で、僕はその反吐が出そうな程甘い言葉に翻弄されていた。甘い…というか、言う相手を間違っているとしか言い様の無い言葉は不思議と僕に馴染んでいく。知らない言葉の筈なのに、どこか体が暖くなるのを感じてしまった。

(俺が理解出来ないのは、お前も含むって事だけどな)

「えっ!? どういう事だいハレルヤ」

ハレルヤの言葉に、僕は飛び起きる。まさか僕の半身が、僕に向かって理解出来ないだなんて、未だかつて無い事に僕は驚いて聞き返した。ハレルヤの言葉が理解出来なかったのは僕も一緒で、何故ハレルヤが僕を理解出来ないのか、僕自身も解らなかったのだ。何故僕が含まれるのだろう?

(それはお前が愛しくて愛しくて、好きで好きで溜まらないスナイパーさんに聞いてみなァ)

僕の言葉がハレルヤの機嫌を損ねたのか、ぶっきらぼうにハレルヤは答えてまた無意識の海の底で眠りに付いてしまった。ハレルヤの意識感覚が僕に感知出来なくなると、僕はさらに項垂れた。

「そう簡単に聞けるものなら苦労はしないよ……」

だが我が半身にまでそう言われると、最早彼に直接訊く以外無いのだろう。仕方ない、訊こうかな、と思ったがどう訊こうか全くもって検討も着かない。ぐるぐると悩みながらも、僕の足は彼に向かって歩き始めていた。自室を出てまず向かったのは彼の部屋だった。扉の前に立ちコールボタンを押す。応答は無かった。もちろんパスワードは知らないから、開ける事は出来ない。

「アレルヤ?」

思い止留まり自室に帰ろうとしたその瞬間、そこにオペレーターのクリスティナが通り掛かり呼び止められた。

「ロックオンに用事なの?彼なら展望室に入って行くの、見たよ」

普段以上にニコニコと笑みを浮かべるクリスは、笑いを堪えるように口を手で塞ぎながらじゃあ私操舵室に用があるから、と僕を通り過ぎていった。

「あ、ありがとうクリス!」

僕は足取りを緩やかに空中を一歩一歩踏み締めて向かった。彼ならきっと知ってる、教えてくれると優しく淡い期待を抱いて。

「ロックオン」

自動ドアが空気を抜きながら開く音を立てて開くと、そこには手摺に凭れ掛け、オペレーターのフェルトの肩を優しく抱く彼が居た。誰も彼も入り込めない甘い雰囲気に、僕の体はびくりと反応する。二人は僕の侵入に気付くと、寄せ合っていた体を離れた。

「しっ、失礼……!」

ドクリ、と一気に脈拍が上昇していく。顔がさっと赤くなるのが分かるのと同時に、脳内はひどく冷たく醒めていた。瞬時にドアを閉めると、後ろで彼が何か訴えているのが聞こえたが、今の僕の耳には届かなかった。彼が酷い人だと、今解った。こんな形でそれを教えてくれるなんて。それに僕は気付くと、深い溜息を吐いて自室のベッドサイドに座り込んだ。

(彼は酷い人です。だって僕の心を奪っておいて、気付かせて、愛してるだなんて囁いて、こんな仕打ちだなんて。酷い酷い酷い!)

(なのに貴方の事が好き過ぎる。愛しくて愛しくて溜まらない!)

この代償は、高い。





08/12/15 UP

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