その香りは誰のもの
(眼帯兎は包帯羊の夢をみるか?)


夢の中まで訪れる麝香。
苦い香りで僕は夢の中で眉を潜める。
その深い香り自体は不快では無かったけれど、煙独特の噎せ返る、喉に絡む煤で、僕は目覚めた。
「お、おはよ」
視線の先にはいつもの貴方。
濡れた髪をそのままに、フェイスタオルを肩からさげてベッドサイドに腰掛けている。
普段となんら変わらない笑顔を此方に向けて、軽く頭を撫でてくれた。
「おはよう……」
「起こしちまったか?…悪いな」
寝起きのせいか、それとも先程までの行為のせいか、少し声が掠れる。
時刻は午前四時半と、起きるにしては少し早い時刻だった。
窓の外の水平線は微かに白みがかり、夜空の濃紺と恒星日の青が太陽のオレンジ色で混ざり合い、紫色になっている。
不思議な色の空にはまだ星が瞬いていた。
「ううん…、珍しいですね、貴方が僕より早起きなんて」
「人を寝坊助みたいに言うなよ…今日は寝起きが良くてな」
普段は僕が先に起きてシャワーを浴びるのに、今日はなんと彼が先にそれを済ませていたのだ。
少し驚きながら、身体を横たえたまま彼を見上げる。
まさか、寝てないなんて事は無いだろうと思い、じっと彼の顔を見詰めた。
隈は…無い。
そんな風に僕が彼を観察していると気付いていないのか、彼はふっと視線をそらして、手を口元に寄せる。
その手には、煙をたてている煙草があったのだ。
夢の中の香りの正体はこれだったのか、と内心で納得する。
「煙草……吸うんですね」
純粋な言葉だった。
お酒を飲む彼は、何度か見た事がある。
自我を失う程酒に溺れた彼も、見た事がある。
だけれど煙草を嗜む姿は今日初めて目にしたのだ。
「ん、ただの手遊びさ。刹那やティエリアには言うなよ」
「どうして?」
僕の言葉に彼は苦笑いをして、近くのデスクにあった灰皿に煙草の吸殻を押し付けた。
「健康に悪い〜だの不良〜だの絶対に言うだろぉ。ただの息抜きなのにさ」
「はは…そうだね…」
彼の言葉どおり、それは簡単に頭の中に想像される。
僕も内心身体に悪いとは思っているが、灰皿を見る限り本当に手遊びといった様子で、さっき口にしていた吸殻一本しか見当たらない。
「此処でしか、吸わねえよ」
彼も節度ある大人だ。TPOを弁えている。
だけど彼は溜息を吐きながら、二本目に火を灯していた。
無性に苛立ってしまう。
僕の事など、どうでもいいというのだろうか。
…いやそうじゃない。これは、嫉妬なんかじゃ。
彼の唇が得体の識れない何かを咥える。
そこは、僕だけが口付けていいところなのに、
「…吸うなら、外で吸ってよ…」
これが精一杯の暴言だった。
彼に苛立つ自分が腹立たしくて、涙が溢れる。
こんな言葉、言う資格なんて僕には無いのに。
彼は呆気にとられたという表情でじっと此方を見た。
隠れるようにして、涙を掻き消すように寝返りを打ってシーツを被る。
背後の彼の気配は微動だにしない。
「アレルヤ、こっち向いて」
そっと背中から覆い被さられる。
じゅ、と煙草の火を消す為に灰皿に押し付ける音が聞こえると同時に、左手で顎を掴まれる。
「何、ロックオ……んぅ!?」
口付けられて毒香を注がれる。
煙で肺が満たされる。
その瞬間噎せ返り、咳き込んだ。
咳き込んだ衝撃で若干気道が痛い。
「うっぐ、げほっ、何するの…!」
「そんな嫌な顔するなよ。…これでお前も、同罪だろ?」
全て見透かしたような、そのエヴァーグリーンに僕が映る。
「これさ、昔、好きな人が吸ってた煙草なんだ」
にこり、と彼は微笑う。
やはり僕の嫉妬心は見透かされていたようで、ずきりと心臓が痛い。
「……んで、」
「ん?」
「なんで、そんないじわるするの?」
じわりじわりと目頭が熱くなる。
ああ嫌だ、こんな醜い言葉、貴方には絶対言いたくなかったのに。
どうしてそんな過去の話を持ち出すのだろう。
僕の気持ちをからかっているような、そんな、むかしの恋人の趣向なんて知りたくもないのに。
「いじわる…って、アレルヤ、嫉妬してる?」
まるで今の今まで気付かなかった、というような言い方をされる。
かっと頬が熱くなるのを感じて、冷たいシーツに顔を埋めて隠した。
「…っく、ふ…、はははっ!」
彼が背後で笑いを堪えているのは分かった。
ついに耐えきれなくなったのか、彼は声を出して僕を笑う。
思わず無言で振り返り、恨みがましく彼を睨んでしまう。
「あはははっ!…っ、すまん、あまりにもお前さんの反応が可愛くて…許してくれよ」
にこにこと笑みを浮かべた彼に頬を両手で掴まれて、キスをされる。
その手にはもう煙草は無かった。
ただ口の中に残る僅かな灰の香りに、やはりいい気分はしなかった。
「覚えててくれよ、この香り」
「嫌な事を言うんだね」
眉を寄せて、そのまま恨み言を吐いた。
笑みを浮かべる彼は愛おしくも、今は恨めしい。
「そう拗ねるなよ。…俺が死んで、この匂いに出会っても…絶対に惚れるなよ」
「どういう意味だい?」
「俺の独占欲だよ」
「独占も何も、僕は貴方のものなのに…」
価値の無い僕は誰にも奪われない。
ただ貴方が僕自身の心の大切な部分を暴き、奪い、そして大切に抱き締めている。
だから抵抗する余地も無く、僕は彼を慕い、寄り添い、抱き留めた。
「そんな簡単に言うなよ。誰にも見せたく無くなっちまう…」
「じゃあ貴方で僕を満たしてよ。こんな煙草の香り、覚えたくない」
「そんなかわいいこと、言うなよ」
「だって本当のことだもの」
そんな事でさえ、甘い睦言となる。
彼の過去の人なんてどうでもいい。
今が幸せで、今で十分だったから。
「アレルヤ」
彼がぼくの名前呼ぶ。
「ロック、オン」
僕の声は震えて、無性に泣きたくなった。
どうでもよくない。
彼の過去を知らない自分が酷く虚しかったんだ。
「あいしてる」



その匂いの正体に気付いたのは、意外とすぐだった。
たった一本二本、吸っただけではこんなに体に染み付きはしない。
「驚いたぜ。お前、ぜんぜん煙草吸うような奴に見えねえのに」
「まあ、手遊び程度にだよ」
「ヘビースモーカーには厳しい世の中になったもんだぞまったく。……でも、急にどうして?」
「内緒話だけどさ。この煙草……昔、好きな人が吸ってたものと同じなんだ」
僕の言葉にライルは一度外に視線を泳がす。
「ははぁ。そりゃあ内緒話だ」
防煙ガラスの、向こう側。そこにいるのは愛しい人。
視線が合って、微笑む。
僕は肺の奥深くまでその毒煙を吸い込んだ。


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若干どころかかなりライル←←←←ニール
これがうちのデフォルトニールです…
オチがアレマリなのかライアレなのかわからないのも
うちのデフォルトですがニルアレです。

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