いつか思い出したように愛して


「……アレルヤ?」
薄暗闇の中、誰かを呼び掛ける声が上がった。
成長期を終えた、若々しい青年の、声。
青年の掛けた声の先にもまた青年が一人。
毛布を被って床に座り込み、まるで透き通ったガラスのように見える壁に凭れている。
そこには満点の星になれなかった屑たちが広がっていた。
「何してるんだ?こんな夜更けに」
青年はその部屋に侵入する。
毛布を被っている青年の顔を覗くようにして、しゃがんでそのの中を覗き込んだ。
「ロックオン…なんとなく、眠れなくて」
「眠れなくて、って……」
アレルヤと呼ばれた青年は、視線をまたロックオンと呼ばれた青年に向ける。
毛布の中から頭を出して、アレルヤは困ったように言葉を濁す。
「お前さん、あほか。コーヒー飲みながら活字読んで、そりゃ眠れなくて当たり前だろ!」
困った、と思ったのはむしろロックオンの方になってしまう。
申し訳なく眉を下げるアレルヤの手のひらにはハードカバーの小説。もう片手にはマグカップが握られていた。
「え、でも、寝る前に温かい飲み物飲んで、本を読んでたら眠くなるって聞いたので……」
ロックオンは溜息を吐く。
いや、確かに温かい飲み物は、睡眠欲を誘発させるけれど、
「コーヒーなんて飲んでたら、カフェインで頭ん中活性化しちまうだろ…」
カフェインは興奮、覚醒作用がある。
寝る前に飲むと眠れなくなってしまうのは通説ではなく、科学的に立証されている。
もっともカフェイン中毒の人間には、効かないらしいが。
沈痛な言葉をロックオンは溜息に続いて洩らした。
「そうなんですか?」
きょとん、とした様子でアレルヤはコーヒーとロックオンを交互に見詰めた。
そんな様子のアレルヤに、ロックオンはどんどん怒る気が削がれてゆく。
頭はいい筈なのに、アレルヤは何かしら無頓着なのだ。
決して生活がずぼらだとかでは無いのだが、関心が無い事にはとことん疎い。
それはロックオン自身もであったが、無頓着・無関心が過ぎて、アレルヤは一般常識すら欠落していた。
しかし頭はいいから、それを自覚して先立ち余り人と関わろうとアレルヤはしなかった。
だから、怒りたくてもロックオンには怒れなかったのだ。
「一般常識だろ。飲むならホットミルクとかにしとけ」
「考えた事無かった……」
ロックオンは忠告だけ促す。後は自分で学習してくれるだろうと信頼しているから。
その中で、どうせカフェインなんて効かないだろうに、とはアレルヤは口にしなかった。
確かにこのような常識が抜けているのは、己の学習意欲が足りないからだとアレルヤは思う。
嗜好品、とまではいかないけれど、アレルヤにとってコーヒーはブラックでも飲んでしまう程馴染み深いものだったから。
「それに、本嫌いならともかく…本に熱中したら、目が醒めちまう」
子供なら、読み聴かせてたら寝るけれど、とロックオンは言いながら微笑った。
その微笑を見て、アレルヤは何故か心が暖まる。
彼の笑顔は、見ていて安心する。
「……ねえロックオン。これ、憶えているかい?」
そんな事を思いながらアレルヤは、パタンと本を閉じて、ロックオンに表紙を向けた。
「これ、……って、俺がプレゼントしたやつか」
「よかった、憶えててくれた」
その本はロックオンがアレルヤの二十歳の誕生日に贈った品だった。
前々からロックオンの部屋でアレルヤが熱心に読んでいた本だった。
急に誕生日と教えられ、慌てて渡したのがそれだ。
新しいのを買って渡すまでの仮の品であったのだが、その頃を境に戦争が絶えず起こり、駆り出され、地上に降りる事が少なくなっていった。
「あのね、ロックオン。ぼくはね」
この本を抱き締めていると、安心するんだ。
そう言ってアレルヤは微笑んだ。
急なアレルヤの、その告白にロックオンは思わず言葉を失う。
無頓着だと思っていたこのアレルヤが、未だ仮のプレゼントであるのにもかかわらず、どうやらその事をひどく喜んでいるようだった。
「だってこの本は、僕が数少ない人生で貰った誕生日プレゼントなんだ」
「……一つ目は?」
本を抱き締めたまま言葉を続けるアレルヤにロックオンは尋ねる。
「アレルヤ」
「この名前と、ハレルヤの名前。そして、僕の誕生日。それが、人生で初めてのプレゼント」
「くれた人は、もういないんだけどね」
たんたんと、アレルヤは話した。
あまりに大切にされている事にロックオンは驚き、しかし取り繕ったような自分のプレゼントがなんだか恥ずかしくなったのだ。
かといって、今更新しいなにかを与えたとしても、アレルヤはこの様に執着などしてくれないだろう。
妙な歯痒さが、ロックオンの心中を渦巻いた。
「ごめんなさい、こんな話して。部屋に戻って、寝ます」
大切にしていることを貴方に伝えたかったんだ、とアレルヤは逃げるように言い残した。
毛布と本を抱え込み、アレルヤは部屋を出ようとする。
「……アレルヤ!」
その肩を掴んで、ロックオンはアレルヤを引き留めた。
戸惑いの銀色がそちらに向けられる。
なぜ引き留めてしまったのだろう。
吹き荒ぶ心の中でロックオンは自嘲する。
引き留めて、自分はこの子に何をしたいのだろう。
「急にどうしたの、ロックオン……?」
「……あー、えっと、俺も此処で寝ようと思って」
出た言葉は、自分でも意味が分からない言葉だった。


壁の向こうには、地球の眩しい青が輝いていた。
毛布一枚隔てて、アレルヤは深く眠っている。
「そんな、抱き締めんでくれよ…」
眠りについたアレルヤの手を握る。
その腕の中には、プレゼントした本が抱かれていた。
「俺が抱きしめられたらいいのに」
いつか思い出して欲しい。
……何を?
この夜を?
そっと隣で眠るアレルヤの手を握った。
執着してるのは、依存しているのは。
きっと自分自身なのだと思った。


朝が好きだ。
清々しく目覚める程、朝が愛おしく感じる。
東の空がオレンジ色に染まっていくのを見ていた。
西の空は薄紫色になって、やがて西も東も真っ青になる。
朝が嫌いだ。
目覚める度まだ生きているのかと絶望する。
冷たいシーツを握り締める。祈りは届かない。
夢も希望も無いこの現実と、どう戦えばいいのだろう。
いつか思い出したように愛して。
君を愛しいと感じたこの夜を。
たとえ君にこの愛しさが伝わることは無くとも。


12.01/10 UP

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