吸血鬼のシンパシー


マンションのエレベーターを降りて、エントランスで彼を待つ事が最早当あたり前になった。
ゴミの日の変更通知やこの街の催し物などのポスターが貼られているエントランスの掲示板を見るのがアレルヤは好きだった。
此処に来た当初は彼に買い与えられただけの絵本を眺めるだけであったアレルヤが、つたなくも字が読めるようになったのが嬉しいのかこういうポスターや街の看板、バスの停留所の名前などにいちいち目が行ってしまう。
そして読み方が合っているか、彼――ニールに尋ねなくてもよくなったのは最近の事だ。
しかし今日は、アレルヤの知らない言葉が書かれたポスターが一枚、その掲示板には貼られていた。

「アレルヤ?車、出したぞ」

地下駐車場から車を回したニールが戻って来る。
なかなか姿を現さないアレルヤを不思議に思ったのか、エントランスホール前に車を停めて、ホールに留まったままのアレルヤを迎えに来た。

「ニール、これ、なに?」

アレルヤが指差したのはオレンジと黒のポスターだ。
カボチャに黒で三角形に目と口が描かれて、黒いマントを羽織っている絵が特徴的なそれは、いわゆるハロウィンのお知らせのものだった。

「へえ、ここハロウィンするんだ」
「ハロウィン?」
「俺達のオルギアみたいなもんだよ。オバケやモンスターに変装した子供たちが、【お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!】って家を回るんだって」

がおー、と獣の真似事をしてニールはアレルヤにじゃれる。
けたけた笑いながらアレルヤも仕返しだとニールの手首を掴んでわき腹を擽った。

「これ、参加してくれる人集めてるんだって」

どうやらこのマンションでは、子供たちがお菓子を貰いに回る家を探しているようだった。
子供たちが訪れていい家には玄関の扉にカボチャの飾りをつけておいて、マンションを迷路に見たてて行うらしい。

「なかなか楽しそうだな。参加する?」

二人の住むマンションは、かなり大きな集合住宅になる。
マンションの棟ごとにこうして住人たちの出入り口となるエントランスは設けられているが、渡り廊下が渡されて棟同士に行き来が出来るようになっているのだから、相当な広さだろう。
その中からお菓子をくれる家を探すのは一苦労だ。

「え……でもこれ、夜じゃ」
「もう構わないだろ?」

何かを言いたげにアレルヤは言葉尻を窄める。
しかしニールはそれを分かったようにアレルヤを宥めてポスターのすぐそばにあるピンタックに引っ掛けられた名簿に【ストラトス・参加】と丸印を書いた。

――久し振りの外出だった。
少し前はニールの仕事について回ったりなどしていたが、こうして車に乗って買い物に出るのはかなり久しい。
街中を歩くと、黒を基調としてカボチャのオレンジ色がよく目に付く。
大型のショッピングモールにはそれなりの人が集まっているが、店がそのような雰囲気に模様替えしていても歩く人々は普段と変わりはない。
その一角にハロウィングッズを取り扱う場所が催し物コーナーに出店していた。
そこは家族連れや女子供が好きそうな変装アイテムも売られていて、動物の耳の形をしたカチューシャや、魔女の帽子、シルクハットによく分からないボンボンのついたものもあった。どうやら宇宙人の衣装のようだ。

「やっぱアレルヤにはこれだよな〜」

店頭に並べられた、ひときわ大きな獣の耳のカチューシャをニールが戯れにアレルヤに着ける。
そして反対に、子供用にしても小さ過ぎるシルクハットをニールは頭に乗せて見せた。

「もう」

お店のものでしょ、と言いながらもアレルヤは嫌がる素振りを全くしない。
少し呆れたような表情でありながらも、されるがままになっていた。
人として街に出るのが好きだ。
こうしてニールに先導されるのは嫌いではない。
たまに子供のように無邪気になるニールは見ていて胸を擽られる。

「……貴方がシルクハットしてるとことか見たこと無いですよ」
「ん?昔はしてたよ、昔は。最近の奴らはどうかなー」

もう何百年前だか、とニールは笑った。
吸血鬼に流行ファッションとかがあるのだろうか。
そんなニールを尻目に、アレルヤも近くに飾られた十字架モドキをニールに向ける。

「えいっ」
「ぐわあああああやーらーれーたー!!!」

いつの間にかマントもつけて遊んでいたニールはオーバーリアクションをして、周りの子供たちの視線を釘付けにする。
十字をかたどっていても、それはプラスチックで出来ているので実際にはニールにはなんの影響も無い。
アレルヤが知っている、ニールが明確に苦手意識を持っているのは賛美歌ぐらいで。
家にある食器に銀製品は無いが、ニールが狩猟で使う銃弾には銀製のものもある。

「ちょ!やめてください恥ずかしい!」
「俺はもう駄目だーしぬー灰になるー」

わなわなと震えながら指を蠢かせニールは十字架モドキから逃れるように背を仰け反らせる。
頭に乗せていた小さいシルクハットが落ちてしまうほどにニールはエビ反りになり、子供たちが笑って、お兄ちゃんすごい!とアレルヤのように吸血鬼の嫌がるニンニクやホワイトウッドの杭(もちろんオモチャなのだが)をニールに見せ付けたりした。

「やめろおおおおおチビどもめええええ吸血鬼にしちゃうぞぉ〜」

ぐるん、と角度はそのままでエビ反りの体勢を元に戻し、子供に顔を近付ける。
ニールは子供に犬歯を見せ付けるようにしてその口を大きく開く。

「しゅごい!おにいちゃんほんもののきゅーけつきみたい!!」

キラキラと瞳を輝かせて子供たちは大根演技を続けるニールに魅入る。
子供好きだったんだなあ、とアレルヤは少し驚いた。
しかしニールの本気の演技を知っているぶん、今のニールが陳腐にやるものだから、なんだか笑いが込み上げてきた。

「あっアレルヤお前いま笑ったなあ!?……おーいこっちのお兄ちゃんの方がすごい牙してるぞぉ」

足を真っ直ぐに腰を折っていたニールは上体を起こしてアレルヤの首に腕を回す。
そした人差し指をアレルヤの唇にかけて、アレルヤの片足に足を引っ掛け半ば転ばせるようにして子供たちにアレルヤの牙を見せ付けた。

「わわっ……にゃにひゅるんれすか〜!」
「わーすごいすごいっ!このお兄ちゃんホンモノの狼男!?」

ニールが戯れにつけた獣耳のカチューシャを見て、子供たちが感嘆の声を上げた。
それ程にも立派な牙を見せ付けながらも、アレルヤは抵抗にもならない間抜けな声を出す。

「ははっごめん、ごめんって」
「唇の端が痛いよ……」

そろそろ店員の視線が痛くなって来たのでニールはアレルヤを羽交い締めから解放して誤魔化した。
アレルヤの唇から指を抜いてぺろりとその唾液を拭う。

「お菓子と、マントとカチューシャと……あと欲しいものは?」
「え、そういうのも買うの?」
「せっかく子供たちが来るんだから、こっちも楽しまないとだろ?」
「う、うーん」

特に無いかな、とアレルヤは視線を逸らす。
マンションの子供会の為に適当お菓子をチョイスしてニールはレジへと並んだ。
紫やら青やら緑やら、なかなかに食べ物としては食欲があまり湧かない色のお菓子もあったりする。
中にはファンタジー映画とのコラボレーションをしたお菓子やら、自分達で作るお菓子キットやらよく見れば品揃えは豊富だった。
取り敢えず、居た堪れない。
そそくさと広場から抜けて、ニールが会計を済ませるのを待った。






夜は、怪物たちの時間だ。
ワインで香り付けされた梟のソテーをメインに、羊の血とオートミール、牛乳のソーセージを使ったスープ――トライプ&ドリシーンと呼ばれるらしい――が今夜の夕食らしい。
ニールはさらにワインと、眠る前のウィスキーに合わせたハギスも用意している。
相変わらずの食事だなあとアレルヤは思ったが、ハロウィンぐらい黙っておこうと口を噤んだ。
こればっかりは彼自身の趣味嗜好だ。文句は言えない。
それにまったくアレルヤが食べれないものばかりをニールが作る訳でもない。ニールの作るキドニーパイは、肉食のアレルヤでも舌を唸らせる程の美味なのだから。
鼻歌を歌いながらキッチンに立つニールはとても楽しそうだ。
そんなニールを見ているだけでアレルヤのしっぽはぱたぱた揺れた。

リンゴーン、と、レトロな呼び鈴がする。
この時アレルヤは初めてこの家の呼び鈴の音を聞いた。
エントランスからの来訪者は基本的にカメラのついたインターフォンだ。
ファミリータイプのマンションであるから、防犯対策はかなり厳しいようだったので玄関に備え付けられたものは飾りだと思っていた。
一応普段通りインターフォンにも接続がされるのか、ガスレンジの火を止めたニールが家の玄関の前に集まる子供たちの映る画面を見てニヤニヤとしていた。

「さぁてアレルヤ、俺たちの出番だ」

ショッピングモールの出店で購入したマントをニールは羽織って、その吸血鬼の牙を見せ付ける。
アレルヤにはカチューシャをつけて、逆に子供たちを驚かそうという作戦らしい。
お菓子の入ったケースをアレルヤは持たされて、いざ行かんとニールは玄関へと向かう。
ガチャリ、と重苦しく木目調のデザインが施された扉が開かれた。

「とりっく!」「おあ!」
「「「とりーとっ!」」」

扉が開かれるのと同時にお菓子くれなきゃイタズラするぞと子供たちは口々に決まり文句を叫んだ。
しかしニールは子供たちの前に立ち憚って、マントを翻し高らかに笑い声をあげる。

「ふっふっふっ……子供たちよ!お菓子が欲しくば!この試練を乗り越えてみせるんだな!!!」

また変な芝居を……と、ある程度見越してはいたものの、アレルヤは呆れた。
ぽかん、と子供たちは口を開けてニールを見上げる。
しかしニールの翻されたマントの後ろからアレルヤが姿を現すと、子供たちのその表情は生き生きと、或いは恐怖で彩られた。

「なにいいいいい卑怯だぞおおお!!!こんなおっきな犬にお菓子を持たせるなんてっっっ」

犬じゃなくて狼なんだけどなあ、とアレルヤは思いながらも、声にする事は無かった。
ニールは吸血鬼の正装をして、アレルヤは狼に姿を転じていた。
ニールの思惑通りなのは癪だが、威嚇のポーズだけしてみる。
もちろんお菓子を渡さない筈が無いので、表情はそのままで怯えてしまっている子供たちを少しでも和ませる為にしっぽは振っておいた。
まあるいオレンジ色のケースを緑色の首輪からぶら下げて、頭にはジャックオランタンの頭がついたカチューシャをつけている。
こんなの絶対人間の姿でなら出来やしない。
いくらニールの提案でも人間の姿でするなんてごめんだ。

「なんて吸血鬼は卑怯なんだ……!」
「君も吸血鬼でしょ」

わなわなと、ニールと同じく吸血鬼に扮した子供が震えながら訴えた。思わず突っ込んでしまって、ニールに背後で小突かれる。

「え?今誰が言った?」
「っっさあ坊や!お菓子は欲しくないのかな!?」
「……おれがいく!」

一番威勢のいい、フランケンに扮装した子供が前にでた。おそるおそる狼のアレルヤがぶら下げたケースに手を伸ばす。

「わんっ」
「ひゃあっ!」

ニールの思うがままはなんだか癪なので、犬っぽく軽く吠えてみた。
しかもケースに手を入れたタイミングに。
ぼくって少しいじわるかな?とアレルヤは思いながらも、ニールはくつくつと笑ってそれを後ろで見ていた。

「よくやったなフランケン……!さあ次は誰がチャレンジする!?」

ああ結局、この人の思惑通りなんだなあとアレルヤは次の子供の方へと歩み寄る。
びくびくとケースに入れられる小さな手が可愛い。
今度はお菓子を取られた後逃げるように引っ込められる手をぺろんと舐めてみた。
やっぱりニールは、後ろで笑っているだけだ。
何人かがお菓子を取るとどうやらアレルヤが噛み付いたりしないのが分かったのか、あっさり全員攻略されてしまった。

「おにいさん、わんちゃんさわっていいですか?」

というか途中で趣旨が変わってしまった。
もふもふと冬毛になりつつあるアレルヤの頭を撫でたり、ゆらゆら揺れるしっぽを追い掛けられたり……アレルヤも子供たちの手や頬をぺろぺろとしてみる。
ちなみに元野生なので肉球は子供たちには硬いと不評だった。

「こんなにおっきいのに、噛んだりしないんだ」

まあ思考回路は殆ど人間ですので。
動物慣れしていない都会の子供たちにとって、こんなに大きな犬との触れ合いは滅多に無い。
しかも躾が行き届いているというのだから、耳やらお尻やしっぽをもふもふされる。

「知ってる?犬は口の周りとか、しっぽを触られるのが嫌なんだって」
「へぇ〜」
「まあうちのアレルヤはいい子だから吠えたりしないけど……他のわんちゃん触る時は気を付けるんだぞ」

自慢げにアレルヤの頭を撫でたあと、最後に子供たちを家にあげて、ニールは手を洗わせてから帰らせた。
一応アレルヤはただの犬では無いのだが、よだれまみれは少し可哀想だ。
もちろん、アレルヤの持つケースに入ったお菓子以外もあげてから。

「さようなら!またアレルヤ触らせてね」
「はいさようなら、アレルヤがいいって言ったらな。……ああ、そこのおばけちゃんは足元に気をつけて!」

シーツを引き摺るおばけの子供に注意をして、ニールは扉を締める。
それを確認してからアレルヤはぶんぶんと首を振ってカチューシャを飛ばして取った。もう首輪からケースはぶら下げていないのでお菓子が吹っ飛ぶ事など気にしないでいい。

「あれ、もうやめちゃうの」
「ったく……悪趣味ですよ。ぼくだって……」

リビングにまで戻って人間の姿に戻りながら少々悪態をついてみる。
狼の姿をしたアレルヤにリードをつけて散歩して公園のマダムに声を掛けたり、今日みたいに子供たちと戯れさせたり……ニールは自分を何だと思っているのだろう。
ぼくだって、それなりに思う事はある。

「お菓子が欲しかった?」
「違……っあ」

まだ変化の途中だ。
段階的に人の姿へと戻る最中でしっぽに触れられる。
さっき自分で言った癖に。犬はしっぽを触られるのが苦手だって。

「ぼくだって、何?」

リビングのソファに縫い付けられる。
先ほどまでキッチンで料理をしていたから、部屋の電気は付けっ放しだ。
どんどん素肌が電光のもと晒されていく。

「あ……ぼく、を、なんだと思って……っっ」

今度は耳を食まれる。まだ獣の状態だ。
四肢は少しずつ人の形を取っていくのに、ニールに触られているしっぽと耳の変化が阻まれる。
しっぽは毛繕いをするように根元からしゅるしゅると擦られて、全身の力が抜けていく。

「……なんて言って欲しいんだ?」

全くもって悪趣味だ。
こちらから全てを言わせるつもりだ。

「……またぼくは、貴方の食糧?」

皮肉を言ってみた。
アレルヤは最初、ニールの為の血液製造機として捕まえられてしまったのだ。
血を死んでしまうギリギリまで抜いて、何度もそれを繰り返して、最後には食べられてしまう運命だった。

「バカ、最高のご馳走だよ」

ちゅ、と口付けを贈られる。
手首をニールに掴まれて、全身をその碧眼で見詰められる。
熱い視線だ。
いつまでたってもその瞳に見詰められると、アレルヤの首筋の痕が疼いて疼いてたまらない。
アレルヤは思わずしっぽをニールの足に絡めてしまって、恥ずかしくてしっぽを丸めた。

「隠すなよ、もう何度も見てるだろ?」
「や……ちが……ぁあ……っ」

ニールの口付けが下降していく。
首筋の痕が疼くのは、もう条件反射のようなものだ。
呪いの痕が、アレルヤの体を蝕んで一心にニールを求める。

「どっ、どうせペットか何かだと思ってるくせに……!」

ぶふぉっと空気が吹き出される音がした。
ニールの手が止まり、ひくひくと震えながらアレルヤの胸の上で腹を抱え笑いを堪えている。

「いっ今わらうの?!」
「ちょ……俺、今かっこよくキメようとしたのに……おまえっ」

涙目になりながらニールは依然震えて笑いを押さえ込もうとしている。
泣きたいのはこっちの方だ!とアレルヤは抗議したくても出来なかった。

「っひー……ふふっ、っっすまん」

ゴホン、と咳払いをしてニールは体制を立て直す。
ソファに押し倒したアレルヤを抱き起こして、ニールはその丸い頭の上についた、しょぼくれてしまった獣のままの耳ごと撫でる。

「え?ペットとか思ってたの??……ごめん」

べしん、としっぽでニールをはたいた。
ニールはアレルヤを抱き寄せて、膝の上に座らせたのでアレルヤのお尻の接着面が少なく自由にしっぽが動かせる状態だったので出来たことだ。
耳はぺたりとしょんぼりしていたが、しっぽの方はどうやら多弁のようだ。
アレルヤを落ち着かせるように、またニールは根元からしっぽをしゅっしゅっと毛並みに合わせて扱いてみた。

「ん……ふっ……それ、やだ……ぁ」

また体の力が弛緩する。
ふにゃりとニールの肩口にもたれ掛かかるが、アレルヤはまともに抵抗することが出来ずされるがままにしっぽを好きなように弄ばれた。
さっき子供たちに触れられた時はこんな風にならなかったし、それにこんないやらしい触り方なんてされなかった。

「飼い犬に手をかまれちゃ困るからな」
「やっぱり……!」
「言葉のアヤだよ!」

心外だ、とニールはアレルヤのしっぽから手を離した。
ニールは本当に毛繕い感覚で触っていたつもりだったのだが――実際狼の姿のアレルヤにはよくブラッシングをしていたし、その時はアレルヤが気持ち良さそうにしていたのに――嫌がるアレルヤにそれ以上は出来ないと、いつものように腰に手を回した。
この体勢はアレルヤのお気に入りだ。
ニールの腕の中は狼状態でも大好きなのだが、人の姿でニールに腰に腕を回される恋人抱っこがとても落ち着く。ニールの膝の上ならなおさらの事で。

「じゃあなんで、ぼくに首輪付けたりなんてするんですか!」
「狼の姿の時に首輪してないと色々危ないだろ?」

しかし今日は、それだけではアレルヤのご機嫌は取れなかった。
――今日は家の中だったから良かったものの、外だと放し飼いだと注意されたり、野良だと勘違いされて保健所にでも連れられてしまう。
そう説明しながら、ニールはアレルヤの首輪を外した。

「……も、いいです」

何を言おうとしても結局ニール言い包められてしまうだけだ、とアレルヤはむすくれた。
今日みたいに、子供が相手ならまだいい。
狼状態で近所を散歩をするのは嫌いではないけれど、自分を餌にしてニールが女性に声を掛けるのがどうしてかアレルヤは気に食わない。
だが、それを言葉にして伝える気はとうとう起こらなかった。

「おいおい、なんて言って欲しかったんだ?」

むすくれたアレルヤをニールは宥めた。
とうとうしっぽまでしょんぼりとしだして、慌ててアレルヤのご機嫌をもう一度伺った。
しかしぷい、と今度はそっぽまで向かれてしまう始末だ。

「……教えてくれなきゃ、イタズラするぞ?」
「えっ……ひゃうっ」

腰に回した手を、アレルヤの輪郭を辿るように撫で下げていく。
膝の上に乗せたアレルヤの引き締まった太ももまで降ろして、そのままぐに、とお尻の肉をつかんだ。
元々が筋肉質なので掴める肉は少ないが、ここしばらくで肉付きが良くなって来たとニールは満足げに笑った。
片手は尻たぶを割り開くようにして、もう片手はアレルヤを支えるように背後から腋の合間から差し込まれ胸に触れられている。
けして女のように柔らかいわけでは無いが、弾力のあるその肌の感触をニールは手のひらで思う存分味わった。

「それともアレルヤは、俺のペットだからこんな格好でも恥ずかしくないのかな」
「違います!これは……まだ姿が戻ってないか……らぁっ」

何度も見られている、というのは確かに本当だ。
獣の姿から戻る時に見られているものだから、少しばかり警戒が足りなかった。
恥ずかしく無いわけではない。ただ、そういう意味では無いと思い込んでいたから、無警戒だったというだけで。
むにむにと胸とお尻を揉まれて、アレルヤはニールの膝上から落ちそうになる。しかし片手ながらも背中からしっかり支えられているため、崩れ落ちて逃げるということも出来ない。

「……っひぅ!」

引き攣るような声があげられる。
もみしだくニールの手が、しっぽの付け根の下に潜り込んだ。
ああダメだ、そのまま下に行くと、大切な部分に触られてしまう。
ツツ、としっぽの下に続く割れ目の間をニールの指が伝う。

「なあ……教えてくれないのか?」

トン、とその部分に触れ、ニールの動きは止まった。
そこはもう何度もニールを受け入れた場所。
指先が少し抉るような動きを見せるものの、本格的にはそこに入り込もうとしない。
ニールの反対の手がぷっくりとした胸の突起を指先で擦られる。
そこをニールの指で好きなようにされてしまうのを想像しただけで身体中の色んな所が熱くなってしまう。
身体中の粘膜がしっとりと潤うような感覚に苛まれた。

「ん、ひぅ、んっ……ぅんっ」
「……ほんとうに家畜みたいに扱ってもいいんだけど」

ニールに耳元で、囁かれる。
吐息がまだ獣のままの耳を掠めた。
目蓋をぎゅっと閉じて、アレルヤは耐えるようにニールの背にしがみ付く。
ニールはいつの間にか仮装のマントを脱いでいたようだ。
シャツに指先が食い込む。
狼のその鋭い爪はニールの手によって綺麗に切り揃えられていて、なんの抵抗にもならない。

「ちゃーんと分かってるんだぜ?アレルヤがどういう風に言って欲しいか」

アレルヤの身体を虐める手がぱっと離された。
脱いだマントをアレルヤに羽織らせて、ニールはぎゅっとそれごとアレルヤを抱き締める。

「……なんで、そんな風に言って欲しいの?」

言わなくちゃ分からないだろ、と、ニールは言った。
なんだか自分が悪者にされたみたいにアレルヤは感じる。
ニールに恋人だ、と言って欲しいだけなのに。
そう言ってくれるのなら首輪だっていくらでもする。
家畜のように抱かれたっていい。
その一言だけでアレルヤはいいというのに、ニールはアレルヤにより多くを求めた。
それだけではダメだとニールはわがままにアレルヤを作り変えて行く。

「まあ首輪云々は、さっきの理由で納得してくれた?」

口を閉ざし続けるアレルヤに、ニールは一つずつ問題提起を始める。
アレルヤだってこの人間社会でのルールは、それなりに分かり始めている。だからこの質問にはYesと答えた。

「また俺の悪い癖が出たけど。家畜みたいになんて抱いてなんてやらないぞ?俺は、ちゃんと愛し合いたいんだから」

嗜虐的なのは、吸血鬼としての性格なのか、それとも彼自身の好みなのかアレルヤには分からない。
それが時折言葉や態度として表立ってしまう。
こうやってお互い腹の探り合いをしている時は特に……ニールの頭の中は冷静でありながらも、相手を逆上させるような加虐的な言葉を吐く。
アレルヤへの場合、特に言葉でアレルヤを陵辱するように責め立てた。
それは既に知っている。だからこれにも、アレルヤは無言で頷いた。

「アレルヤも、俺とちゃんと愛し合いたいって思ってくれてる……?」

こくり。
瞳が熱くなるのをアレルヤは感じた。
鼻の奥がツンとして、ニールの匂いだけが頭の中を支配して行く。
こんな事を話したかった訳じゃない。

「俺と、恋人同士だって思ってる?」

ニールの問いに、アレルヤはぎゅっと抱き締め返して返事をした。

「じゃあ、なんで自分のことペットだなんて言ったんだ」

抱き締める腕を解かれ、ニールはキッとアレルヤを見詰めた。
――ぼくだって、思う事がある。

「この間みたいに、二人並んで歩けたらいいだけなのに」

狼の姿になりたいと言い出したのは、自分の方だった。
そうじゃないと獣の時を忘れてしまいそうで、怖かった。
ただ彼に愛されるだけの人間の姿でいる事を否定しながらも、隣を歩く事を渇望してしまう。
ニールに出会った時の姿を忘れないように、したかっただけなのに。
いつまでたっても矛盾した事ばかり。
――アレルヤは自分が言っている事がおかしな事であるとようく分かっていながらも、それでも声に出して、ニールに真意を見出して欲しいと言葉に並べた。

「……今日のは合意の上でやったよな!?ハロウィンで、ただお菓子あげるだけじゃつまらないって!」
「……散歩のとき、」
「あ、」

ニールは合点がいく。

「……ごめん、人の姿でもっと出掛けたかった?」

このハロウィンのお菓子やマントを買った時、久し振りの外出だった。
狩りの時など、車に乗って遠出する時じゃないとアレルヤは人の姿で外出は滅多にしない。
ただニールの傍にいるのを好しとして、ニールが何処にも行かないように寄り添っていた。
首輪やリードに関してはアレルヤが狼の姿で街を歩いても平気なようにする為にニールが考えた事であったが、結果として二人のすれ違いが発生してしまった。

「ちがう、ただ、ぼくのわがままにニールを付き合わせてるのに、」

一緒にいるのに、他の人と話しているのを見るのが嫌だなんて。
人として世界に紛れて生きる事を選んだというのに、アレルヤは、アレルヤの世界はまだニールでいっぱいだった。

「あのさ、かっこいいわんちゃんですねーってよく言われるんだけどさ」

散歩をした時の事をニールは回想する。
狼の姿のアレルヤとの散歩は、そうそう頻繁にする訳ではない。
しかし、オオカミのたてがみや毛並みがツヤツヤしていて、愛犬家の奥様方に褒められるのは事実だ。

「……俺わりと、気分良かったんだよな」

都会の閑静な住宅街を、大きな犬を連れて歩く。
愛車に乗って洗車に行って、家に帰ればワイン片手に趣味の料理。
ただ犬を飼うだけではなく、それが家に帰ったら恋人に姿を変えるのだ。
まるで愛撫をするようにブラシをかけて、普段は隠れている左右で違う瞳を見詰める。
毎日一緒にお風呂に入るたびそのしなやかな肌に触れ、毎夜愛を紡ぎあって。
愛犬家の奥様方が見たら卒倒するような美貌を持つ恋人の姿を、そう易安と見せてやるものか、と。
そんなことを考えながら世間話をする背徳感に、ニールは酔っていた。

「アレルヤさえよければ、恋人だって言ってもいいんだぜ」
「…………人の姿の時ならね」

犬が恋人な危篤な人間だと、言いふらされるのは少し困るけれど。
でももし彼が逃げられない状態になるのなら、それもいいかもしれない。
ニールのマントに包まって、アレルヤは人の姿で外に出る時の事を考えた。
狼の姿の時のように、外でニールにぎゅっとされるのだろうか。
この間の外出の時のように触れ合ったりする事が出来るのだろうか。
……じゃれ合いだけじゃ、済まないかもしれない。
結局ニールのイタズラも何もかも、不成立で終わってしまった。
しかし今晩は、美味しいご飯を食べた後に、恋人同士だけが持っている甘い甘いお菓子が待っている。



「――あ、どうせなら、ぼくもイタズラすべきだったかな」
「へえ……どんなイタズラ?」
「んー、どういうのがいいですか?」
「どんなのでもアレルヤならオッケーだけど。でも多分ダメだな」
「どうして?」
「全部あまーいお菓子に変わっちまうからさ」

アレルヤの唇にニールはキスを落とす。
そして、呪いの刻印に噛み付いた。
吸血鬼の花嫁である証のそれを、ニールは何度でも刻み付ける。
そうしてアレルヤが逃げられないように、自分が吸血鬼でなくなってしまっても傍にいてくれるように。
オルギアの夜。
アレルヤは白いシーツに埋れ、ニールの花嫁であるのを何度でも教えられた。


2013.10.31

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