どうして?
「どうしてオレンジなんだ?」

薄明かりの部屋の中で、突然の質問が降りかかった。
オペレータールームのガラス一枚を隔てて、その向こうには色の塗り込められた四機のガンダムが納められている。
青、緑、橙、紫、薄暗い部屋からは窓の外だけがやけに眩しい。
遠くを眺めるようにして窓の淵に作り付けられた手摺へ体重を預けていたロックオンは振り返り、質問の意図が分からずにいるアレルヤの方へ穏やかな笑みを浮かべた。
背後の窓から光が差し込んで逆光となり、そのせいでその微笑はアレルヤには伝わらなかった。
困ったようなアレルヤの表情がロックオンにだけ見える。

「どうして、って……」
「なんか、理由あるんだろ?」

同じくしてカラーサンプルから色を選んだロックオンからの質問たったのだ。
理由。
特に、無い。
だけどアレルヤの口からは自然と言葉が漏れた。

「たいようの色……」
「……ああ、夕陽?」

アレルヤの言葉に合点が行ったようにロックオンは言う。
オレンジ色の太陽ならば、海に沈む黄昏色を連想させた。
そこでアレルヤも、ロックオンに質問を返す。

「ロックオンにとって、太陽って、何色だい?」
「んー……絵に描くなら、黄色で塗るかなあ」

少し思案して、ロックオンは答えた。
あまり太陽に色、という事を考えた事は無い。
子供の頃学校で書かされた絵を思い出しながら、その色を答えた。

「あのね、国によっては、太陽を白や赤で表現する所があるんです」

へえ、とロックオンは感嘆の声を洩らす。
国旗などでも、太陽や月を様々な色で表すものがある。
虹に至っては、国や地域によって見える色の数が異なるらしい。
人の認識と文化や感性の違い。
時にそれらは争いの種となり、炎となりて、二人はそこに粛清の鎌を振り翳すのだ。

「感性でいうなら、僕とロックオンは近いね」
「そうだな」

アレルヤの言葉に素直に相槌を返す。
どこか安心したようなアレルヤの表情が少し、曇り始める。

「だけどね、僕にとって太陽って、宇宙から見た煮え滾る熔岩なんだ」

その声を聞いてロックオンは真っ直ぐに、アレルヤを見た。
銀色は虚ろに暗い部屋の隅を見る。
視線は噛み合わない。
あれるや、
名を呼ぼうとした。
だけどアレルヤの言葉を遮ってしまいそうで、止めた。
ぽつりぽつりと語る哀愁を帯びたアレルヤの声を少しでも聞き逃さぬよう。
自重を預けていた手摺から離れ、アレルヤの立つ壁際へと近寄る。

「初めて見た本物の太陽は、真っ暗闇で、ぽつんと、だけど厳しく燃え上がっていた」

まるで他人事のようにアレルヤは記憶を形容する。
近寄りじっと此方を見詰めるロックオンの視線に気付いたのか、絵本を読む母親のように伏し眼がちの瞳を部屋の隅からロックオンへと向け、微笑んだ。
その笑みの、なんと翳りのある悩ましげな表情か。
息を飲み、その微笑に続く言葉をロックオンは待つ。

「……僕はそれが忘れられない」

白と黒と赤しかない空気の薄い壊れた輸送艦の中で見たあの太陽をアレルヤは忘れられなかった。
初めて見た太陽。
このままこの引力に吸い込まれて、燃やされてしまいたいと願ったほどに。
とうてい解って貰えない事だろうとは知っていても、アレルヤは声に出す。
珍しく多弁なアレルヤにロックオンは驚きながらも、その言葉を否定はしなかった。

「……じゃあ、アレルヤの中の太陽は、夕暮れ色じゃなくって、マグマなんだ」
「ふふ、そうだね」

アレルヤは指先で薄く笑う口元を隠すように唇に触れた。
普段と何一つ変わらないその穏やかな仕草を見て、やっとの事でロックオンは声を出すことが出来た。
虹の色を二色や五色だという人がいるように、アレルヤの思いもまた他人とは少し異なるものだ。
そんなアレルヤの言葉にロックオンは否定も肯定もしなかったが、思わず自嘲的な言葉を零す。

「なーんだ、そんな理由があるなら、オレンジを取られて当たり前だなー」
「?、ロックオンもオレンジ色が良かったのかい?」
「……ハロと合わせて、な」

一緒にカラーサンプルを見た時の記憶をアレルヤは手繰り寄せる。
そういえばロックオンも希望リストにオレンジ色を入れていたのを思い出した。
最終的には緑色をとロックオンは提出したが、ハロと揃いのデュナメスというのも悪くはない。

「それなら、ロックオンはどうして緑にしたの?」
「それ、聞きたい?お前みたいにかっこいい理由じゃないぜ」
「うーん、無理して言わなくてもいいよ。だって、理由が深ければ深い程、人には言いにくいでしょ……」

アレルヤがロックオンと同じように尋ねると、はぐらかすような返事が返される。
しかしそれがただ単に羞恥という理由では無く、ロックオン自身のもっと深い部分に関わるからだ、とふとアレルヤは理解した。

「それに、僕が言った理由は、本当に直感に近いものだから。隠す理由も、無かったから……」

たとえその太陽を見た時。
自分に何が起こっていたか、周りがどうなっていたか、それらは関係が無かった。
ただその焦がれるような太陽が痛ましいほど記憶に刻まれている。
多分彼が尋ねて来なかったなら、本当にそれは直感でしか無かったから。
答える事で理由が付いた。
だけどそれを拒む理由は、アレルヤには無かった。

「貴方の気持ちが純粋で、尊いものならそれだけ。絶対僕には話せない事だと思う」

暗にアレルヤは、自身がロックオンの深い理由を聞けるような立場では無い、と表した。
二人は真逆で、しかしとても近いところに立っている。
否定される事が恐ろしいから。誰でも理解はしてくれないだろうという恐れがあるから。
かといって、肯定という同情も要らない。
現にアレルヤは、肯定でも否定でもないロックオンの先程の言葉を嬉しく感じた。
心の喪失は誰に話しても、何をしてでも、埋められるものでは無い。
守秘義務という枷に身を預けている限り。
二人は永遠に交わる事は無い。
お互い嫌というほど知っている事実だ。

「そんな綺麗なもんじゃねえよ」

しかしロックオンは無表情に瞳を細め、唇で弧を描く。
腕を組み瞳を伏せて、アレルヤの意に反し辛辣に言葉を連ねる。

「母国の国旗の色。応援してるサッカーチームのユニフォームの色。好きな車の色。案外、そんなもんさ」

思いつく限り答えた。
昔遊んだ公園の芝生、母さんの指輪に嵌められた宝石の色、戯れに探した四つ葉のクローバー。
思い出されるのは幼い頃の輝かしい記憶ばかり。

「な?子供っぽい理由だろ」
「……ロックオン、笑えてないよ」

その言葉をアレルヤが発すると、ロックオンはしまった、というふうに慌てて口元を手のひらで隠す。
無言のまま、ロックオンは眉を顰めた。
アレルヤみたいに綺麗な理由が無い事に苛立つ。
初めて見た太陽が溶岩だなんて、その背景にはロックオンの計り知れない何かがあると理解した。
だけれど何も言わなかった。
アレルヤがまるで、過去の記憶を物語る俳優のように、憂いのある表情をしていたから。
けして美しい物語では無いのだろう。
だけれど語るアレルヤの言葉は美しかった。
その美しさが、自分には無い。
輝かしい過去の記憶に縋り付いている自分に苛立ったのかもしれない。

「ほら、無理してる」

息苦しそうなその表情のロックオンの、口元を隠す手にアレルヤは自身の手を添えた。
浅く繰り返す呼吸が、獣のようだと思った。
酸素が足りているのか足りていないのか分からない。
はぁはぁと何度も呼吸をして、ほんの少し目頭が熱くなる。
添えられたアレルヤの手をロックオンは握った。
薄暗い部屋で良かったと安堵の溜息を吐く。
このような感情は、生まれてこの方他人に見せた事が無かったから。
焦りと、戸惑いと、様々な感情が入り混じる。
アレルヤは苦しみながらもそれを訴えては来ないロックオンにどうする事も出来ずにいた。
同じくらいの、もしかしたら自分より多くの痛みを抱えている事はアレルヤにでも分かった。
彼の中に息衝く痛みの理由を取り除いてあげる事が出来たなら、どれだけ良かっただろう。
痛みを受け入れる事は、肯定だろうか。
打ち明けられて、彼に何をしてあげられるだろうか。
今のアレルヤ分かる事は一つしか無かった。

「今は……ごめん」
「うん、僕も、ごめんなさい」

アレルヤの手を握る指先に力が篭った。
離れていかないでとでも足掻くように。
ロックオンの言葉にアレルヤは謝罪の言葉を返す。
苛立ちの次は、罪悪感をロックオンは覚えた。
自分から尋ねておいて、自分の事は秘密だなんて卑怯だ。
アレルヤのように語るには、些か記憶がまだ鮮明過ぎる。
痛みはまだ消えておらず、強烈な光のように記憶に焼き付けられていた。
謝らせたくなんてないのに。

「いつか、話せるかな」

アレルヤのように、綺麗な言葉で、憂いの相貌で。
思い出して、胸が高鳴った。
ああどうして、アレルヤはあんなにも憂鬱そうに、悩ましげに語るのだろう。
オレンジの理由の、更に向こう側を見てみたい。
抉り、暴いてみたなら、アレルヤはもうこのように手を握り、微笑みかけてはくれなくなるのだろうか。

「どんな理由があっても、僕は貴方を嫌いになったりしないよ」

アレルヤはただ一つの思いの丈を言葉にした。
これしか分からなかった。
否定も肯定もせず、理解して、彼を嫌いにならないという事がアレルヤの中で出された答えだ。
その答えにロックオンは一瞬瞳を見開いて驚いたような顔をした。
その表情がアレルヤの中で描いていたロックオンの姿とは異なる幼い顔で、まだ見ぬ彼の、本来の姿を想像させた。
ロックオンでは無い彼の、在るべき姿を。
彼の大切な話を聞けるなら、アレルヤにとってそれは自身の心と同じ尊いものになれるような気がした。
話してくれるのなら、それだけで。
心の隙間は誰にも埋められるものでは無いけれど、打ち明けられる事で、自分の中の吹き荒ぶ風を止めてくれそうで。
受け入れる事で、痛みが和らぎそうな気がした。
こつり、と彼の額にアレルヤは自分の額をぶつけた。
鼻先が微かに擦れる。
息遣いが聞こえる程の至近距離で見詰めた。
ガラスのような翠は微かに潤み、しかし穏やかに溢れる事は無かった。
もっと、近くへ寄り添わなければ、とアレルヤは思う。
離れていたなら彼はこの表情を誰にも見せまいと隠してしまう。
もっと近寄らなければ、彼の本心が分からない。
寄り添って、彼の表情をひとつも見落とす事が無いように。
受け入れて抱き締めるしか、非力な自分には出来る事が無かったとしても。

「ありがとう」

その心の奥に何が眠っているのだろうか。
けしてお互い、綺麗なものばかりを持ち合わせている訳では無い。
それでもとロックオンはアレルヤの手を離そうとはしなかった。
アレルヤもそれに応えるように、離れぬよう指を絡める。

「……だから僕のことも、キライにならないでね」

そのあと、とても幸せそうに瞳を細めて、君は頬を染めた。
どうしてか、胸の内が暖かくなる。
どうしてか、君の瞳から視線が外せない。
どうして?
頬を赤らめる君が……




11.12.07
12.08.10 UP

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